01 僕を愛することはないだろう
「僕を愛することは無いだろう」
きたきた、来たわよ。
「存じておりますわ。私は貴方にとって政略結婚の相手でしかなく……ってボク?」
初夜を迎えるための夫婦の寝室で旦那様は私に言い放った。いや、言い放ったというほど威勢の良いものでもなく、ぼそぼそっとつぶやいた。格差婚の下方側である私は、ほらおいでなすったわ!と身構えて拍子抜けする。
「今日の参列者の少なさを見ただろう?」
本日、アルデバラン家嫡男トメオンと、アステロープ家次女マイア、つまりは私の婚姻の儀が執り行われた。たしかにちょっと少なかった、四大公爵家が一つ、アルデバランのお式にしては。
「あれが貴族の人生の評価だよ。僕は社交に失敗しているんだ。申し訳無いね。花嫁にとっては一生の晴れの日なのに」
私もそれほど社交は得意では無い。というかデビュタント位しか経験がない。参列者の数も言われてみればそうだなと今ごろ気づいた程度なので「そのようなことはお構いなく」と言葉をつなごうとしたが、
「貴方にとって僕は政略結婚の相手でしかない。言われなくても理解している。じゃあ、そういうことで。僕は別の部屋を用意してもらっているから」
などと言って、そそくさ出て行こうとする。私は慌てて彼を呼び止めた。
「旦那様」
声をかけるとビクッと体を震わせて、怪訝な顔でこちらを見てきた。
「子を作らないのですか」
「子を?」
何を言っているんだ?とでも言うように、旦那様は首を横に振る。
「戦争もない今の平和な王都では、社交がすべての要だ。僕のような社交下手が後見では、いくら爵位があろうとこの先、出世も縁組も見込めない。我が子が苦労するのが目に見えている。僕の子としてこの世に生まれるのは可哀想だ」
ずいぶん将来に悲観的である。ただ、今の王都が異常とも言える社交至上主義なのは事実だった。
「1年もしたら妹が嫁ぐ。王家に輿入れする手前、僕が未婚という訳にも行かなくてね。けれどその後は自由だよ。これは白い結婚だ。それに3年を待たずに君の条件で婚姻解消できるから。こちらの家の勝手ですまないね」
そう言って旦那様は今度こそ夫婦の寝室を後にする。
旦那様は高位貴族のわりに婚約者がなかなか決まらず、子爵家次女である私のところまで話が降りてきた。妹君が見初められ、相当急いでいたのだろう、我が家が了承すると、婚約期間などほぼ無いまま即座に式の日取りが決まった。当主同士は面会しているが、私は初対面で式当日を迎えている。貴族の結婚では珍しいことではないものの、一体どんな事故物件なのかと戦々恐々としていたが、覇気がないだけで悪い人では無さそうだった。
私に至るまでのご令嬢方はなぜ、旦那様をお断りしたのだろう。私は旦那様の顔を思い浮かべる……が浮かばない。何なんだろう、この印象の薄さは。頭を捻っていたら、鼻がむずむずし始めた。
「くしょん」
私は立て続けにくしゃみを3回した。くしゃみ3回は誰かに惚れられた証拠、などという俗言がある。私は曖昧な記憶で旦那様の顔を思い出す。まさかね。
そう思ったらもう1回くしゃみが出た。くしゃみ4回はただの風邪。それが俗言のオチである。私は自分の体に視線を落とす。脱がせてもらうために生まれてきました、と言わんばかりの薄く華やかな夜着である。こんなものを着ているからくしゃみが出るのだわ。私は飾り椅子にかけておいた厚手のガウンを羽織った。




