第五章:それはもう罪
授業が終わり、手鏡を出して自分の姿を確認する。
「髪の毛よし、メイクも崩れてない……」
ぱっちりした目、透き通るくらい白い肌。
元々よく女の子と間違われていたから、素材は悪くない……はず。
髪の毛も、高いお金を出して有名な人に切ってもらって、ケアの仕方も聞いている。
「よしっ……」
授業は真面目に受けているから、そう言ってスイッチを切り替える。
鞄から取り出すのは、二つの弁当箱。
もちろん、一つは操くんのために作ったものだ。
席を立って、ランウェイを歩く気持ちで後ろの席に進む。
「あ、あれ……?」
だけど、操くんの姿はない。
「優音殿」
代わりに、隣の席に座るモブ男くんが声を掛けてきた。
「操殿は、購買部に行かれました。まだ間に合うかと」
ぼくが来た意図をすぐに察したようで、そう伝えてくれる。
「あ、ありがとう!!」
「優音殿、急いては事を仕損じる。ですぞ」
慌てて進もうとすると、手に持ったお弁当箱を指さされる。
「あ、そっか……折角綺麗に作ったのに」
「昼休みは購買部に向かう人が増えますからな。あえて東校舎から回り込む方がいいかと」
「なるほど、助かるよモブ男くん!!」
手を振って、教室から出ていく。
やっぱりモブ男くんは名前負けしてる。座ってるのも、クラスの一番奥の窓際っていう主人公席だし。
「う……購買部は凄い人だ。危ない危ない……」
アドバイス通り、反対側に進んで連絡通路を通って東校舎に向かう。
「本当だ。人が少ない!!」
こっちは特別教室が多いから、人の流れは緩やかだ。
廊下をまっすぐ進んで、再び校舎を出て購買部に向かう。
食堂を抜けて外に出ると、長い列が見えた。
「いた……!!」
パンを売るカウンターのすぐ近くで、操くんは一緒に並ぶ女子と楽しそうに話していた。
「むー!!」
心がもやもやして、頬を膨らませる。
近づいて、制服の腕の裾を掴んだ。
「あ?」
操くんと女の子がこちらを向く。
迷惑を掛けている気がして、怯んでしまうけど、こういう時こそ演技だ。
あの叡智な漫画に載っていた女の子になりきる。
「毎日パンばかり食べてかわいそー。ぼくが作ったご飯、恵んであげようかー?」
顔の横で弁当箱を揺らして、挑発する。
背中を流れる汗。足の震えは、地面を強く踏みしめて誤魔化す。
隣にいる女の子は、ぼくを見て微笑んでいた。
好きな気持ちは、みんなにバレている。
気付いてないのは、この天然ジゴロな……
すごく格好良くて、良い匂いがして、頭も良くて、たまにかわいくて、すっごく優しい馬鹿だけだ。
「おお、まじで!? いいのか?」
機嫌を悪くすると思いきや、操くんは顔を明るくする。
ほらー!! そういうところー!!
身悶えしそうな衝動を抑え、強気の表情を作る。
「こんなしょっぼいお弁当で喜んでるんだー。なっさけな~い」
「しょぼくねぇよ。優音のご飯って本当にうまいし」
それー!!
許されるのなら、この場で胸を抑えながら転がりまわりたい。
多分家に帰ったら、ベッドの上でやる。
「わりぃな」
操くんは、クラスメイトに手を振ってから列から離れる。
その子に目を向けると「がんば」と胸の前に両手を掲げていた。
操くんにばれないように、何度も頷く。
「優音、天気がいいし外で食おうぜー。あ、日差しとか気にするか?」
気遣い!! ぼく男の子なのに!!
もー、心が女の子になっちゃうよー!! もうなってるけどー!!
「だったら、あそこに行こうよ」
指先が震えるのを堪え、校庭に植林された木の陰になっているベンチを指さす。
視界はぐるぐると回り、何がなんだか分からない。
「う……あそこか……」
なぜだかたじろぐ操くん。
自分が指さした先を確認してみる。
校舎の裏に伸びる並木道。そこに並べられたベンチ。
そこに座っているのは、なんだか幸せそうで浮ついた表情をしている男女。
「さ、流石にカップル席はな……」
そうだったー!!
学校に伝わる、七不思議。というか、恋愛に纏わるスポットの一つ。
狭く二人しか座れないベンチ。座れば意図せずして密着し合う形になる。
その利便性の悪さからカップル席と揶揄され、いつの間にかアベック(死語) が集まる場所になったという。
男女が二人で使用すれば、小学生男子のように「ひゅーひゅー」と囃し立てられることになる。
「あっちの席が空いてるから行こうぜ」
「にゃっ!?」
驚いた猫のように身を震わせる。
恥ずかしいけど、複雑な気分。
せっかく誘ったのに、拒否されたみたいじゃんか……。
ぼくは、勇気を振り絞って拳を握りしめる。
「ふーん、恥ずかしいんだー」
そして、その手を口元に当てて挑発する。
「あ?」
「ぼく、男なのに何意識してるの~?」
完全に役に入り込んで、顔を近づけた。
「ざぁこ♡」
にやっと笑って、八重歯を覗かせる。
操くんはそんなぼくを見て、ぎりぎりと歯を鳴らしていた。
「はぁー? んなわけねぇだろ!! 座ってやろうじゃねぇかよ!!」
「ちょろっ」
演技ではなく本音が口から漏れる。
こういう挑発に弱いのは分かっている。そこも、かわいい所なんだよね。
「おら、こいよ」
ずかずかとカップル席に近づき、ドカッと座り込む。
腕を組んで目を尖らせる操くんに、申し訳ないと思いつつも近づく。
「じゃあ、失礼しま~す」
平静を装って、笑顔で隣に腰かける。
近い……!!
え? これ、本当に二人用? 思った以上にぎゅうぎゅう詰め……。
左右はひじ掛けがついてるし、どんなに端によっても身体がくっつく。
ぼくと操くんの太ももが触れあって……腕もくっついてる。
し、幸せ……
「ひゃうっ……」
思わず、口から甘い声が漏れ、口元を抑える。
「は!? 今エッチな声が聞こえたような気がします……!!」
遠くから聞こえる、鈴蘭先生の声。
しかし、そんなことを気にしている余裕はない。
ちかいちかいちかいちかいちかい!!
汗掻いてきたけど大丈夫だよね!? い、一応制汗シートで拭いてるけど!!
「食べていいか?」
「もちろん!!」
感情と表情が一致しない。
ぼくはこんなにどぎまぎしているのに、操くんは何も感じないのかな。
お弁当を膝の上に置いて、隣をちらりと見る。
ランチクロスを広げながら、笑みを浮かべる横顔。
その綺麗な顔立ちに、見惚れる。
「おお、すげー。うまそー」
普段はヤンキーみたいな態度なのに、子供みたいに明るく笑う。
そのギャップが好き――
「んだよ、ジッと見て」
「んーん、なんでもなーい」
そう言って、視線を落とす。
どんなに積極的に振舞えても、肝心なことは言えない。
ぼくがなりきっているこのキャラも「好き」って言ってたのは……そ、そういう行為の時だけだし……。
無理無理無理無理!! ビッチな女の子を演じられても、本当にするのは無理!!
「はぁ……」
操くんに気付かれないよう、小さく息を吐いてお弁当を広げる。
とりあえず今は、この恋人同士の距離感だけで満足しておこう。
少しだけ、寂しいけれど……。
「なぁ、優音」
ふと、呼びかけられる。
「ん? なに?」
隣を見ると、操くんが箸を持ったまま、お弁当をじっと見つめていた。
うまく作ったつもりだったけど、何か変だったかな……。
ちょっと不安になる。
「これ、早起きして作ってくれたんだろ?」
だけど、操くんは真剣な表情をこちらに向けてくる。
とくんと、心臓が跳ねた。
確かに、そこに詰めたのは冷凍食品じゃなくて、一から手作りしたもの。
夏で食品が傷みやすいから、詰め方も工夫してある。
そんなの、気にしてないと分からないと思うけど……。
「べっつにー、ぼくが食べたくてそうしただけだし」
本当はむちゃくちゃ嬉しいのに、得意げにそう言って見せる。
変に気を遣わせるのも悪いし……。
「でも、そんなにぼくのこと褒めたいんなら、なでなでしてくれてもいいんだよー」
軽く言った、つもりだった。
ぼくとしては、それに気付いてくれただけで十分嬉しい。
というか、努力が報われた気がして、ちょっと泣きそう……。
「そうか」
目を閉じて、頷く操くん。
そして、
「俺のために、ありがとうな」
そう言って、少しだけ迷うように手を伸ばし――
ぽん、と頭に触れる。
「……」
思考が止まる。
頭の上に感じる柔らかな感触。操くんの長い指が、頭を撫でてる……。
「あ……あ……」
一瞬で、熱を帯びる顔。
天然ジゴロー!! ほらー、こういう所!!
てゆーか、ダメ……昨日妄想したことが現実になって、なんだか気持ちよくて……変な気分になる。
太ももはくっついてるし、むずむずするし……
「あ……やっ……」
口から漏れる喘ぎ声。
「もしかして、エッチなことしてますか!?」
それは、突然現れた鈴蘭先生の声にかき消された。
「は? 何言ってるんすか……?」
流石のぼくも顔を真っ赤にして下を向いているけど、操くんの視線は鈴蘭先生に向けられている。
「大丈夫です!! 見てないので続けてください!! はぁ……はぁ……」
「お巡りさん、この人です!!」
鈴蘭先生と操くんの声が、静かな校舎裏を劈く。
ぼくは俯いたままだけど、操くんの手が乗ってるから、幸せ……。




