第七章:愛は止まらない
操くんの家を、門からじっと見つめる。
もう10分ほど経つが、桜屋敷さんは出てこない。
「さ、流石に長くない……?」
二人っきりの空間でそれだけの時間があれば、なんだってできる。
抱き合ったり、それこそキスなんて一瞬で……。
「はわわわわわ……」
考えれば考えるほど、目がぐるぐると回ってくる。
両親が海外出張で常にいないなんて、都合がよすぎる。
主人公が自宅でにゃんにゃん(死語) するための設定に違いない。
「お、落ち着け……」
まだ、そうと決まったわけじゃない。
例えば……実は二人は兄妹とか。
「忍野操……」
表札を見るけど、そもそも苗字が違う。
だったら従姉妹とか? 男女の兄弟なら、苗字が違っていてもおかしくない。
でも、操くんのお父さんって弟さんがいるだけのはず。
そもそも、桜屋敷ってこの辺りでは由緒ある家柄だし……。
「じゃあなんで、桜屋敷さんが家に!?」
さっきから思考のループに陥っている。
「しかも、あの意味ありげな笑みは何!?」
家に入る前に向けられた笑顔。
ぼくが操くんを好きなことは、みんな気付いている。それに対するマウント?
いやいやいやいや、ただの考えすぎだ。
「恋人同士じゃないよね?」
普段から操くんをストーキング(自覚あり) してるし、隣同士だから一緒にいることは多い。
そんな素振りはなかったと思うけど、話しているのはよく見る。
そういう時に声を掛けられないのは、ぼくが本当は陰キャだからだ。
「えー、でもでも……」
否定しようと思うが、嫌な妄想ばかりが浮かんでくる。
ぼくは引っ越してくる前の操くんを知らない。
例えば長い付き合いで、そんなに話さなくても分かりあっているくらいの仲とか……。
「だとしたら、今この中で行われているのは……」
ちょめちょめ(死語)
「今の女の子ってそんなに積極的なの!?」
顔を真っ赤にして、頭を抱える。
ぼ、ぼくもビッチを演じてはいるけど、実際にヤるなんて無理!!
もし操くんと付き合ったら、いっぱいデートして……キスなんてもっと先で……。
床入り(江戸) なんて想像もつかない。
「すぅ……はぁ……」
胸に手を当てて、落ち着くために深く息を吐く。
今のところ確証は一つもなく、ただの妄想。
「二人のことは気になるけど、買い物に行こう……」
このままじゃ隣の家を監視する不審者だし、頭を整理しないと……。
肩を落としてスーパーへ続く道を歩く。
もんもんと湧き上がってくる不埒な妄想。
その度に胸が痛くなる。
「お似合いだよね……」
通り過ぎる時に見えた、並んで歩く二人の姿。
人気のイケメンと、学校のアイドル的存在。
恋人として、相応しい姿だと思ってしまう。
少なくとも、男であるぼくが隣にいるよりは自然だ。
「はぁ……」
やっぱりぼくは、操くんの恋人にはなれないのだろうか。
どんなにアプローチしても反応してくれないのは、魅力がないからなのかな。
「羨ましい……」
綺麗な顔立ち、膨らんだ胸に、狭い肩幅と広い骨盤。
筋トレや食事管理で近づけても、完璧には手に入らない。
ずるい……なんて思ってしまう自分が、嫌だ。
ちょっと、泣けてくる。
「ふえっ……」
目じりに浮かぶ涙。
ただの妄想なのに、なんで傷ついているんだろう……。
操くんを取られてしまうという悲しさと、自分に対する情けなさ。
やっぱり本当のぼくは、自信のないモブでしかない。
「あら? 優音くん」
道の端っこをしゅんとして歩いていると、大人の女性の声が聞こえる。
「あ、鈴蘭先生……」
しょぼくれたまま顔をあげると、私服姿の先生が立っていた。
いつものぱつぱつなビジネスシャツではなく、黒いブラウスに、ベージュのマーメイドスカート姿。
「何かあったんですか~?」
明らかに暗い表情のぼくを見て、先生はこちらに近づいてくる。
「ああ、いえ……なんでも!!」
慌てて目元を拭って、笑顔を浮かべる。
「今日は操さんがいないから、素なんですね」
「え? あ……えへへ……」
やっぱり、先生にもばれているらしい。
居心地悪く目を逸らして、両手の指を合わせる。
元々は男の娘キャラじゃなかったんだから、当然だよね……。
反対側から歩いてきたのにもかかわらず、先生は方向転換して隣を歩く。
「喧嘩でもしました?」
「ああ、いえ……」
背を伸ばして歩く先生に、言い淀む。
少し言い辛いけど、恋心は既に見抜かれている。
悩みを聞いてもらうのも、ありかもしれない。
「何かあったというより、何もないっていうか……一方的に落ち込んでいるだけというか……」
「んー?」
右手の人差し指を口元に当てて、疑問の声をあげる先生に、説明をする。
「なるほど、桜屋敷さんが。それは強敵ですね~」
「ですよねー……」
成績もよく名家の出であるあの子は、先生たちにも一目置かれている。
「でも、先生は優音くんも魅力的だと思ってますよ」
「あ、ありがとうございます。お世辞でもありがたいです……」
「お世辞じゃないです。本心ですよ~」
先生はこちらを向いて、ぷーっと頬を膨らませる。ちょっとかわいい。
「いつも『みさ×ゆと』妄想で致してるんですから」
「こわい!!」
全然かわいくない!!
「その事実はさておいて……」
「冗談であってほしかった!!」
教師が生徒で妄想してるって、かなり危ない気がする……。
先生はコホンと喉を鳴らして、掛けた眼鏡の位置を指で直してから、再びこちらを向く。
「私は、あなたを凄い人だと思ってますよ」
「え……?」
ぼくの目を見据えて、微笑む。
「その姿は、女性の私が見ても素敵です。好きな人のために、女の子になっちゃうなんて、簡単にはできませんよ」
「そう……ですか?」
いや、そうかも……。
「私のクラスにやってきたばかりのあなたは、とても静かな子でした。少し心配になったくらい」
言われて、苦い顔をする。
あの頃のぼくは、長い髪がやぼったくて、一言も喋らないような印象の薄い存在だった。
「でも、先生の杞憂だったわね。こんなに一生懸命、がんばっているんだもの」
「鈴蘭先生……」
ここまで頑張れたのは、優しい操くんのおかげ。
でも、自分でもよくやっているとは思う。
だからこそ、振り向いてくれないのが、悔しいんだ。
「だから、あなたは何があっても、諦めないわよね?」
先生は、当然のようにそう言ってくる。
今、正に折れそうにはなっているけど……。
「先生、優音くんのそういう所、好きよ?」
「あ……」
ウインクして、頭を軽くなでられる。
操くんの時とは違って、不思議と安心する。
小さい頃に、お母さんにそうされた時みたい。
「そう……ですね」
あの二人がどういう関係なのは分からないけど、簡単には諦められない。
ぼくは初めて恋をして、こんなに積極的になれた。
「んっ……!!」
気合を入れるように、ほっぺたを両手で叩く。
折角今までの自分と違う姿になれたのに、諦めるなんてもったいない。
「ありがとうございます、先生。ぼく、頑張ります!!」
「うん、応援してる」
頷く先生に、同じように頷きを返す。
今のままじゃだめなら、もっと積極的に……。
振り返り、操くんの家を見つめる。
今日も、ご飯を作りに行ってみよう。
迷惑かけちゃうかもしれないけど、このままもやもやするくらいなら……。
「ところで、優音くん」
肩をとんとんと叩かれ、振り返る。
「おねショタって興味ないですか? はぁはぁ」
「え……」
鈴蘭先生は、なぜだか息を荒らげていた。
「優音きゅんの頭を撫でていたら、とてもむずむずしたというか、濡れたというか」
両手の指をワキワキと動かしながら、こちらに近づいてくる。
貞操の危機!?
「お巡りさん、この人です!!」
全身に悪寒を覚え、悲鳴を上げる。
「む、いたいけな少女の声が!? 誰だ!! 本官の前で事案を起こそうとしてるやつは!!」
「は!? 察がきやがった!!」
横道からスライディングしながら警察官が現れ、先生が叫ぶ。
「じゃあ優音くん、捕まらなかったら、また学校で会いましょう」
笑顔でそう言って、土煙をあげながら物凄いスピードで駆けていく。
マーメイドスカート着てるのに、すごい早さ……。
「おら、待ちやがれ!! 変態!!」
その後ろ姿を、前から来る警察が追いかける。
「あ、あの……あの人ぼくの先生なので、厳重注意で済ませてあげてください」
「了解しました!!」
親切な警察官は、敬礼をして去っていく。
急に辺りは静かになり、遠くから豆腐屋さんのラッパの音が聞こえた。
「と、とにかく……頑張ろう!!」




