工藤の闇と父の孤独な戦い ㈡
青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!
強化人間・零の放つ漆黒の刃が、無慈悲な軌道を描いて竜子に迫る。
竜子は真っ赤な扇子を盾のように展開し、己の霊力を極限まで練り上げてその凶刃を迎え撃った。
ガキィィィンッ!!
激しい金属音と共に、赤い扇子の骨組みから火花が散る。しかし、零の腕から伝わってくるのは、人間の筋肉が生み出す力ではない。カーボンファイバーの人工筋肉と油圧シリンダーがもたらす、冷徹で無尽蔵の機械的な圧力だった。
「くぅぅっ……!」
竜子の小さな腕が悲鳴を上げ、革靴の裏がコンクリートの床を激しく擦りながら後退していく。彼女の背負う「赤いランドセル」が、受け止めた衝撃の余波を逃がすために微かに明滅しているが、それでも零の膂力を完全に殺しきることはできない。
「無駄な抵抗だ。機械人形が、創造主に逆らうか」
キャットウォークの上から、ハルが冷酷に言い放つ。
「機械人形……ですって?」
竜子が刃を押し返そうと踏ん張りながら、鋭い視線をハルへと向けた。
「お前は、自分が何者であるか、本当の出生を知らないようだな」
ハルは、余裕の笑みを浮かべたまま、残酷な真実の扉をゆっくりと開いた。
「門前竜子。お前は自然の摂理によって生まれた人間ではない。十一年前、我が工藤一族の『黒き巫女』である多喜が、遺伝子工学と禁断の呪術を融合させて造り上げた試験管ベビー……我々の都市システムを霊的な面から統括するための『赤龍の器』、それがお前だ」
「わたくしが……造り出された存在……?」
竜子の顔から、サァッと血の気が引いた。
「左様。我々が街の地脈、すなわち物理的な構造を支配するためには『青い龍』の力が必要だ。だが、それだけでは足りない。搾取した人々の感情や怨念をコントロールし、システムを安定させるためには、人間の情念を喰らう『赤い龍』を宿す器が不可欠だったのだ」
ハルは冷たい瞳で竜子を見下ろした。
「だが、ただの人工生命体では神聖な龍を降ろすことはできない。強力な触媒……すなわち、極めて純度の高い霊力を持つ『本物の巫女の命』が必要だった。だからこそ、多喜は邪魔者であった河崎神社の神聖なる巫女を狩ったのだ」
「……え?」
竜子の動きが、ピタリと止まった。
河崎神社の、神聖なる巫女。それはつまり。
「稲葉冴。お前が執事としてこき使っているあの若僧……稲葉宗介の母親だよ」
ハルの言葉が、鋭い氷の刃となって竜子の胸を貫いた。
「多喜は冴を殺害し、その清らかな血と霊力を残さず絞り尽くして、お前の人工肉体を起動させるための霊的な『核』としたのだ。お前が赤い龍の力を操れるのは、宗介の母親の命を喰らって産み落とされたからに他ならない!」
「嘘……嘘ですわ! そんなの……!」
竜子の声が、悲痛に震えた。
自分が、最も信頼し、自分を大切に育ててくれた宗介の……母親の命を奪って生まれた化け物だったというのか。宗介は、自分の母親を殺した呪われた存在を、何も知らずに十一年間も守り、仕え続けてくれていたというのか。
「お前は工藤の研究所で完全な洗脳を施される予定だったが、気が触れた一族の会計士が、お前を哀れんで施設から連れ出した。奴はお前に大金の入った通帳と印鑑を添えて、河崎神社に置き去りにしたのだ。我々はすぐに奴を『処分』したが、お前を回収するのはわざと見送った。……あの神社の《双龍》の天井画の下は、お前の器を安定させるための最高の発育器だったからな」
ハルの残酷な宣告は、十一歳の少女の精神を完全に破壊するに十分な威力を持っていた。
「あぁ……わたくしは……宗介の、お母様を……」
竜子の目から大粒の涙がこぼれ落ち、手から力が抜けた。
彼女の存在を支えていた「正統な巫女」としての誇りが、粉々に砕け散ったのだ。己の命の根源が、工藤一族の邪悪な陰謀と、愛する者の家族の血でできている。その事実が、彼女の心を深い闇の底へと引きずり込んだ。
「門前さん! ダメだ、気にするな!!」
良亮が絶叫した。
しかし、遅かった。竜子の霊力が完全に途切れたその瞬間を、感情を持たない強化人間が見逃すはずがなかった。
ガァンッ!!
零がナイフの柄で、赤い扇子ごと竜子の体を強烈に殴り飛ばした。
「きゃあっ!」という悲鳴と共に、竜子は宙を舞い、冷たいコンクリートの壁に激しく叩きつけられた。赤い扇子が手からこぼれ落ち、彼女はそのままピクリとも動かなくなってしまう。
「門前さんッ!!」
「さあ、目障りな虫は片付いた。零よ、その少年の右腕を切り落とせ!」
ハルの号令と共に、零が良亮へと標的を変え、無音のまま一直線に飛びかかってきた。
鋭利な軍用ナイフが、良亮の青い痣が光る右腕の付け根を正確に狙って振り下ろされる。
逃げることも、避けることもできない。
死の恐怖が良亮の全身を硬直させた、まさにその刹那であった。
「――絶対に、渡すもんかッ!!」
良亮は、恐怖を怒りで塗り潰し、自らの意思で右腕を前へと突き出した。
バチィィィィンッ!!
良亮の右腕に刻まれた青い幾何学模様が、かつてないほどの激しい輝きを放った。それは単なる光ではない。都市の地脈と直結した、圧倒的な「物理法則の拒絶」だった。
零のナイフが良亮の腕に触れる寸前、青い光の障壁が展開され、強化人間の凄まじい斬撃を空中でガッチリと受け止めたのだ。
「……ほう」
ハルが不快げに眉をひそめた。
「パパが守ろうとした街も……宗介さんが大切に育ててくれた門前さんのことも……! 全部、お前たちが勝手に作った、冷たい設計図通りになんてさせてたまるか!」
良亮は、迫り来る零の虚無の瞳を真っ直ぐに睨み返しながら、青い光の障壁越しにナイフを押し返そうと必死に踏ん張った。
「門前さん! 立つんだ! 君は工藤の道具なんかじゃない!」
良亮の声が、地下空間に響き渡る。
「君がどうやって生まれたかなんて、関係ない! 君は、僕が右腕の力で暴走しそうになった時、助けてくれたじゃないか! 宗介さんだって、君が『門前竜子』だから、ずっとそばで守ってくれてるんだ! 生まれ方なんて関係ない、君がどんな人かは、君自身が選んだものだろ!!」
その真っ直ぐで力強い言葉は、壁際で意識を失いかけていた竜子の耳に、確かに届いていた。
ピクリ、と竜子の指先が動く。
自分の命が、宗介の母の犠牲の上に成り立っているという事実は、決して消えることはない。しかし、だからといってここで心を折らし、工藤の道具として絶望の底に沈むことは、宗介や、その母である冴の想いを裏切ることになるのではないか。
(そうですわ……。わたくしが、どうして生まれたかなんて、わたくしの魂の輝きには関係ありませんのよ……!)
竜子は、フラフラとしながらも、床に落ちていた赤い扇子を掴み、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、先ほどの絶望は消え去り、代わりに、自らの運命に真っ向から抗おうとする、強烈なまでの「怒り」と「決意」の炎が燃え盛っていた。
「良亮さん。……よく言ってくれましたわ」
竜子は口元についた血を手の甲で拭い去ると、赤いランドセルを下ろし、その奥底に封印していた第三の神器――河崎神社の神木から削り出された「赤い杖」をゆっくりと引き抜いた。
「わたくしは、工藤の造った人形などではありません。稲葉宗介に仕えられし、正統なる河崎の巫女……門前竜子ですわ!」
理性を超えた奇跡を、物理的な破壊力へと変換する禁断の触媒。
青い龍の力を完全に覚醒させつつある十一歳の少年と、己の運命を呪いから使命へと反転させた赤き龍の少女。
二人の幼き龍が、非情なる人間兵器と闇の支配者を前に、反撃の咆哮を上げようとしていた。
X(Twitter)でも連載しています。
https://x.com/TakumiFuji2025
魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




