表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/12

第二章:アオハルの音がする

 放課後、鞄を持って立ち上がる。


「それでは操殿、拙者は剣道部の活動があるのでこれで」

「お前って本当にハイスペックだなー」


 爽やかな笑顔を浮かべて、教室から出ていくモブ男の背中を見送る。

 女子たちの視線が向けられる。やっぱりあいつ、名前負けしてるよな。良い意味で。


「操くん、ぼくが一緒に帰ってあげる!!」

「あ?」


 教室から出て行こうとすると、優音が鞄を両手に持って横に並んだ。

 鬱陶しくはあるが、家は隣だしお互いに帰宅部なので断る理由はない。

 言い方はムカツクし、頷くのは癪だが。


「じゃーなー」

「おう操、またな。リア充爆発しろー」


 廊下に出て見知った男子生徒に挨拶をすると、笑顔でそう返してくる。

 欲望に忠実だけど、やっぱり気のいい奴らだ。


「まったね~」

「優音きゅぅぅぅん~またねー!!」


 ウインクしながら手を振る優音に、男子は頬を緩ませる。

 ただの馬鹿なのかもしれない。

 呆れながら靴箱に向かうと、鈴蘭先生の姿が見えた。


「あら、操さん、優音くん、また明日ね」

「先生~、また明日!!」


 元気よく答える優音に対し、俺は軽く頭を下げる。

 周りの男子の視線は、鈴蘭先生の豊満なおっぺーに向けられている。

 白シャツ一枚なので、昼になって光が差すと、下着が透けていることも珍しくない。

 午後になると、授業中に前屈みになる男子が増える。悲しい現象だ。


「そういえば、二人ってお隣同士なのよね。はぁはぁ」

「はぁはぁ!?」


 顔を上気させ、熱い息を吐く先生。


「操さんの家ってエロゲの主人公みたいに、御両親が仕事の関係でいらっしゃらないでしょ」

「エロゲって言う必要あります!?」


 この人は、感性がおかしい。

 先生は腐女子ではなく、心が完全に中学生男子なのだ。


「操くん、ぼくのこと襲うの? 性的な意味で」


 優音は優音で、目を潤ませながら、スカートを両手で抑えている。

 ちょっとかわいい、なんて思ってしまう自分に腹が立つ。


「お疲れーっす」


 これ以上関わっていても疲れるので、手をひらひらさせて去っていく。


「あ、待ってよ操くーん」

「二人とも気をつけてね~」


 一度だけ振り返り、先生に手を上げて応える。

 そうしているうちに、優音は隣に並んで歩きだす。

 外に出ると、夏の日差しが容赦なく照りつけてくる。

 そんな中でも、運動部の連中はサボることなく校庭で練習していた。


「あ、那月なつき……」


 見知った顔を見つけ、声が漏れる。

 さらさらのストレートロングを揺らし、息を切らせながらトラックを走る女子。

 背を伸ばし凛とした姿は、ジャージ姿であっても目を惹かれる。

 男子の中でも人気の高い、アイドル的存在。桜谷敷さくらやしき那月。

 モブ男と同じくらい格式高い家で育ち、見ての通りの美人だ。

 俺にとっては……


「いって……!!」


 ふと、手を引っ張られる。

 そちらを見ると、頬を膨らませた優音の姿が見えた。


「んだよ?」

「かわいいぼくがいるのに、操くんがエッチな目で女子を見てるからですー」


 不満そうに言って、そっぽを向く優音。

 小憎たらしいが、この暑さの中関わるのも面倒だ。

 校庭を出て、家に続く道を歩く。

 てかこいつ、いつもに比べると静かじゃないか?

 別にそうされたいわけじゃないが、普段なら人目もはばからず、くっついてくる。

 疑問に思いながら、ちらりと隣を歩く優音に視線を向ける。


「くんくん……」


 優音は手の甲の匂いを嗅いでいた。


「体育の後だけど、変な匂い……しないよね?」


 聞こえていないと思っているのか、そう小声でつぶやく姿に、胸が高鳴る。


「きゅんっ」


 そんな音がした。いや、口から漏れた。

 なんだこいつ。普段はあんなに気にせず体を押し付けてくるくせに、汗の匂いとか気にするのかよ。女子かよ。


「う、うん。大丈夫。えいっ!!」


 そして、問題ないと判断すると、いつものように腕を絡めてくる。

 汗どころか、石鹸みたいな匂いがふわりと鼻孔をくすぐった。


「暑いだろ!! くっつくなって!!」

「いいじゃーん、ちょっとくらい。操くんの腕の柔らかさ、好きなんだもん」


 向けられる怨嗟えんさの念と、微笑ましい視線。

 こいつは、俺をからかって何が楽しいんだろう。

 いやまぁ、他の男子ならでれでれするだけだから、俺を狙うんだろうけど……。

 このメス……オスガキ野郎が。


「ねぇねぇ、飲み物買おうよ」


 取り繕っていると、優音が道の端の自動販売機を指さす。


「これにしよっと!! 操くんは買わないの?」

「あー、俺はいいや」


 確かに外はだるような暑さだが、家はすぐそこだ。

 それに先生が言った通り、俺はエロゲの主人公よろしく両親が海外出張でいない。

 困っているわけではないが、できれば節約したい。

 家事をしているとはいえ、学費と生活費を出してもらってるからな。


「冷たくておいしい!! カルピスさいこー」


 ペットボトルに口をつけてから、嬉しそうに叫ぶ優音。

 家は隣同士だし、こいつにも何気に世話になっている。


「操くんも飲む?」

「おー、ありがとう」


 優音が差し出したペットボトルを受け取る。

 手に伝わる冷たさが心地いい。


「ん……?」


 それを口に含もうとして、優音の視線に気づく。

 何かを期待している、小悪魔のような表情。

 ははーん、俺が間接キスで動揺するのを期待している顔だな。

 残念だがそんなことは気にしない。

 モブ男は育ちがいいから気にするが、俺は人が箸をつけたものでも食べられる。

 余裕の笑みを浮かべて、優音の顔を見る。

 小さくぷるっとしたピンク色の唇が目に入った。

 そうか、あの口元がこの先に、ほぅ……。

 なぜだか、胸がどきどきと音を立て始める。


「ふふ……」


 勝ちを確信したように優音は笑いを漏らす。

 こ、こんなことで負けてられるか。

 ただ友達に、ジュース貰っただけじゃん。

 何を意識してるんだ、俺!!


「ぐぬぬ……」


 優音が口をつけたペットボトルの先を見つめながら、ごくりと喉を鳴らす。

 覚悟を決めて、あくまで自然な形でその先に口をつける。

 ペットボトルを傾けると、冷たい乳酸菌飲料が流れ込んでくる。


「うまい……」


 その爽やかな味わいに、ポツリと言葉を漏らす。

 すると、優音はつんつんと指先で腕をつついてくる。

 そちらを見ると、指で自分の唇を示しながら口を開く。


「ぼくのカルピス、おいしかった?」


 えっち!!

 俺は努めて冷静な顔をしながら、心の中で叫ぶ。

 口に出してしまえば、社会的に死んでしまうかもしれない。

 ぼくのカルピスってなんだよ!! 意味深すぎるだろ!! えっち!!

 こんなことに反応してしまうなんて、俺もクラスの男子と何も変わらないのかもしれない。


「はぁ、ありがとう……」


 自分の愚かさに呆れながら、ペットボトルを突き返す。

 優音はそれを両手に持つと、じっとその先を見つめた。


「えへへ~、間接キス」


 嬉しそうに目を細め、小首を傾げる。

 それに合わせて揺れる、カールした毛先。

 きゅんっと、胸の中から聞こえた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ