第二章:アオハルの音がする
放課後、鞄を持って立ち上がる。
「それでは操殿、拙者は剣道部の活動があるのでこれで」
「お前って本当にハイスペックだなー」
爽やかな笑顔を浮かべて、教室から出ていくモブ男の背中を見送る。
女子たちの視線が向けられる。やっぱりあいつ、名前負けしてるよな。良い意味で。
「操くん、ぼくが一緒に帰ってあげる!!」
「あ?」
教室から出て行こうとすると、優音が鞄を両手に持って横に並んだ。
鬱陶しくはあるが、家は隣だしお互いに帰宅部なので断る理由はない。
言い方はムカツクし、頷くのは癪だが。
「じゃーなー」
「おう操、またな。リア充爆発しろー」
廊下に出て見知った男子生徒に挨拶をすると、笑顔でそう返してくる。
欲望に忠実だけど、やっぱり気のいい奴らだ。
「まったね~」
「優音きゅぅぅぅん~またねー!!」
ウインクしながら手を振る優音に、男子は頬を緩ませる。
ただの馬鹿なのかもしれない。
呆れながら靴箱に向かうと、鈴蘭先生の姿が見えた。
「あら、操さん、優音くん、また明日ね」
「先生~、また明日!!」
元気よく答える優音に対し、俺は軽く頭を下げる。
周りの男子の視線は、鈴蘭先生の豊満なおっぺーに向けられている。
白シャツ一枚なので、昼になって光が差すと、下着が透けていることも珍しくない。
午後になると、授業中に前屈みになる男子が増える。悲しい現象だ。
「そういえば、二人ってお隣同士なのよね。はぁはぁ」
「はぁはぁ!?」
顔を上気させ、熱い息を吐く先生。
「操さんの家ってエロゲの主人公みたいに、御両親が仕事の関係でいらっしゃらないでしょ」
「エロゲって言う必要あります!?」
この人は、感性がおかしい。
先生は腐女子ではなく、心が完全に中学生男子なのだ。
「操くん、ぼくのこと襲うの? 性的な意味で」
優音は優音で、目を潤ませながら、スカートを両手で抑えている。
ちょっとかわいい、なんて思ってしまう自分に腹が立つ。
「お疲れーっす」
これ以上関わっていても疲れるので、手をひらひらさせて去っていく。
「あ、待ってよ操くーん」
「二人とも気をつけてね~」
一度だけ振り返り、先生に手を上げて応える。
そうしているうちに、優音は隣に並んで歩きだす。
外に出ると、夏の日差しが容赦なく照りつけてくる。
そんな中でも、運動部の連中はサボることなく校庭で練習していた。
「あ、那月……」
見知った顔を見つけ、声が漏れる。
さらさらのストレートロングを揺らし、息を切らせながらトラックを走る女子。
背を伸ばし凛とした姿は、ジャージ姿であっても目を惹かれる。
男子の中でも人気の高い、アイドル的存在。桜谷敷那月。
モブ男と同じくらい格式高い家で育ち、見ての通りの美人だ。
俺にとっては……
「いって……!!」
ふと、手を引っ張られる。
そちらを見ると、頬を膨らませた優音の姿が見えた。
「んだよ?」
「かわいいぼくがいるのに、操くんがエッチな目で女子を見てるからですー」
不満そうに言って、そっぽを向く優音。
小憎たらしいが、この暑さの中関わるのも面倒だ。
校庭を出て、家に続く道を歩く。
てかこいつ、いつもに比べると静かじゃないか?
別にそうされたいわけじゃないが、普段なら人目もはばからず、くっついてくる。
疑問に思いながら、ちらりと隣を歩く優音に視線を向ける。
「くんくん……」
優音は手の甲の匂いを嗅いでいた。
「体育の後だけど、変な匂い……しないよね?」
聞こえていないと思っているのか、そう小声でつぶやく姿に、胸が高鳴る。
「きゅんっ」
そんな音がした。いや、口から漏れた。
なんだこいつ。普段はあんなに気にせず体を押し付けてくるくせに、汗の匂いとか気にするのかよ。女子かよ。
「う、うん。大丈夫。えいっ!!」
そして、問題ないと判断すると、いつものように腕を絡めてくる。
汗どころか、石鹸みたいな匂いがふわりと鼻孔をくすぐった。
「暑いだろ!! くっつくなって!!」
「いいじゃーん、ちょっとくらい。操くんの腕の柔らかさ、好きなんだもん」
向けられる怨嗟の念と、微笑ましい視線。
こいつは、俺をからかって何が楽しいんだろう。
いやまぁ、他の男子ならでれでれするだけだから、俺を狙うんだろうけど……。
このメス……オスガキ野郎が。
「ねぇねぇ、飲み物買おうよ」
取り繕っていると、優音が道の端の自動販売機を指さす。
「これにしよっと!! 操くんは買わないの?」
「あー、俺はいいや」
確かに外は茹だるような暑さだが、家はすぐそこだ。
それに先生が言った通り、俺はエロゲの主人公よろしく両親が海外出張でいない。
困っているわけではないが、できれば節約したい。
家事をしているとはいえ、学費と生活費を出してもらってるからな。
「冷たくておいしい!! カルピスさいこー」
ペットボトルに口をつけてから、嬉しそうに叫ぶ優音。
家は隣同士だし、こいつにも何気に世話になっている。
「操くんも飲む?」
「おー、ありがとう」
優音が差し出したペットボトルを受け取る。
手に伝わる冷たさが心地いい。
「ん……?」
それを口に含もうとして、優音の視線に気づく。
何かを期待している、小悪魔のような表情。
ははーん、俺が間接キスで動揺するのを期待している顔だな。
残念だがそんなことは気にしない。
モブ男は育ちがいいから気にするが、俺は人が箸をつけたものでも食べられる。
余裕の笑みを浮かべて、優音の顔を見る。
小さくぷるっとしたピンク色の唇が目に入った。
そうか、あの口元がこの先に、ほぅ……。
なぜだか、胸がどきどきと音を立て始める。
「ふふ……」
勝ちを確信したように優音は笑いを漏らす。
こ、こんなことで負けてられるか。
ただ友達に、ジュース貰っただけじゃん。
何を意識してるんだ、俺!!
「ぐぬぬ……」
優音が口をつけたペットボトルの先を見つめながら、ごくりと喉を鳴らす。
覚悟を決めて、あくまで自然な形でその先に口をつける。
ペットボトルを傾けると、冷たい乳酸菌飲料が流れ込んでくる。
「うまい……」
その爽やかな味わいに、ポツリと言葉を漏らす。
すると、優音はつんつんと指先で腕をつついてくる。
そちらを見ると、指で自分の唇を示しながら口を開く。
「ぼくのカルピス、おいしかった?」
えっち!!
俺は努めて冷静な顔をしながら、心の中で叫ぶ。
口に出してしまえば、社会的に死んでしまうかもしれない。
ぼくのカルピスってなんだよ!! 意味深すぎるだろ!! えっち!!
こんなことに反応してしまうなんて、俺もクラスの男子と何も変わらないのかもしれない。
「はぁ、ありがとう……」
自分の愚かさに呆れながら、ペットボトルを突き返す。
優音はそれを両手に持つと、じっとその先を見つめた。
「えへへ~、間接キス」
嬉しそうに目を細め、小首を傾げる。
それに合わせて揺れる、カールした毛先。
きゅんっと、胸の中から聞こえた気がした。




