最終章:あべこべな恋
「逃げるぞ!!」
「う、うん……!!」
優音の手を掴んでその場から駆け出す。
背中に向けられる、たくさんの激励と拍手。
校庭を走る俺たちを、何も知らない生徒たちは不思議そうな顔で見ている。
顔を真っ赤にしながら、とにかく人が少ない場所を目指して走る。
「やらかした……」
あんな大勢の前で、告白まがいのことを……。
「友達から」って言っただけだが……。
それってやっぱり、お付き合い前提ってことになるのか!?
「はぁはぁ……ここまで来れば……」
並木道を通り抜けて、校舎裏にやってくる。
優音の手を放して、お互いに立ち止まり、膝に手をついて深く息を吸う。
「大丈夫か……?」
肩で大きく息をしている優音に、声を掛ける。
「み、操ちゃん……なんでこんな人気のない所に……? も、もしかしてそういう……どきどき」
「あほかー!!」
この状況でなんでそんな想像ができるんだよ……。
「校舎裏に連れてきてどうするつもりなのー? こわーい!! って挑発した方がいい? み、操ちゃんが望むなら……」
「人の話を聞いてもらってよかですか」
冷静に九州弁がでてしまう。
体をよじる優音を見て、ため息を吐く。
「なぁ、そもそもなんでそんなキャラ始めたんだ?」
男の娘になったのは、俺を好きだからで納得できる。
でも、メスガキムーブする必要はない。
「そ、それは……」
口元に右手を当てて、恥ずかしそうに視線を逸らす。
ギュッと目を閉じて、優音は意を決したように口を開く。
「操ちゃんの部屋に行った時に、机の中に……え、えっちな漫画を見つけて!!」
「はぁ?」
「それで、こういう女の子が好きなのかなーって思って、真似を……」
もごもごと、言葉尻を濁す。
「お前なー……」
単純な理由に、呆れる。
好きな人のために、理想の女を演じるっていうのは、かわいくも思えるが……。
俺はあの演技に、翻弄させられ続けてきた。
意識していた自分が、馬鹿らしく思えてくる。
「す、好きだから……ああいう叡智な本を、読んでるんだよね?」
ちらちらと、向けられる上目遣い。
「操ちゃんが望むなら……シたいようにシてくれても……」
そう言って、恥ずかしそうに両手で顔を隠す。
俺はげんなりとする。
「優音、誤解があるようだが……」
説明しようとすると、突然背後に気配を覚える。
「あれは、私のコレクションですわー!!」
驚いて振り返ると、那月が目をキラキラさせながら叫んでいた。
「なんでお前がここに……」
「陸上部の朝練帰りです」
次の時間が体育だからか、ジャージ姿のままの那月は、なぜか得意そうに胸を張る。
「さ、桜屋敷さん……私のコレクションって、どういうことですか?」
突然現れた那月に驚いた優音は、おずおずと質問する。
「言葉通りです。あれは私がみさに貸したものですわ。是非読んで欲しくて」
「えええええええええええ!?」
背を伸ばして凛とした声で言う那月に、優音は驚愕の声を上げる。
「私はエロコメジャンルが大好きで、いろんな作品を収集しておりますの!!」
「大声で言うの、やめてもらってよかですか」
近くを通った生徒がびくりと身を震わせるのを見て、真顔の九州弁で突っ込む。
一見すれば真面目で堅苦しそうな那月だが、欲望には忠実だ。
たまに家に来ると、お気に入りの作品をおしつけてくる。
義理で読んではいるが、俺はバトル漫画の方が好きだ。
「じゃ、じゃあ……あの本は操ちゃんの趣味じゃなくて……」
「はい、私の趣味です」
いつの間にか眼鏡をかけた那月が、中指と人差し指でクイッとする。
「み、未成年がああいう本を集めていいんですか!?」
「あれは雑誌で連載している漫画で、十八禁ではないですわよ?」
「あんなにエッチなのに!?」
「それがエロコメのいいところですの!! 規制ぎりぎりのところで魅せるエロ!! とってもヌけますわよね」
「女の子がヌけるとかいうの、やめてもらってよかですか」
那月が変な発言をする度に、真顔になる。
「うぅ……ぼくのばかぁ……」
その隣で、優音は顔を赤くしながら目を回していた。
結局、全て空回りだったんだな……。
そのおかげで優音は自分の殻を破れたわけだし、結果オーライなんだろうか。
それに……
「な、なに……? 操ちゃん」
「あ、ああ……いや……」
こちらを控えめに見上げる優音。
そのぱっちりとした目に、引き込まれそうになる。
しおらしくしている姿を見ると、いつも以上にかわいいと思ってしまう。
男なのに、見た目は女にしか見えないし、本当にもやもやする。
「ちっ……」
舌打ちして目を逸らすが、胸のドキドキは止まらない。
まぁでも……
その気持ちはやっぱり本物で、それ自体をごまかそうとは思わない。
男みたいな俺と、女みたいな優音。
あべこべに見えて、意外と良い組合せなのかもしれない。
そう考え、ふっと口元を緩める。
「あ……ぅ……操ちゃんの笑顔……」
何を思ったのか、優音はこちらを見て目を輝かせていた。
「ところで、二人は付き合ってますの?」
「え!?」
やっと場が落ち着こうとしているのに、那月がとんでもない茶々を入れてくる。
「ばっ……何言ってんだよ!! お、俺たちはまだ……」
「そ、そう……ぼくたちは友達から始めただけで……」
俺はどぎまぎしながら、優音はこちらをちらちらと見ながら、お互いに声を裏返らせる。
意識させるんじゃねぇよ!!
顔にはあまり出ないけど、こういうの苦手なんだよ!!
悪戯っぽい表情を浮かべる那月を、睨みつける。
こいつは、何がしたいんだ……。
「だったら……」
何かを思いついたように、那月は胸の前で手を叩く。
そして――
「水面さん!! 私と付き合いませんこと!?」
顔を赤くしながら、優音に向かって叫ぶ。
「え」
「え」
俺と優音は同時に同じ声を漏らした。
抑揚のない、疑問の声。
「水面さん……いや、優音きゅんって、私が一番ヌいたヒロインにそっくりなんですもの!!」
那月は、はぁはぁと息を荒らげ、恍惚の表情を浮かべる。
静かになった校舎裏に、涼しい風が吹く。
俺と優音はお互いに顔を見合わせ……
「ええええええええええ!?」
と、同時に叫んだ。
「いや!! まてまてまて!! なんでそうなる!?」
「私は優音きゅんを初めて見た時から、愛してますわ。何度もおかずにしてます」
「こわい!!」
顔を上気させながら近づいてくる那月を見て、優音は俺の背中に隠れる。
「た、助けて!! 操ちゃん!!」
「あ、ああ……俺も怖いけど、なんとかする……」
よだれを垂らしながら近づいてくる那月から、身を挺して優音を護る。
俺の周りの人間、倫理観どうなってんだよ……。
「はぁ、やっと娑婆に出てこられました~」
「鈴蘭先生……?」
押し問答を繰り広げていると、気落ちした先生が近くを通り過ぎていく。
「あら、操さん優音くん。那月さんも。今留置所から戻ってきたところです」
「捕まってたの!?」
先生の言葉を聞いて、優音が驚愕の声を上げる。
捕まってたって、どういうことだ……?
「操と優音きゅんを見つけたぞ!!」
それと同時、遠くから声が聞こえる。
目を向けると、大勢の生徒がこちらに走ってくるのが見える。
さっきまで俺たちを囃し立てていた連中だ。
「こ、こんな人気のないところに連れ込んで……大胆!!」
「くそ、なんで操ばっかり!!」
「あんた、気付いてないみたいだけど、操くんは女の子だよ?」
「え///(トゥンク」
静かだった校舎裏が、また騒がしくなる。
「優音きゅん、私の疼きを鎮めてほしいですわ~」
「は!? エッチな匂いがする。先生も混ぜてもらっても?」
大勢の生徒が押し寄せ、鈴蘭先生も加わって、もう何が何だか分からない。
これ以上、迫りくる那月を抑え込めそうにない……。
俺は振り返り……
「優音!!」
「ひゃいっ!!」
「逃げるぞ!!」
叫んで、再び優音の手を取って走る。
朝早くから、本日二度目の逃走劇……。
「今日も日本は平和ですな~」
その途中で、モブ男が何事もないように校舎に入っていくのが見えた。
目が合うと、無言で屋上を指さされる。
助かる!!
校舎に入り、屋上を目指して走って行く。
握った優音の手は柔らかく、温かい。
「操ちゃん……!!」
階段を登っていると、優音は手を繋いだまま隣に並んだ。
「なんだか大変なことになって、ごめん……」
「いや、別にいいけど……」
頭が回らず、周りが見えていなかった俺も悪い。
那月のことは、予想外過ぎるし……。
「ふふ……」
うんざりとした表情を浮かべていると、優音は突然笑う。
「なんだよ?」
「ちょっとだけ、楽しくて」
そして、そう言って目を細めて笑った。
口のはしから覗く、白い八重歯が眩しい。
「……」
きゅんと、胸の奥で小さく音がした気がして、口を噤む。
そうしているうちに、屋上にたどり着いた。
いつもは施錠されているはずの扉は、ドアノブをひねると簡単に開く。
もしかしたら、モブ男が開けておいてくれたのかもしれない。
二人で屋上に出て、扉を閉める。
ここにいるとは思わないだろうから、しばらくは安心だ。
夏の日差しが顔を照らし、目を細める。
風が吹いているおかげで、屋上はそこまで暑くはない。
「わぁ……」
どこまでも広がる空を見上げて、優音は感嘆の声を上げる。
そんな横顔を、俺はじっと見つめていた。
胸に感じるもやもや。
那月が優音を好きと言った時、チクリと胸を指す思いがあった。
「俺は……」
なんだかんだで、こいつに惹かれているのだろうか。
そう考えてから、すぐに首を振る。
そんなの、分かり切ってるよな。
何もなければ、焦ったりなんかしない。
好きとか嫌いとか、まだよく分からないけど……
受け入れてしまえば、案外すっきりするんじゃないだろうか。
そう考え、一歩前に踏み出す。
「綺麗だな」
優音の隣に並んで、空を見上げる。
「うん。とっても綺麗……」
言いながら、優音は空ではなく俺の顔を見つめていた。
「ねぇ、操ちゃん……」
優音が一歩こちらに近づく。
その小さな肩が触れて、ドキリとする。
「ちょっとだけ、お願いがあるんだけど……」
口元をかきながら、言い難そうにしている。
優音には世話になっている。
美味しいご飯を作ってくれるし、両親が家に居ない寂しさも、こいつが忘れさせてくれた。今では一人暮らしが快適に思えるくらいだ。
「なんだ、言ってみろよ」
ふっと口元を緩める。
優音は目を大きく見開いてから、胸に手を当てる。
「ちょっとだけ、屈んで……目をつぶってくれる?」
消え入りそうなくらい不安そうな声で、懇願される。
「別にいいけど……」
その意図は分からないが、俺は言われた通りに少しだけ体勢を落とし、目をつぶる。
頭に感じる、照りつける日の光。
屋上に吹く風は頬を撫で、程よく熱を奪っていく。
視界が暗闇に包まれる中で、近くに居る優音の気配だけが感じられた。
おずおずと、遠慮がちに半歩。
そしてまた半歩……ゆっくりとこちらに近づく。
そして――
「ん……」
柔らかい感触を覚える。
「……!?」
驚き、目を開けると……
目を細めて、少しだけ唇を突き出した優音の顔。
「お、お前……」
息が触れるほど近くにある優音の顔が、ぱっと笑顔になる。
「好き。操ちゃん。でも、ぼくたちは友達だから……」
そう言いながら、そのピンク色の唇を指さし……
「おでこに……ね?」
小さく首を傾げる。
額に触れたのは、その唇――
急に、身体が熱くなる。
こいつは本当に……なんなんだよ。
「どうしてこっち見ないの?」
「う、うるせー!!」
顔を覗き込んでくる優音にそっぽを向く。
胸の奥では、かつてないほど心臓が音を立てていた。
俺たちのアオハルは、これから二年半……
いやもしかしたら、それ以上に続いていく。
面倒で騒がしくて、どうしようもなくて。
それでも――
こいつとなら、悪くない。
Fin




