01-2 僕を愛することはないだろう
次の日の朝、軽やかなノックの音で目が覚める。
「奥様、朝食のご用意が整いましたので、お召し替えのお手伝いに伺いました」
私は乱れのないベッドから上体を起こす。初夜のお務めを果たしていないのは丸わかりだ。侍女を部屋に通すか迷ったが、旦那様が言っていた白い結婚のためには、第三者の確認があったほうが良いだろう。
許可をすると入ってきたのは侍女長で、顔色ひとつ変えず私のお世話を始めた。さすが公爵家に仕えているだけはある。彼女は着替えを複数用意していたが、素早い目測で大きめのものをひとつ選んで私の肩に当てた。
「こちらをご用意させていただきますね」
急な婚姻だったから、クローゼットも間に合っていない。侍女長はいくつかの服を脇に避けた。おそらく衣装係が式のドレスサイズを参考に用意したのだろうけれど、あれは短期間で限界ギリギリまで絶食した結果である。あんなもの、式後の夕食ですぐ元に戻った。
私は世の令嬢たちのようにほっそりしていない。華奢な上腕もくびれた腰も持ち合わせていない。社交至上主義の貴族社会では見た目もとても重要だから、私はけっこう肩身が狭かった。
食事を完食すると「あらあらお嬢様はまだ成長期のおつもりですか」などと嫌味を言う人は公爵邸にはいなくて良かった。ちなみにこれを言うのは実家の侍女だ。だから私は公爵邸に誰も連れてこなかった。
用意されたのは、胸元にリボンがついたストンとしたガウンドレスだった。これは楽だ。朝食もいっぱい食べられそう。セージの若緑色もさわやかで元気が出る。初夜もしない昨日のあの感じだと朝食は私ひとりだろう。けれど、急拵えのところ気の利いた装いを準備いただけただけで十分だ。
朝食は何かな?と期待して朝食用のサロンに入る。東向きの部屋で窓から柔らかな光が注いでいる。その窓際の、部屋の一等地に設えた小テーブルがあった。卓上に用意されていたのは2人分の朝食。しかも、すでに1人が座っている。
「旦那様?」
「ああ」
ああ、じゃないでしょう。そこはおはようでしょう。
「おはようございます、旦那様」
「おはよう」
もそもそと旦那様が返事を返す。旦那様はすでに朝のお茶を飲んでいた。私が席につくと、侍女がポットを新しいものに取り替える。ということは、ずいぶん前から旦那様はここにいるわけだ。
「お待たせしましたか」
「いや?」
「いっしょに朝食をなさるとは思わず、遅くなりました」
「あっ」
旦那様はしまったというふうに声を出す。今気がついたようだ。朝食をいっしょに食べるかどうか、私に未確認だったことを。
「1人のほうが良かったろうか」
1人のほうが気楽だなと正直思った。だって気を遣うもの。でも、私たちは寝室も別だし、この後も1日別行動だろう。今後も朝食くらいはいっしょにいただいて、各々業務連絡、情報交換をしたほうが良いだろう。
「いいえ、ぜひご一緒に」
私がそういうと、旦那様はほっとしたご様子だった。そして私の若緑色のワンピースを見ている。
「お洋服ありがとうございました」
「ミモザが選んだものだ」
「ミモザは旦那様から、奥様が寛げるものを、と賜りましたのですよ」
給仕を手伝いながら、ミモザと呼ばれた侍女長が口を挟む。旦那様と距離感が近い。乳母かしら。そして彼女はどうやら旦那様の好感度を上げにきている。実際、ちょっと上がったけど。
ミモザのバラシに当の旦那様は目を丸くしている。私は何か会話をと思って話しかける。
「昨夜の」
「あれはミモザではない。貴方のご実家が用意されたものだと聞いた」
まだ何も言っていないのに話は進む。旦那様が言っているのは初夜の夜着のことかな。
「あれは良くない。身体が冷えそうだ。僕が新しい夜着を用意しよう」
「旦那様が夜着を」
「あ」
夫が夜着を選ぶというシチュエーションの意味に旦那様は気がついた。それはつまり私たちの場合、初夜をしましょうというお誘いと同義である。旦那様は自分の発言に目を回している。ふと気がつくと、パンと飲み物を用意し終えたミモザは部屋を下がっていた。できる侍女長だ。
「あれ?ミモザは」
旦那様はおろおろする。
「未婚の女性と二人きりだなんて」
「あの、私、既婚者です」
しかも配偶者は貴方ですよ。旦那様はそわそわして聞いちゃいない。私は会話を繰り返す。
「旦那様が夜着を?」
「そうだ、夜着のことだった。僕が選ぶわけにはいかない。公爵家の名義で買い物は好きにしてくれて構わない。申し訳ないがご自分で選んでくれないか」
「ありがとうございます、旦那様」
公爵家のお金を使うのだから、一応は聞いておこうと思った。
「厚手の生地でしたら同じような意匠でよろしいでしょうか」
「ああ。透けないものなら。デザイン自体は良くて、とても可愛かったから……あ」
旦那様、固まる。
「今のは、あの夜着が好みということではなく、貴方が可愛かったという意味で……あああ……本当にすまない」
頬を染めて両手で顔を覆う旦那様。
「あの夜着は好みでは無かったですか」
「……好みだ」
好みなんだ。
旦那様は顔を覆った手のひらを少し広げて、指の間からこちらを見る。
「僕に幻滅しただろう。いや再認識したというべきか」
はじめ、旦那様は欲がないのか、私に興味がないのだと思っていた。けれど、どうやらそうではないらしい。私は思い切って提案してみた。
「旦那様、しましょうか初夜を」
旦那様は目を見開く。
「愛がなくてもできるのか君は」
「旦那様はロマンチストなんですね」
私がそう言うと、彼は悲壮感漂う顔をした。
その後のお食事中、旦那様はわかり易く落ち込んでいた。食器の音だけが響く静かな朝食が終わる。旦那様が布ナフキンで口を拭ってテーブルの上に置いたので、合わせて私も食事を終わろうとしたら「君はゆっくりすると良い」と制された。
執務に戻るため、席を立った旦那様にお声をかける。
「夜、お待ちしていますね」
旦那様はそれには返事をせず、困ったような顔をして「よい一日を」とだけ言った。




