04 温室なら背後を取られない(2)
旦那様は「暑いね」と言いながら、テーブルにあった水差しから、私にグラスに水を注いでくれる。旦那様も自分のグラスに水を注ぐとそれをすぐに飲み干した。
「朝の、続きなのだけど」
「朝ですか」
「もう忘れたのか?君が聞きたいと言ったのに」
旦那様は拗ねたように言う。
「あれだ、その、僕が、君を好きな理由というやつ」
「ああ!言ってましたね」
「あと二人きりになりたいって」
「それは言ってないです」
「そうだっけ?」
旦那様は目線を上に回して記憶を辿る。もしかして一言一句、覚えているのだろうか。
「確かに言ってない。僕が二人きりになりたかっただけみたいだ」
旦那様はそれを事実照合の結果としてさらりと言った。私はぶわっと顔が熱くなるのを感じる。
「マイア、大丈夫か。顔が赤い」
――『早くお知らせになったほうが良いですよ』
護衛の言葉が脳内をぐるぐるする。ちょうどいいじゃない、言うなら今じゃないか。顔が赤いのはあなたのせいよ、ってこっちもさらりと言うんだ。でもプレゼントを渡す時のほうが。ああだ、こうだ。
「マイア、聞こえるか」
私は告白のタイミングを頭の中で懸命に練っていて、旦那様の言葉が聞こえなくなっていた。
ふいにふわっと身体が軽くなる。背中と腿に旦那様の手が添えられている。抱き上げられて温室を出る。
「旦那様?」
「触れて申し訳ない。外のガゼボにいくだけだから」
私を心配して不安そうな顔をしている。私は思わず、言葉が溢れた。
「旦那様、すき……」
「うん?好きな理由の話は、移動したらするから」
軽やかに流された。今ので流れると思わなかった。
「今日は天気が良すぎたね」
通じないまま、私はただ運ばれる。温室の入り口で、色硝子の扉を護衛が押さえていた。何か言いたげに、口角を上げて半目でこちらを見てくる。表情がうるさい。
すれ違いざま、旦那様は侍女にレモン水と濡らしたハンカチを頼んだ。
すぐ外にガゼボのベンチがあって旦那様はそこへ私を座らせた。ここは木陰なうえ、風が通って気持ちがいい。べつに体調が悪かったわけじゃないから、少し肌寒いくらいだ。そう思っていたら旦那様が自分の上着を脱いで、私の上にふわとかける。
侍女がレモン水を持ってきた。私はそれを一口飲んで、手渡されたハンカチで顔を抑える。
「マイア、調子は良くなった?」
私はこくりと頷く。
「僕が君を好きな理由なんだけど」
「ああ、もうそれいいです」
「えっ」
手に握っている濡れたハンカチを見て思う。好きだなと思う瞬間は糸のように折り重なっていく。じゃあどこでと思い出そうとしても、布になったらもう好きの集合体だ。
それに今の私がその理由とやらを聞いたら、刺激が強すぎて倒れてしまうかもしれない。
私は侍女が置いていった、ベンチの上の銀トレイを見る。
「旦那様、あの箱をお持ちいただけますか」
旦那様は銀トレイに載せられたリボンのかかった箱を取って来て、私の隣に座った。
「旦那様へプレゼントです」
「僕に?」
旦那様は手元にある箱をじっと見る。
「開けても?」
「はい」
旦那様は丁寧にリボンを解く。
「旦那様のお金で旦那様にプレゼントを買うというのが、何だか拗れている気がして、揃いの物にしました。なので私も今、プレゼントされたんです」
旦那様は箱の蓋を両手で開けて脇に置く。
中身は、若緑色のクラバットと、布を留め下げる型の髪飾りだ。
「同じ布を使っているもので……」
「ありがとう」
旦那様はすぐに今しているクラバットをシュルシュルと外した。旦那様の喉元が見えて、私はそれを凝視する。
若緑色のクラバットが巻かれて、また旦那様の喉と胸元が隠れていく。
「はじめて旦那様にご用意いただいた服と同じ色だなと思って。あの、最初に朝食をごいっしょした日の」
「うん」
次に旦那様は箱から髪飾りを取り、私の頭を囲うように両手を伸ばして髪の後ろにつけようとした。私は旦那様に抱かれている気分になる。けれど、ずいぶんともたもたしているので、
「後ろを向きましょうか?」
と声をかけたら
「大丈夫、もう少しでできるから」
と言われてしまった。
珍しく頑固なので、プライドを傷つけてしまったかしらと少し心配する。旦那様が「もう少し」と言ってからもずいぶん時間が経ったが、焦らせてもよくないので私は大人しく腕の間に収まった。
ふと視線を上げると、旦那様の肩越しに護衛と目があった。
「あ」
私の声に反応して、旦那様が髪飾りをパチンと留め、後ろを振り返る。この場を離れたと思った護衛と侍女が、植栽の間から中腰でこちらを見ていた。
「お、お前たち」
旦那様が言うと、もうひとり「すんません!」と庭師も出てきた。旦那様はガゼボから植栽に早足で歩いていく。3人とも起立させられ、お小言をもらっている。
お小言が終わって解散となり、護衛が旦那様の上着を取りにきた。旦那様は庭師に、何やら温室の設備について注文をしている。
「何のぞいてるのよ」
私は照れ隠しにぶっきらぼうに言った。
「あれ、わざとですよ。旦那様、手先はかなり器用ですから」
遠回しに言われて、私は顔がぶわっと赤くなった。にやっと笑って護衛はガゼボの小階段を降りていく。また運ばれないように、私はレモン水を一気に飲み干した。




