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不可思議事件録1 〜被害者の妻に憑依した男の贖罪と、都市を書き換える少年の『青き龍の設計図』〜  作者: たくみふじ
終 章 生まれ変わる街と次なる闘い

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巫女の祭典と新たなる予感 ㈠

青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!

 工藤ハルの野望が打ち砕かれ、河崎の街が本来の温かい循環を取り戻してから、しばらくの時が過ぎた。

 高く澄み渡った秋晴れの空の下、威風堂々たる(たたず)まいを見せる「河崎武道館」の周辺は、全国各地から集まった神職、氏子、そして見物人たちの熱気でむせ返るような(にぎ)わいを見せていた。

 本日、この場所で開催されるのは、数年に一度の神事――『巫女の全国大会』である。

 大会は年齢や習熟度によって四つの階級に分けられていた。

 十二歳未満の少女たちが技を競う「御神子みかんこ組」、十八歳未満の「舞姫まいひめ組」、三十歳未満の「神子みこ組」、そして三十歳以上の熟練者が集う「上級巫女組」である。

 各組には、全国の由緒ある神社から推薦された精鋭二十名が出場し、巫女として必要な四要素とされる「占い・神遊かぐら寄絃よつら口寄くちよせ」の力を競い合う。


「おーほっほっほっ! 全国大会と言っても、集まっているのはどなたも可愛らしいヒヨコばかりですわね。河崎神社の威信を背負うわたくしの敵ではありませんわ!」


 武道館の控え室へと続く廊下で、一際よく通る自信に満ちた声が響いた。

 真っ白な小袖に、燃えるような緋袴ひばかまを身に(まと)った十一歳の少女、門前竜子である。いつもの赤いランドセルこそ背負っていないものの、その手には彼女の象徴とも言える「赤い扇子」がしっかりと握られていた。


「竜子様、あまり大声を出されますと品位を疑われますよ。他所の神社の皆様も、それぞれ厳しい修練を積んでこの場に(のぞ)んでおられるのですから」


 竜子の一歩後ろを歩く稲葉宗介が、苦笑混じりにたしなめた。

 神職の正装である純白の狩衣かりぎぬに身を包んだ二十一歳の宗介は、まるで高貴なお嬢様に仕える執事のように、竜子の足運びや袴の裾の乱れに細心の注意を払っていた。


「宗介は心配性ですのね。わたくしたちは、あの地下の死闘を生き抜いたのですわよ? あの時の『紅蓮の舞』に比べれば、武道館の舞台など、お茶会のようなものですわ」


 竜子が扇子で口元を隠しながらフフッと笑うと、宗介の切れ長の目も優しく細められた。

 地下空間での凄絶な戦い。工藤一族が街から搾取したエネルギーで創り出した強化人間・零を前に、竜子は自らの命を削る舞を踊った。そして、工藤ハルの口から、自らが宗介の母・冴の命を犠牲にして造り出された「赤龍の器」であるという残酷な出生の秘密を突きつけられた。

 普通であれば、精神が完全に崩壊していてもおかしくない事実だ。

 しかし、良亮の真っ直ぐな言葉と、宗介の変わらぬ献身によって、竜子はその呪われた因果を乗り越えた。自分がどのように造られたかは関係ない。今、この心に宿る誇りこそが「門前竜子」という人間を形作っているのだと、彼女は完全な自己を確立したのである。


「ええ。竜子様のその気高さと強さ……母もきっと、誇りに思ってくれているはずです」


 宗介が静かに告げると、竜子は一瞬だけ足を止め、宗介を振り返って真剣な瞳で見つめ返した。


「宗介。わたくしを今日まで育ててくれたこと、本当に感謝しておりますわ。わたくしは、あなたのお母様……冴様のような、清らかで強い本物の巫女になってみせます。それが、わたくしに命を与えてくれた方への、一番の恩返しになるはずですから」


「竜子様……」


 二人の間に、言葉以上の深い信頼と絆が通い合った。

 血の繋がりや作られた運命を超えた、絶対的な主従であり、家族。その揺るぎない精神の安定が、今日の竜子のまとう霊力を、かつてないほどに澄み切ったものにしていた。


「さあ、御神子組の第一回戦が始まりますわよ。わたくしの完璧な舞、特等席で見届けてなさいな!」


「はい。いってらっしゃいませ、竜子様」


 宗介に深く一礼され、竜子は堂々とした足取りで武道館の広大なメインアリーナへと足を踏み入れた。


 会場の中央には、特設の巨大な神楽殿が組まれており、周囲をぐるりと囲む観客席には数千人の観衆が詰めかけていた。

 御神子組の第一回戦の演目は『神遊かぐら舞』である。

 二十名の少女たちが神楽殿に一斉に上がり、雅楽の生演奏に合わせて一斉に舞を披露する。審査員たちは、その所作の美しさだけでなく、空間を満たす「霊的な波長」や「神気」を読み取り、次の第二回戦へと進む六名を選出するのだ。


 しょう篳篥ひちりきの幽玄な音色が、静まり返ったアリーナに響き渡る。

 それを合図に、二十名の少女たちが一斉に舞い始めた。

 右手に鈴、左手に扇を持ち、神に祈りを捧げるための優雅なステップを踏む。十二歳未満の少女たちとはいえ、全国から選ばれた代表だけあって、その動きはどれも美しく洗練されていた。

 だが、その中でも門前竜子の舞は、明らかに次元が異なっていた。

(……なんと。あの少女が放つ気は……まるで龍が天に昇るような、凄まじい神気だ……)

 審査員席に座る高位の神職たちが、竜子の動きに釘付けになって息を呑んだ。

 地下の戦いで見せた「紅蓮の舞」が、すべてを焼き尽くす荒々しい業火であったとすれば、今の彼女の舞は、淀んだ空気を一掃し、人々の心に春の陽だまりのような温かさをもたらす「浄化の風」であった。

 シャンッ、シャンッ……。

 竜子が鈴を鳴らし、赤い扇子を(ひるがえ)すたびに、武道館を満たしていた数千人の観衆の緊張がほぐれ、不思議な安らぎの溜め息が漏れる。それは、彼女の内に眠る「赤い龍」の力が、工藤の呪縛から解放され、本来の神聖なる力を完全に取り戻した証拠だった。

 宗介は、舞台袖からその完璧な舞を見つめながら、静かに涙を拭った。

 母が遺した伝承録をもとに、二人三脚で厳しい修練を積んできた日々。その集大成が、今この大舞台で見事に花開いている。

 やがて、十数分に及ぶ神遊の舞が終わり、雅楽の音が静かに鳴り止んだ。

 会場は一瞬の静寂に包まれた後、割れんばかりの万雷(ばんらい)の拍手に包まれた。誰もが、赤い扇子を手にして凛と立つ一人の少女の姿に、神々しいまでの美しさを見たのだ。


『これより、第一回戦の審査結果を発表いたします』


 厳かなアナウンスが流れ、電光掲示板に通過者の名前が次々と表示されていく。


『――河崎神社、門前竜子』


 六名の中に、竜子の名前が堂々と刻まれていた。

 竜子は表情を崩すことなく、審査員席に向けて深く優雅にお辞儀をすると、静かに舞台から降りた。


「お見事でございました、竜子様。第一回戦、見事な突破です」


「当然ですわ。わたくしを誰だと心得るのですの?」


 舞台袖に戻ってきた竜子は、宗介に向かって得意げに胸を張った。

 しかし、ここまでは想定内の出来事である。

 問題は、選ばれた六名で競われる第二回戦の演目だ。

 御神子組(十二歳未満)の出場者にとって、最大の鬼門であり、過去の大会でもこの第二回戦でほとんどの者が脱落してきたという、過酷な神事。


「次は……『口寄くちよせ』ですわね」


 竜子の声が、少しだけ真剣なトーンに変わった。

 神仙や死霊の言葉を自らの肉体を霊媒として語らせるという、高度な精神力と危険を伴う儀式。第一回戦の華やかな神楽舞とは打って変わり、次なる試練は、彼女たち幼き巫女の魂の深淵を試す、恐るべき闘いとなるはずであった。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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