第四章:猫の正体
【Side:水面優音】
意識がまどろみから覚めていく。
柔らかいクッションの感触。ぼんやりとする意識。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
「綺麗だな」
頭上から聞こえる、優しい吐息交じりの声。
それを聞いて、意識は一瞬で覚醒する。
続いて感じられるのは、髪の毛が揺れる感覚。
「え……?」
も、もしかして操くん……ぼくの髪の毛に触れてる?
てゆーか、今……「綺麗」って言ってた?
「うみゅ……!?」
動揺して変な声が漏れ、ぼくは慌てて口を閉じる。
え……今、どういう状況!?
た、確か操くんの家にご飯を作りに来て、ソファで眠くなって……。
「あー……」
なにやら唸っている様子の操くん。
髪の毛が触れそうなくらい近い位置に、座ってる。
ぼくの身体は熱を帯びた。
「あぅ……」
風呂上がりの操くんが、すぐ近くに居る。
ああ……すっごく良い匂い。女の子みたいな甘い香り。
胸の奥が痛いくらいに、どきどき鳴っている。
きゅんとして、思わず目を閉じた。
ぼくは操くんに恋をしている。
他の男の子には興味がないけど、操くんが女の子と楽しそうに喋ってると、もやもやする。
最初はとても戸惑ったけど、優しさに触れているうちに、ますます好きになってしまう。
だから頑張って、誰にも負けないくらいかわいくなった。
メイクも覚えたし、ネイルだってかわいくできている。
「お前は、どんな気持ちで男の娘やってんだ……」
起きてることに気付いてないようで、向けられる質問。
操くんに振り向いてもらうためです!!
と、目をぎゅっと閉じて心の中で叫ぶ。
それだけで、顔は一瞬でカーッと熱くなった。
ああ、好き好き。
囁くようなハスキーボイスに、耳をくすぐられる。
声を聞いてるだけで、変な気分になってしまいそうなくらい好き。
でも、こんなにかわいいぼくが誘惑してるのに、どうしてときめいてくれないの!?
男の子ってこういうのが好きじゃないの!?
「若さゆえの悩みは、悪いものじゃない。モブ山モブ男、談」
突然、モブ男くんの格言を引用する操くん。
も、もしかしてモブ男くんのことが好きなの!?
でもそんな感じじゃないし、それならぼくにだってチャンスがあるはず!!
それとも、鈴蘭先生みたいな巨乳好き!?
だけど、みんなが前屈みになっている中で、操くんだけは呆れた顔をしているし。
「ぐー……」
悶々としていると、今度は寝息が聞こえる。
ゆっくりと視線を上に向けると、操くんの寝顔が見えた。
眠りについているのを確認して、体を起こす。
ゆっくりとソファから降りて、操くんの真正面に屈んだ。
「操くんの寝顔、かわいい……」
床にぺたんと座り込んで、見上げると綺麗な顔が見える。
整った顔立ち、スマートで洗練された身体。とてもおしゃれだし、清潔感もある。
操くんは気付いてないみたいだけど、クラスの女子の視線はモブ男くんと操くんの二人に向けられている。
イケメンが二人並んでいれば、目立つよね。
「んしょ……」
立ち上がって、ブランケットを肩に掛けてあげる。
その綺麗な顔が近づくと、シャンプーと甘い匂いが鼻孔をくすぐった。
首元で動きを止めて、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
脳が幸せで満たされて、くらくらする。
「じー……」
また床に座り込んで、操くんを見つめる。
おいしそうにご飯を食べてくれていた姿が、頭に浮かんだ。
「にへへ……」
それだけで、頬はゆるゆるになる。
「お前の料理は、最高だってー。旦那さんみたいじゃん。えへへへ」
クラスのモブだったぼくに、本当によくしてくれる。
転んだら真っ先に手を差し伸べてくれるし、勉強で分からない所は丁寧に教えてくれる。
ぼくのご飯もおいしいって食べてくれて……
「好きにならないわけ、ないじゃん……」
いじけたように、頬を膨らませる。
「好き……どうしようもなく、大好き」
胸に手を当てると、どきどきと激しく心臓が動いてる。
寝てる時は言えるのに、普段はそんなことは言えない。
ぼくは、反応が表に出にくい体質らしい。
本当は、操くんに近づくだけで身体は熱くなるし、頬は赤くなる。
でも、赤くなっても見た目はそんなに変わらない。
そう、ぼくは無理して普段のキャラを演じているに過ぎない。
小中と演劇を習ってきた経験が生きているだけだ。
「操くんって、こういうのが好きなんだよね?」
自分の身体を確認しながら考える。
胸が見えやすいように、前が開きやすいキャミソールに、太腿が丸見えのショートパンツ。
同級生の男の子は、この姿だけでデレデレしてくれる。
「だ、だって……操くんの机の中に、エッチな漫画があったし……」
参考資料は、見つけた叡智な漫画。
クラスの女の子に誘惑されるという、童貞男子の夢がつまった内容。
二ページ目でインサートという、スピード感。
操くんにもそういう欲求があるはずなのに、どうして反応してくれないんだろう。
「うー……」
かわいさには自信があるからこそ、悔しい。
そんな時ふと目に入る、操くんの太もも。
「そうだ……」
アプローチするのは恥ずかしいけど、やらなきゃ先に進まない。
思い立って、ソファに寝そべり、頭を太ももの上に置く。
「えへへ、膝枕~。恋人同士みたい」
頭の後ろに幸せな柔らかさを感じる。
本当は逆なのかもしれないけど、もしこの状態で頭とか撫でられたりしたら……。
「頭なでなで~えへへ~」
妄想しながら、膝の上で悶える。
「あ?」
その刹那、そんな声が聞こえた。
見上げると、目を開けた操くんの顔が見える。
ぼくは目を丸くし……
ひぃやぁああああああああああ!? みられたぁああああああああああ!?
っと、心の中で叫ぶ。
ピクリと揺れる肩――
だけど、そんな動揺を不屈の演技力で抑え込む。
息を短く吸って吐いて、呼吸を整え……
「おはよ!!」
と、普段の軽い口調で答える。
目を見開く操くん。
「ちっ……」
でも、すぐに舌打ちして目を逸らしてしまう。
こんなにかわいい子が膝枕されてるのに!!
もしかして、身体は正直に反応してる……?
と思うけど、ち♂ち♂が隆起したような感触は感じられない。
残念……
「何やってんだ?」
「えへっ、膝枕~」
かわいく舌を出してみるが、
「離れろー!!」
と、いつものつれない反応。
「別にいいじゃーん」
と言ってみるが、心臓はばくばくだ。反応が顔に出なくて、本当によかった。
でも、こんなに効果がないとやっぱり落ち込む。
本当はどきどきしてたり……しないよね。
ぼくみたいに反応が出にくいとか……それもないか。
不本意だけど、起き上がる。
「あー、いつの間にか寝てたみたいだな……」
伸びをする操くん。
「ん……ブランケット?」
肩にかかっているそれに気付き、手繰り寄せる。
しばらく、それをじっと見つめて……
「おお、掛けてくれたのか。ありがとう」
こちらを見て、目を細めて白い歯を覗かせて笑う。
「ふにゃっ!?」
そんな優しい表情に、心臓を撃ち抜かれる。
すぐに、身につけた演技で表情を取り繕う。
「んーん、こちらこそ、ありがとう。優しいね」
全力のごまかし。
これが『男の娘』という猫を被った、ぼくの正体だ。




