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不可思議事件録1 〜被害者の妻に憑依した男の贖罪と、都市を書き換える少年の『青き龍の設計図』〜  作者: たくみふじ
第五章 未完の設計図と青き龍の覚醒

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工藤の闇と父の孤独な戦い ㈠

青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!

「零。その小娘は殺しても構わない。だが、少年の右腕だけは無傷で切り落として、こちらへ持ってきなさい」


 工藤ハルの冷酷な命令が地下空間に響き渡った瞬間、強化人間・(れい)の姿がフッと視界から掻き消えた。

 あまりにも常軌を逸した初速。

 良亮が瞬きをするよりも早く、零はすでに十メートル以上の距離をゼロにし、良亮の目の前へと肉薄していた。振り上げられた漆黒の腕が、空気を切り裂きながら良亮の右肩めがけて振り下ろされる。


「させませんわッ!」


 ガギィィィィンッ!!

 金属と金属が激突するような、鼓膜を破るほどの甲高い轟音(ごうおん)が地下空間にこだました。

 間一髪のところで良亮の前に割り込んだ竜子が、両手で構えた「赤い扇子」で、零の恐るべき手刀を真正面から受け止めていた。

 扇子の骨組みからは激しい火花が散り、竜子の小さな体は、零の圧倒的な質量と膂力りょりょく(きし)みを上げている。


「くぅっ……! なんという重い一撃……! 人の身でありながら、完全に(ことわり)を外れておりますわ!」


「門前さん!」


 竜子は歯を食いしばり、赤いランドセルから放たれる霊的なエネルギーを扇子へと流し込んで、かろうじて零の腕を弾き返した。しかし、その反動で彼女自身も大きく後方へと吹き飛ばされ、コンクリートの床を何度か転がって片膝をついた。


「ほう。ただの子供かと思っていたが、多喜が忌み嫌う『赤龍の器』……なるほど、少しは頑丈にできているようだな」


 キャットウォークから見下ろすハルが、虫けらを観察するような目で竜子を見下した。

 零は弾き返された腕を無造作に下ろし、再び無機質な赤い瞳を良亮へと向ける。その呼吸一つ乱れていない姿は、まさに感情を持たない完璧な殺戮(さつりく)兵器そのものだった。


「どういうことだ……! なんで人間を、こんな機械みたいに……!」


「機械ではない。これは、我々工藤一族が七十年の歳月をかけて完成させた、究極の『人間兵器』だ」


 ハルは、背後で赤黒く脈打つ巨大なコアを愛おしそうに撫でながら、傲慢な笑みを浮かべた。


「戦後の焼け野原から、この河崎の街がどうやってこれほどの巨大工業都市へと発展したと思う? 国の支援か? 労働者の汗と涙か? ……違う。すべては、我々工藤が裏で引いた『都市設計図』の力だ。

 我々は、道路の配置、工場の区画、人々の住居に至るまで、街のすべてを巨大な『呪術回路システム』として設計した。そして、この街に集まってきた何十万という労働者たちから、彼らが気づかないほど微量な『生体エネルギー』を日々搾取し、この地下のコアへと蓄積し続けてきたのだ」


「生体エネルギーを、搾取する……」


 良亮は戦慄(せんりつ)した。

 毎日、夜遅くまで働き詰めで、疲れた顔をして家路につく大人たち。彼らの疲労は、単なる労働の対価などではなかった。この街の構造そのものが、彼らの生命力を少しずつ、だが確実に吸い上げ続けていたのだ。


「その膨大なエネルギーを用いて、人間の肉体を限界を超えて強化し、感情を削ぎ落とす。そうして生み出されたのが、この零を始めとする『人間兵器』たちだ。我々工藤一族は、この力をもって河崎を完全な支配下に置き、やがては国の中枢すらも意のままに操る。この街の人間は皆、我々の偉大なる計画のための『電池』に過ぎない」


「ふざけるな……! そんなことのために、みんなの命をすり減らしていたっていうのか!」


 良亮が怒りに声を震わせると、ハルは冷たく鼻で笑った。


「そうやって青筋を立てて怒るあたり、本当にお前の父親にそっくりだな。……そうだ。お前の父、越智伸司も、ルポライターとしての鋭い嗅覚と設計士としての知識で、この街の『不自然な回路』に気づきおった」


 ハルの口から語られる父の真実に、良亮は息を呑んだ。


「あの男は優秀すぎた。街のインフラや建築物の配置から、我が工藤一族が張り巡らした搾取の呪術回路の全貌を読み解き、あろうことか、それを『反転』させるための設計図を引き始めたのだ。搾取する流れを断ち切り、人々にエネルギーを循環させるための、不愉快極まりない対抗策をな」


「じゃあ、パパが描いていたあの未完の図面は……!」


「そうだ。あと一歩で、我々の七十年のシステムが崩壊させられるところだった。だからこそ、私は多喜に命じて、あの男を箱根の山へとおびき寄せて暗殺したのだ」


 ハルの声が、地下空間に冷たく響き渡る。


「越智伸司は、我々の呪術の源流である富士の麓……『神の蜜』と呼ばれる毒草の群生地である箱根の忌み地へと向かった。そこで我々の力の根源を絶とうとしたのだろう。……だが、愚かにも無防備すぎた。多喜の操る毒と幻術にかけられ、最後は我々の手駒に過ぎないあの小娘(工藤梓)と、哀れなサラリーマンの車に撥ねられて、犬死にしたのだよ」


「パパは……犬死になんかじゃない!!」


 良亮の絶叫が、地下の(よど)んだ空気を切り裂いた。

 父親は、ただの好奇心で箱根へ行ったわけではなかったのだ。

 愛する家族が住むこの河崎の街を守るため。何十万という人々の命を吸い上げ続ける巨大な悪のシステムを破壊するため。たった一人で、誰にも真実を告げぬまま、恐るべき工藤一族の闇へと立ち向かっていったのだ。

 自分の命が奪われるその瞬間まで、愛する妻と息子の未来を案じながら。


「……パパは、ヒーローだったんだ。この街を、僕たちを本気で守ろうとしてくれた、世界で一番かっこいい設計士だったんだ……!」


 ポロポロと悔し涙を流しながらも、良亮の瞳には、かつてないほどの激しい怒りと決意の炎が燃え上がっていた。

 右腕に刻まれた青い幾何学模様の痣が、主の激しい感情に呼応するように、鼓動を打って強烈な青白い光を放ち始める。

 その光は、地下空間に張り巡らされた工藤のパイプやケーブルに干渉し、ジジジ……と不穏なノイズを発生させた。


「……なんと」


 ハルが、初めてその鉄面皮に(わず)かな驚きの色を浮かべた。


「あの男の血肉に刻まれた情念が、死してなお、青い龍の地脈と同調し、息子の右腕に宿ったというのか。……ええい、目障りだ! 零、その右腕ごと、少年の息の根を止めろ! 血まみれの肉塊の中から、腕だけを回収すればよい!」


 ハルが苛立ちと共に冷酷な命令を下す。

 再び、零の瞳に殺戮(さつりく)の赤い光が灯った。

 今度は手刀ではない。零は腰に帯びていた、特殊合金で鍛え上げられた漆黒の軍用ナイフを引き抜いた。

 強化人間の圧倒的な膂力(りょりょく)から繰り出される刃は、鋼鉄の扉をも容易く貫通する。それが、華奢な十一歳の少年へと向けられた。


「良亮さん、下がって!」


 竜子が立ち上がり、再び良亮の前に立ちはだかる。

 彼女は真っ赤な扇子を口元に当て、これまで見せたことのないほど冷たく、そして凄絶な眼差しで、襲い来る強化人間を睨みつけた。


「工藤一族の薄汚い操り人形ごときが、これ以上、越智親子の気高き魂に触れることは絶対に許しませんわ。……おーほっほっほっ! さあ、地獄の業火で調律して差し上げますわよ!」


 青い龍の力を宿した少年と、赤き龍の器として創られた少女。

 そして、街の命を喰らって造り出された非情なる人間兵器。

 都市の設計図を巡る、命と意地を懸けた死闘が、赤黒く脈打つ巨大なコアの前で激突しようとしていた。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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