人間兵器の蹂躙(じゅうりん)と抗(あらが)う力 ㈠
青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!
「わたくしは、工藤の造った人形などではありません。稲葉宗介に仕えられし、正統なる河崎の巫女……門前竜子ですわ!」
地下の淀んだ空気を切り裂くような竜子の宣言と共に、彼女が引き抜いた「赤い杖」から、目も眩むような深紅の光が迸った。
河崎神社の神木から削り出されたというその杖は、ただの木片ではない。人工的に造り出された彼女の肉体の奥底に眠る「赤い龍」の暴力的で神聖なエネルギーを、物理的な破壊力へとダイレクトに変換するための禁断の触媒である。
杖の先端から放たれた赤いオーラが、地下空間の冷気を一瞬にして焼き尽くし、熱風となって吹き荒れた。
「……出来損ないの分際で、いっぱしの巫女を気取るか。笑止千万」
頭上のキャットウォークから、ハルが氷のように冷たい声で吐き捨てた。
「あの杖は、自らの命を削って奇跡を顕現させる諸刃の剣。そんな小道具を持ち出したところで、七十年の歳月をかけて最適化された『完璧なシステム』には勝てんよ。……零、戯れは終わりだ。まとめてミンチにしてしまえ」
ハルの非情な命令が下った瞬間。
零の虚無の瞳が、さらに一段と暗く濁った赤色へと明滅した。
ギィィィンッ! という、人工筋肉のサーボモーターが限界点まで引き絞られる甲高い駆動音が鳴り響く。
「来るぞ、良亮さん!」
「くっ……!」
直後、零の姿が再び視界から消えた。
良亮の右腕が展開していた青い光の障壁に対して、零は力任せに軍用ナイフを突き立てた。
――パァァァンッ!!
信じられないほどの質量が一点に集中し、青い光の障壁がまるでガラスのように粉々に砕け散った。良亮は「うわぁっ!」と悲鳴を上げ、そのすさまじい衝撃波だけで数メートル後方へと吹き飛ばされ、床を激しく転がった。
「良亮さんッ! ……ええい、お退きなさいな化け物ッ!」
竜子が地を蹴り、赤い杖を上段から一気に振り下ろした。
その細腕からは想像もつかないほどの強烈な物理的衝撃が、赤い軌跡を描いて零の脳天を直撃する。
ドゴォォォォンッ!!
まるで小型爆弾が炸裂したかのような轟音と爆風が巻き起こり、コンクリートの床がすり鉢状に陥没した。
赤い杖の一撃は、確かに零の頭部を捉えていた。並の人間であれば、全身の骨が砕け散って即死しているほどの威力だ。
しかし。
「……なっ」
竜子は、自分の杖を持つ手が小刻みに震えているのを感じて息を呑んだ。
土煙が晴れた先。陥没した床の中心で、零は片手で竜子の赤い杖をガッチリと受け止めていたのだ。
漆黒の戦闘服の袖が破れ、その下から覗く銀色のチタン合金の骨格と、幾重にも編み込まれたカーボンファイバーの人工筋肉が、赤いオーラの熱量を受けてチリチリと焦げている。しかし、零の表情には「痛み」の欠片も浮かんでいない。
「……排除、シマス」
機械の合成音声のような、感情の一切ない声が零の口から漏れた。
次の瞬間、零は竜子の杖を掴んだまま、彼女の小さな体をまるで羽虫のように軽々と空中に放り投げた。
そして、空中に浮いた竜子の腹部めがけて、容赦のない蹴りを叩き込む。
「がはっ……!」
竜子は口から鮮血を吐き出し、弾丸のような速度で壁の太いパイプへと激突した。
メキィッという鈍い音が響き、竜子は力なく床へと崩れ落ちる。
「門前さんッ!!」
良亮はふらつく足で立ち上がり、絶叫した。
「ああ……おーほっほっ……これしきの、こと……!」
竜子は赤い杖を杖代わりにして、血まみれの口元を歪めて笑いながら、なんとか立ち上がろうとする。しかし、その顔色は蝋のように蒼白だった。
赤い杖の使用は、彼女の生命力そのものを著しく削り取っていくのだ。それに加えて、強化人間の理不尽なまでの暴力。十一歳の少女の肉体は、すでに限界を超えていた。
「無駄だと言っているだろう。零の骨格は戦車の装甲にも匹敵し、その反射神経はスーパーコンピュータに直結している」
ハルがキャットウォークを悠然と歩きながら、冷笑を浮かべる。
「感情という無駄なノイズを完全に削ぎ落としたからこそ、その肉体は極限のパフォーマンスを発揮できるのだ。情などという不確定要素にすがるお前たちのようなポンコツに、勝ち目など万に一つもありはしない」
ハルの言葉を裏付けるように、零はゆっくりと良亮の方へと振り返った。
一切の隙がない。呼吸の乱れもない。ただひたすらに、設定されたプログラムに従って標的を破壊するためだけに存在する、悪魔の機械。
(……勝てない。こんな化け物に、普通に戦ったって絶対に勝てっこない!)
良亮は、歯の根が合わないほどの恐怖に震えながら、必死に頭を回転させた。
自分は設計士だ。相手が強大な力を持つ「システム」の一部であるならば、まともに殴り合うのではなく、構造そのものを書き換えて無力化するしかない。
「パパ……僕に、力を貸してくれ……!」
良亮は、青く明滅する右腕を、床のコンクリートに思い切り押し当てた。
バチバチバチッ!! と、青白い幾何学模様が良亮の腕から床へと伝染し、巨大な地下空間全体へと蜘蛛の巣のように広がっていく。
「都市の構造計算……再設計……!」
良亮の脳内に、この地下工場のすべての配線、パイプ、そして重機の設計図が流れ込んでくる。
良亮が右腕に強い念を込めた瞬間。
ゴゴゴゴゴォォォッ!!
地下空間の天井を這っていた何十本もの極太の鉄鋼パイプが、まるで巨大な大蛇のようにうねり始めた。
良亮の「青い龍」の力が、工藤の施設の制御システムを一時的に乗っ取ったのだ。
太い鉄鋼パイプの群れが、良亮を守るように天井から一斉に剥がれ落ち、眼前に迫っていた零めがけて、四方八方から襲い掛かった。
「……潰れろッ!!」
良亮が叫ぶ。
ドシャァァァァァァァァンッ!!!
何十トンもの重量を持つパイプの束が、零の体を完全に押し潰し、鉄の塊の山を築き上げた。
すさまじい轟音と土煙が舞い上がり、地下空間が激しく揺れる。
良亮は肩で荒い息をしながら、目の前にできた鉄の山を凝視した。
さすがの強化人間でも、これだけの質量に押し潰されれば、ただでは済まないはずだ。システムは破壊された。そう思った、その時だった。
――ギィィィィィンッ。
鉄の山の奥底から、金属がひしゃげる不気味な音が聞こえた。
直後、ドォォォォンッ!! という爆発音と共に、幾重にも重なっていた極太の鉄鋼パイプが、内側からの異常な腕力によって紙屑のように弾け飛んだ。
「なっ……!?」
良亮は絶望に目を見開いた。
弾け飛んだ鉄の山の中心に、零が立っていた。
漆黒の戦闘服はボロボロに引き裂かれ、右半身の人工皮膚が剥がれて、不気味に光る銀色の人工筋肉が完全に露出している。しかし、彼はその損傷を気にする素振りすら見せず、無機質な赤い瞳で良亮を真っ直ぐに見据えていた。
「物理的拘束、突破。……標的ノ排除ヲ、再開シマス」
ザシュッ!!
零が踏み込んだ瞬間、足元のコンクリートが爆ぜた。
次の瞬間には、良亮の目の前にその半身が機械化した悪魔の顔が迫っていた。
「あ……」
良亮が防御の姿勢を取るよりも早く。
零の強烈な回し蹴りが、良亮の横腹に突き刺さった。
「がはぁッ!!」
内臓が破裂するかのような激痛。良亮の小さな体は、ボールのように空中を飛び、十メートル先の鉄の支柱に激突して床に叩きつけられた。
「ゲホッ……かはっ……」
良亮は大量の血を吐き出し、うずくまったまま動けなくなった。
視界が明滅し、意識が遠のいていく。
右腕の青い痣が、主の生命力の低下を感知して、弱々しい明滅へと変わっていく。
「良亮さん……! ああ、なんという……!」
血まみれの竜子が、杖をつきながら悲痛な声を上げた。
「ふははははっ! 傑作だ! どれほど不思議な力を持っていようと、所詮は子供の浅知恵。工藤が造り上げた完全無欠の合理性の前には、手も足も出ないということだ!」
ハルがキャットウォークの上で、勝ち誇ったように狂気を孕んだ高笑いを上げる。
零が、足を引きずることもなく、ゆっくりと……確実な死を運ぶ死神のように、倒れ伏した良亮へと近づいていく。軍用ナイフの刃が、無機質な照明を反射して冷たく光った。
(……ダメだ。強すぎる。僕たちじゃ……パパの敵は、討てない……)
良亮の瞳から、絶望の涙がこぼれ落ちた。
恐怖と暴力による圧倒的な蹂躙。
この冷たく暗い地下室で、工藤一族の絶対的な「設計」の前に、二人の子供の命の灯火は、今まさに吹き消されようとしていた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




