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不可思議事件録1 〜被害者の妻に憑依した男の贖罪と、都市を書き換える少年の『青き龍の設計図』〜  作者: たくみふじ
終 章 生まれ変わる街と次なる闘い

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巫女の祭典と新たなる予感 ㈡

青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!

 第一回戦の華やかな余韻が冷めやらぬまま、武道館のメインアリーナは、次第に張り詰めたような重い静寂へと包まれていった。

 御神子組の第二回戦の演目は『口寄くちよせ』。神仙や死霊の言葉を、自らの肉体を霊媒(れいばい)としてこの世に語らせるという、極めて高度で危険を伴う神事である。


「竜子様。間もなく第二回戦の呼び出しが始まりますが……」


 舞台袖の控え室で、宗介が静かに問いかけた。


「……ええ。わかっておりますわ、宗介」


 竜子は、手にしていた赤い扇子をパチンと閉じ、目を伏せた。

 母の命を喰らって産み落とされた「赤龍の器」としての因果を乗り越え、彼女の霊力は今、かつてないほどに澄み切っている。しかし、だからこそ竜子自身が一番よく理解していた。

 神や霊を自らの肉体に降ろす『神降し』や『口寄』の技術は、未だ修練の途上にある。中途半端な状態で他者の霊をその身に宿せば、彼女の内に眠る巨大な赤龍の力が暴走し、己の精神はおろか、この会場にいる無関係な人々にまで危害を及ぼしかねない。


「わたくしは、この第二回戦を棄権いたしますわ」


 竜子は凛とした声で宣言した。そこには、逃げや諦めの色は微塵もなかった。


「自らの身の丈と霊力の限界を知り、霊的な危険を未然に防ぐ。それもまた、正しい巫女としての努めですもの。それに……わたくしの『神降し』が完成したあかつきには、こんな舞台ではなく、河崎の街を脅かす真の邪悪に対して、その力を振るわなければなりませんからね」


「……はい。賢明なご判断かと存じます。竜子様は、もう立派な神職です」


 宗介は深く頭を下げ、竜子の決断を心から誇らしく受け入れた。

 大会本部へ棄権の申し入れを済ませた二人は、一般の観戦席へと移動し、残る五名の少女たちの闘いを見守ることにした。


 やはりと言うべきか、十二歳未満の少女たちにとって、口寄の儀式はあまりにも過酷だった。

 神楽殿に上がった出場者たちは、目を閉じ、必死に霊的な波長を合わせようとするものの、ほとんどが微かな霊の残滓(ざんし)に触れただけで恐怖に耐えきれず泣き出したり、精神的な重圧に押し潰されて気絶したりしてしまった。


「御神子組で口寄まで到達するのは、やはり至難の業ですわね……」


 竜子が観戦席からため息をついた、その時だった。


『――次。工藤くどう ゆみ


 場内アナウンスが、その名前を読み上げた瞬間。

 竜子と宗介は、弾かれたように顔を見合わせた。


「工藤……!」


「まさか、あの工藤一族の……!?」


 二人の視線の先、静まり返った神楽殿へと、一人の少女がゆっくりと歩みを進めてきた。

 年齢は、竜子たちと同じ十一歳頃だろうか。漆黒の長い髪を真っ直ぐに下ろし、純白の装束に身を包んだその姿は、一見するとどこにでもいる可憐な少女だった。

 しかし、彼女が舞台の中央に立った瞬間。


「……ッ!?」


 竜子は思わず息を呑み、赤い扇子を持つ手を強く握りしめた。

 肌を刺すような、ゾクゾクとする圧倒的な威圧感が、神楽殿を中心にアリーナ全体へと波紋のように広がったのだ。武道館の空気が急激に冷え込み、観客席のあちこちから理由のない悪寒に身を震わせるざわめきが起こる。

 竜子の背筋を、冷たい汗が伝った。

 彼女の内に眠る赤龍が、かつてないほどの強烈な「同質の闇」を感知して、警鐘(けいしょう)を鳴らしているのだ。

(なんという……淀みなく、深く、そして研ぎ澄まされた冷たい霊力……!)

 舞台上の少女――工藤弓。

 彼女こそ、狂気のストーカー殺人鬼となった工藤梓と、その被害者である岩瀬友之との間に密かに生を受け、黒き巫女・多喜の手によって赤ん坊の頃から『闇の巫女』としての英才教育を(ほどこ)されてきた、工藤一族の最高傑作であった。

 友之の悲劇的な死と、梓の狂気。二人の血を引く彼女の瞳には、十一歳という年齢には到底そぐわない、底知れぬ虚無と絶対的な冷酷さが宿っていた。

 弓は、舞台の中央でゆっくりと目を閉じた。

 その瞬間、会場の照明が微かに明滅し、神楽殿の周囲に、肉眼でもはっきりと視認できるほど濃密な紫色の「気」が渦を巻き始めた。


「……口寄だけではありませんわ」


 竜子が、戦慄(せんりつ)の声で呟いた。


「あの娘……口寄のさらに先、魔除けの呪術である『寄絃よつら』……梓弓あずさゆみの秘術にまで、すでに片足を突っ込んでおりますのよ……!」


 霊媒として霊を呼び寄せるだけでなく、その霊を完全に支配し、自らの呪力(じゅりょく)として従える圧倒的な術式。多喜の教えを完璧に吸収した弓は、間違いなく次世代の工藤一族を背負って立つ、最大の脅威であった。

 やがて、完璧な儀式を終えた弓がゆっくりと目を開けた。

 圧倒的な力の差を見せつけられた審査員たちは、もはや採点することすら忘れ、ただ呆然と舞台上の少女を見つめることしかできなかった。

 静かに舞台を降りようとした弓が、ふと、観戦席の方へと視線を向けた。

 数千人の観衆がいる中、彼女の虚無の瞳は、まるで磁石に引き寄せられるかのように、一直線に竜子の姿を捉えた。


「……!」


 遠く離れた観戦席と舞台。

 言葉を交わすことも、直接接触することもない。しかし、二人の視線が交錯したその一瞬、竜子には確かに聞こえたような気がした。

 弓の内に渦巻く、この世界すべてを呪い、支配しようとする冷たく暗い深淵の響きが。

 弓は無表情のまま、ふいと視線を外し、舞台袖の暗がりへと消えていった。

 彼女の背中が見えなくなった後も、竜子の胸の鼓動はしばらくの間、激しく鳴り止まなかった。


「……竜子様」


 宗介が、心配そうに竜子の肩にそっと手を置いた。


「ええ……大丈夫ですわ、宗介」


 竜子は深呼吸をして、握りしめていた赤い扇子をゆっくりと開いた。

 工藤ハルを退け、河崎の街に循環を取り戻したことで、すべてが終わったわけではなかったのだ。工藤一族の闇は、あの少女という新たな器を得て、より深く、より冷酷にこの国の裏側で研ぎ澄まされている。


「おーほっほっほっ! 望むところですわ!」


 竜子は、武道館の天井を見上げ、いつもの力強い笑い声を上げた。

 その瞳には、先ほどの畏怖(いふ)はすでになく、新たなる闘いへ向けての強烈な決意の炎が燃え上がっていた。


「いずれ、あの娘と雌雄を決する日が必ず来ます。……その時までに、わたくしも本物の『神降し』を極めてみせますわ。越智良亮さんがこの街の未来を『設計』するのなら、わたくしは霊的な呪いからこの街を『守護』しなければなりませんもの!」


「はい。私はどこまでも、竜子様と共にお供いたします」


 宗介が静かに、しかし力強く頷いた。


 河崎武道館の外に出ると、高く澄み渡った秋の空がどこまでも広がっていた。

 吹き抜ける風は冷たくも心地よく、生まれ変わった街の穏やかな呼吸を伝えてくれる。

 過去の悲劇から立ち上がり、未来を自らの手で描き始めた少年。

 呪われた因果を断ち切り、気高き使命に生きることを決意した少女。

 彼らの往く道には、まだ見ぬ強大な闇が待ち受けているかもしれない。しかし、光の差す方へ向かって歩き出した彼らの足取りは、どこまでも力強く、そして決して揺らぐことはなかった。

 終わりなき日常の裏側で、次なる闘いの予感を静かに(はら)みながら。

 長く、そして熱かった彼らの物語は、ひとまずの穏やかな幕引きを迎えたのであった。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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