表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/12

第三章:若さゆえの悩みは、悪いものじゃない

 シャワーを浴びて、二階へ続く階段を登る。

 一人暮らしもだいぶ慣れた。

 最初は寂しいと思うこともあったが、快適さの方が勝っている。


「課題をすませるかー」


 米だけは炊いてあるから、おかずは後で考えよう。

 そう思い、自分の部屋に入る。


「やっほー」


 その刹那、誰もいないはずの部屋から声が聞こえ、思考が止まる。

 視線の先に立っているのは、キャミソールにショートデニムという、私服姿の優音。


「な、なんでお前が部屋にいるんだよ!?」

「てへっ。合鍵作っちゃった」


 こわいこわいこわいこわいこわい。

 優音は舌を出し、指先でくるくると鍵を回す。

 それはもう、小悪魔というか悪魔の所業だぞ……。


「って言うのは冗談で、操くんのお母さんに鍵預かってたんだ」

「あー……そうだったっけ」


 『何かあったら、お隣さんが助けてくれる』と言っていたのを思い出す。


「かわいいぼくが居て、嬉しい?」


 言いながら、こちらを見上げてくる。

 右肩のキャミソールの肩ひもが僅かにずれ、胸の間に隙間ができる。

 みえっ!? と思うが、こいつにおっぺーは無い。

 だが、びーちくはある!!

 白い鎖骨、艶のある肌。見えそうで見えない、胸の先端。


「操くんみすぎだよ~。そんなに見たいの?」


 蠱惑的な表情を浮かべて、襟を指に引っかけ、見せつけるように下に引っ張る。

 お腹まで見えそうになったのを確認して、慌てて目を逸らす。

 なんでこいつの肌、こんなに綺麗なんだよ……。

 顔が上気するが、風呂上がりで誤魔化せているはずだ。


「つか、何しに来たんだよ」

「あ、そうだった。操くん、今日何食べたい?」


 胸の前でパンと手を叩いて、背伸びして顔を近づけてくる。

 ふわりと揺れる髪先から、シャンプーの匂いがする。


「好きなもの作ってあげる」


 にこりと微笑み、口の端から覗く八重歯。


「え? まじで? いいの?」

「うん、今日お父さんもお母さんも帰ってこないから、ついでに作るよ」

「あー、じゃあ……肉が食いたい」

「おっけー、台所借りるね?」


 優音はそう言って、床に置いていた買い物袋を持ち上げる。


「勉強するんでしょ? 待ってて」


 一度部屋から出て、再び入口から顔を覗かせ、そのまま階段を下っていく。

 正直、とてもありがたい。

 俺は料理が苦手で、普段はスーパーの惣菜ばかり食べている

 優音はたまに料理を作ってくれるが、とても美味しい。


「やるか」


 椅子に座って机に向かう。

 面倒な課題も、美味しいご飯が待っていると思うと、少しは気分が上がる。

 部屋の中に残る、優音の残り香。

 少しだけ頬がむずむずとするが、机の上に置いたテキストに向かう。

 心なしか、今日は手に持ったペンが進む。


「できたよー!!」


 しばらくして、聞こえた声に顔をあげる。

 手元に置いたスマホに目を向けると、一時間ほどが経とうとしていた。

 すっかり集中していたみたいだ。


「操くん、聞こえてるー?」


 いつもは静かな家から聞こえる、自分以外の声。

 自然と頬が緩んだ。


「今行く」


 テキストを鞄に戻し、部屋を出る。

 その途端、肉が焼ける香ばしい匂いが、鼻孔びこうをくすぐった。


「もー、遅くなると冷めちゃうよ~」

「わりぃわりぃ」


 居間に降りると、エプロンをつけた優音が不満そうに頬を膨らませている。

 テーブルの上を見ると、キャベツが添えられた生姜焼きと、味噌汁とご飯が並んでいる。

 ふわふわと漂う湯気が、普段は寂しい食卓を彩っていた。

 お互いに手を洗ってから、席に着く。


「美味しく出来てるかな~」


 エプロンを外して、優音はテーブルの上に並んだ夕食をじっと見つめる。

 表面が程よく焼けた豚肉から香る、醤油とおろし生姜の匂い。

 うまそうに見えるが、問題でもあるのだろうか。


「食べていいか?」

「う、うん」


 確認すると、おずおずと頷く。

 反応が少し引っ掛かるが、手を合わせて食事前の挨拶をする。


「いただきます」


 そう言ってから、目の前に置かれた豚肉を箸で掴んだ。

 口に放り込むと、肉の味がしっかりと広がっていく。

 味付けは濃すぎず、俺好みだ。刻まれたキャベツとの食べ合わせも良い。


「おお……」


 思ったより、ちゃんとした味だった。いや、普通にうまい。

 両手で味噌汁が入ったお椀を傾け、口の中に流し込む。

 こちらは薄めの味付け。だが、それがいい。

 揚げとわかめという具材も、食べ応えがあって味噌汁に合う。

 俺が作った味噌汁なんて、ただしょっぱいだけなのに……やっぱり、こいつはすごい。

 夢中で食事をしていると、ふと対面に座った優音が見える。

 箸を持つことなく、こちらを静かに見つめている。


「なんだ、食わねえのか?」


 不思議に思い、口の中の物を咀嚼そしゃくしてから聞いてみる。

 優音は一瞬だけ目を丸くした。


「えへへ~」


 しかし、すぐに口元を緩め……


「嬉しそうにご飯を食べる操くんがかわいくて、魅入っちゃった」


 笑顔で、そう答えた。

 とくんと、胸の中で心臓が跳ねる――


「ごめんね。ちょっとだけ自信なかったから。でも、口にあったのならよかった」


 普段は得意げに挑発してくるくせに、しおらしく笑う。

 心に引っかかる思い。

 馬鹿みたいにばくばく食ってたけど、俺のために作ってくれたんだよな……。

 よく見ると、俺の皿に乗っている肉は綺麗だが、優音の皿の肉は少しだけ焦げている。


「あー……」


 恥ずかしくはあるが、相手の厚意には礼を尽くさなきゃいけない。

 とはいえ、なんと言うのが正解か……。

 いや、一生懸命作ってくれたのだから、素直な気持ちを伝えるのが礼儀だ。

 高鳴る心臓を鎮めるために息を深く吸い、顔をあげる。


「優音、ありがとう。お前の料理は、本当にさいっこうだな!!」


 そう言って、微笑む。

 相手の良い所は必ず褒める。まぁ、モブ男の受け売りだけど。

 俺の言葉を聞いて、優音は驚いたように目をぱちくりとさせる。

 手に持った箸を茶碗の上に置いて……


「えへへ~、やったー」


 小首を傾げて、目を細め、口から八重歯を覗かせる。

 その笑顔は、いつもの小悪魔じゃなくて、普通の女の子みたいだった――


「な……!!」


 なにそれ、かわいい……!!

 大げさじゃない反応が、なんだか胸に来る。

 調子に乗ってくれれば、突っ込みの一つでも返せるが、これじゃ何も言えない。

 舌打ちをして、目を逸らす。

 こっそりと横目で優音を見ると、鼻歌交じりにご飯を口に運んでいた。

 胸の中に渦巻く、もやもや。

 だけどこの気持ちは、本物だ。




 片付けを済ませ、居間に戻る。

 優音にはソファでくつろいでもらっていた。


「はぁ……」


 胸に渦巻く思いを、ため息と一緒に吐き捨てる。

 それでも、ふわふわするような気持ちは収まらない。


「あ?」


 テレビの前のソファを見ると、優音が身体を丸めて眠っている。


「すー……すー……」


 かわいらしい吐息と共に上下する胸。

 安らかな表情を見ていると、自然と口元が緩む。


「あーあ、風邪ひくぞ」


 暑いとはいえ薄着のまま寝ると身体が冷える。

 俺はソファの背もたれに掛けていたブランケットを、静かに掛けてやる。

 そのまま、起こさないようにゆっくりと優音の隣に腰かけた。

 つけっぱなしのテレビは、遠くの国で起こったニュースを告げている。

 ふと、手元に優音の髪が触れる。


「綺麗だな」


 艶のある、さらりとした栗毛色の髪。

 俺の髪は太くて硬いから、少し羨ましい。


「うみゅ……」


 身体を揺らし、小さく呻く。

 それでも、疲れているのか起きる気配はない。

 柔らかそうな頬に、つい視線が落ちる。

 こうやって静かにしていれば、かわいいのにな。

 口に出すのははばかられるので、胸にとどめておく。

 テレビから流れる、他国の同性婚のニュース。


「あー……」


 なんだか、むず痒い。

 今の時代、男女の意味合いが変わってきているのは、理解している。

 でも、自認が崩れれば戸惑ってしまうのは、誰しもがそうだ。


「お前は、どんな気持ちで男の娘やってんだ……」


 普段は口にしない疑問を口にする。


「すぅ……」


 優音は短く息を吐くだけで、答えはしない。

 俺は天井を見上げる。

 少なくとも、こいつと一緒にいるのは嫌いじゃない。

 今は、それだけでいいのだろうか。


「若さゆえの悩みは、悪いものじゃない。モブ山モブ男、談」


 モブ男の格言を引用しながら、目を閉じる。

 考えても答えが出ないのなら仕方がない。

 こいつと一緒にいれば、見えてくるものもあるのだろう。

 意識はだんだんと闇に飲まれていく。

 隣から聞こえる寝息は、心地よく耳に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ