第十一章:友達?
【Side:忍野操】
朝になり、家から出て門を閉める。
「……」
立ち止まって、ちらりと隣の家に視線を向けた。
いつもタイミングを計ったように出てくる優音の姿はない。
そのまま数秒立ち止まるが、舌打ちして歩き出す。
何人かの生徒は、こちらをちらりと窺っていた。
朝のちょっとしたイベントを、期待していたのかもしれない。
「たくっ……」
おめでたいやつらの視線など気にせず、一言だけ毒づいて道を歩く。
夏休みが近づいているのに、今日は不思議と涼しい。
足元を見ながら考える。
俺は、昔からよく男と間違えられていた。
背は女子の中では高いし、好んで短髪にしていた。
動きやすい格好が好きなので、常にズボンだ。
同級生の男子と、
「え? お前女だったの?(トゥンク」
という、漫画で見たようなイベントが起こることが何度かあった。
俺は、心が男というわけではないはずだ。ただのさばさばした女。
だが、優音を見てその自認はあやしくなった。
男ではあるが、見掛けが完全に女であるあいつを、かわいいと思った。
認めきれていないが、それは事実だ。
「あー……」
いつも優音が絡みついてくる左腕がむず痒くなり、右手でぎゅっと抑える。
優音と初めて出会った時は、こんな気持ちにはならなかった。
ドジで、見ているとほっとけなくはあったが、友達でしかなかった。
だけど、目が隠れるほど野暮ったい髪を切ってから、みんなの印象は変わる。
くりっとした丸い目に、透き通った白い肌。髪もよく見ると艶があって、ピンク色の唇が眩しかった。
「かわいい……」
と、つい口から漏れる。
それ以来、あいつは見掛けに気を遣うようになり、制服も女子用のものに変わった。
そして、なぜだか急に叡智な漫画のキャラのような振る舞いをしてくる。
「まじで意味が分かんねぇ……」
と、ぼやいてみるが、その理由はどうやら俺にあったらしい。
優音は俺のことがす……好きで、振り向いてもらおうと思っていたようだ。
泣きながらそれを訴える姿を思い出すと、胸が締め付けられる。
「あいつなりに、本気だったんだよな……」
ため息を吐きながら、一人ごちる。
引っ込み思案なあいつが、あんなに目立つ行動をするのは勇気がいっただろう。
あの時泣いている姿こそが、あいつの素だ。
だからこそ俺は、ちゃんと向き合おうと、女であることを告げた。
別に隠しているわけではないが、説明が面倒だから男のふりをしているというのはある。
女子用とは言え、スラックスを履いていたら奇異の目で見られるだろうし、俺なりの配慮だ。
「けど、あいつには迷惑かけちまったかな……」
優音の心の自認は分からないが、ショックではあっただろう。
あの後、三人で帰宅したが、優音はほとんど喋っていなかった。
脇で小突きながらウザ絡みしてくる那月のせいで、声も掛けられていない。
「助けてくれてありがとう」と頭を下げて、しゅんとしていた優音。
「くそ……」
なんだかもやもやする。
「大事なものは、なくなりそうになってから気付くものですなぁ」
頭を掻いていると、突然現れたモブ男が、横に並んでそんなことを言う。
「びっくりした……。なんだよ突然……」
頷きながら、達観した表情を浮かべるモブ男。
「はてさて、どういう意味でしょうな。では、拙者はこれにて」
もの知り顔で、笑って去っていく。
幾年も歳を重ねてきたような落ち着き具合に、人生二周目なんじゃないかと疑ってしまう。
あいつなりのエールなのだろうが、ちょっと怖い。
「本当に大切なものか……」
あいつは、ただのダチじゃねぇ。マブだ。
まだ数ヶ月の付き合いだけど、一人暮らしの俺をよく助けてくれる。
なのに、俺は……
「あいつの告白に、何も答えてねぇ……」
結局そこはうやむやなままで、だからこそもやもやしている。
それは、真摯に向き合ってくれたあいつに、不義理だ。
俺は、優音を……どう思っているんだろう。
学校が近づくにつれ、周りを歩く生徒は増えていく。
優音はいないのに、なぜか女子はちらちらとこちらを見てくる。
あいつはもう『男の娘』であることを、辞めるんだろうか。
それはなんだか、寂しいというか……
そう思った刹那――
「操くん」
ぽつりと、名前を呼ばれた。
はっとし、立ち止まる。
いつものような明るいものではなく、落ち着いた声。
ゆっくりと振り返る。
「優音……」
そこに立っていたのは……
「お、おはよう……」
鞄を身体の前で両手に持ち、ぺこりと頭を下げる、女子の制服を着た優音。
髪の毛はしっかりとセットされ、艶のある髪の毛先は、ふわりとワンカールしている。
その姿に、なぜだかホッとした。
「お、おう。おはよう……」
挨拶を返して、歩く人の邪魔にならないよう、道の端に寄る。
そして、居たたまれなさそうに目を逸らす優音を、しっかりと見据えた。
「その格好、辞めなかったんだな」
「う、うん。気に入ってるし、お母さんも喜んでくれてるから……」
「そ、そうか……」
話の切っ掛けになればと思ったが、優音はもじもじし、俺も言葉を濁す。
昨日のことを考えると、気まずい……。
ただ……その姿を見て、安心したのは間違いない。
「う、うぅ……」
普段とは違う、恥ずかしそうな姿が、新鮮だ。
思わず、見惚れる。
首を振って、声を掛けようと口を開けた時……
「あ、あのね。操くん……」
優音はチラッと、上目遣いにこちらを見てくる。
出かかった言葉が、引っ込んだ。
「ぼく、その……」
しおらしく半歩だけ前に出る姿に、ドキッとする。
優音はそのままギュッと目を閉じ、深く息を吐く。
胸に手を当て、目を開けて……
「やっぱり、操くん……ううん、操ちゃんのことが……」
また控えめに半歩踏み出す。
「好き……」
そして、意を決したように、でも静かに……そう言った。
向けられる、潤んだ目。
胸の中で、心臓が強く脈打つ――
「優音、お前……」
こいつは、本当に凄い。
昨日はあんなに打ちひしがれていたのに、それでも……自分を貫けるなんて。
俺が逆の立場なら、笑ってごまかしていたかもしれない。
どうしてこんなに、強いんだろう。
「あれ……?」
なんだか、いつもと違う胸の高鳴りを感じる。
可愛さに対してではなく、もっと別の……
相手の強さに感じた気持ち。
かっこいい――
目の前の小柄な男の子に、そんな思いを抱いていた。
「あ、でも……僕は操ちゃんのことをもっと知りたいから……」
言いながら、優音はこちらに手を差し出す。
「友達から、お願いします」
そして、ほんのりと赤く染まる頬。
なんだかんだで、やっぱりかわいい。
おかげで自分の中の認識が、更にぐちゃぐちゃになる。
「ちっ……」
居たたまれなさに舌打ちして、そっぽを向く。
なんでこいつはこんなに、俺の心をかき乱すのだろう。
男の娘ってのは、本当によく分からん存在だ。
でも……
「お前のことは、嫌いじゃない」
「え?」
手を伸ばす優音の目を見据えて、そう答える。
それから、その小さな手をしっかりと握る。
「それに、マブなのはずっと変わらねぇだろ」
「あ……」
握った手の平が、熱い――
「それ以上のことは、まだ分からん。だからその……」
視線を右往左往させて……
「友達からで……いいですか?」
焦りすぎて、質問を質問で返してしまう。
我ながら、情けないとは思うけど、一応女として生きてきて、こんな経験は初めてだ。
だから、これでも精一杯のお返事。
「うん。お願いします!!」
そんな言葉に、優音は目を細め、満面の笑みで頷いた。
「お、おう……」
その顔がかわいすぎて、視線が吸い寄せられる。
俺は今、優音に対して……どういう気持ちでどきどきしてるんだろう。
本当にこいつは……厄介だ。
だけど、やっぱり……嫌いじゃない。
そんなことを考えた時……
群衆が湧いた――
道行く生徒たちが俺たちを囲むように立ち止まっていて、みんな拍手をしている。
女子たちは口々に「おめでとう」と言いながら、馬鹿な男子たちは「羨ましいぞ死ねー」と言いながら、それでもなぜか拍手をしている。
「……」
「……」
俺と優音は、お互いに顔を見合わせる。
「わぁあああああ!? 登校中っていうのすっかり忘れてたぁああああああ!!」
と叫んだのは、ほぼ同時だった。




