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不可思議事件録1 〜被害者の妻に憑依した男の贖罪と、都市を書き換える少年の『青き龍の設計図』〜  作者: たくみふじ
第三章 死の真相に近づく

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見えざる殺意と赤い扇子 ㈡

青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!

「な、何!? どこから光が……!」


 香代子が叫んだ直後、彼らの頭上から、空気を切り裂くような不気味な風切り音が聞こえてきた。

 ヒュルルルルッ、という音。

 反射的に目を開けた香代子の瞳に映ったのは、歩道橋の真上を通っている工事用の足場から、重さ数十キロはありそうな金属製の鉄パイプの束が、彼らの頭上めがけて垂直に落下してくる光景だった。


「危ないっ!」


 逃げる時間はなかった。視界を奪われている友之は、落下物の存在にすら気づいていない。香代子が良亮を突き飛ばすのが精一杯で、鉄パイプの束は無防備な友之の頭上へと、圧倒的な質量をもって迫っていた。

 涼子の魂が、絶望の叫び声を上げる。

(岩瀬くーーんっ!)


 だが、惨劇が起きる直前。

 それまで大人しく一行の後ろをついて歩いていた門前竜子が、目にも留まらぬ速さで友之の前に躍り出た。

 彼女の手には、燃えるような赤い扇子がしっかりと握られている。


「大自然の理に反する不浄なる殺意よ! わたくしの言霊の前に、その軌道を(ゆが)めなさいませ!」


 竜子が凜とした声を張り上げ、赤い扇子を空に向かって鋭く振り抜いた。

 バサァッ! という、空気を切り裂く異様な音が響いた。

 赤い扇子は、空気の振動や人の言霊を調律するための「指揮棒」である。竜子が扇子を振るった瞬間、目に見えない強靭な空気の壁……一時的な「結界」が、彼らの頭上に展開された。

 落下してきた鉄パイプの束が、その見えない結界に激突した。

 ガギィィィンッ! という、金属同士がぶつかり合ったような甲高い轟音(ごうおん)が鳴り響く。

 物理法則を完全に無視し、数十キロの鉄パイプの束は、空中で何かに弾き返されたかのように不自然に軌道を変え、友之たちの立っている場所からわずか一メートル横のコンクリートの床に、凄まじい音を立てて激突したのだ。

 パラパラとコンクリートの破片が飛び散り、砂埃が舞い上がる。

 もし軌道が()れていなければ、間違いなく全員が即死、あるいは致命傷を負っていたはずの恐ろしい衝撃だった。


「……おーほっほっほっ! 間一髪でしたわね。皆様、お怪我はございませんこと?」


 竜子は平然と扇子をパチンと閉じ、砂埃を払うようにして優雅に微笑んだ。

 腰を抜かしてへたり込んでいる香代子と、目を白黒させている良亮。視力が徐々に回復し、横たわる鉄パイプの束を見て顔面を蒼白にしている友之。彼らは皆、八歳の少女が引き起こした奇跡を前に、言葉を失っていた。


「……りゅう、こちゃん。今のは、一体……」


 香代子が震える声で尋ねると、竜子は澄んだ瞳で歩道橋の上の空を見上げた。


「この赤い扇子で、一時的に場の磁場を整列させ、空気の密度を操作いたしましたの。ですが、あのような物理的な質量を弾き飛ばすのは、わたくしの霊力でもかなり骨が折れますわ。相手は本気で、あなた方の命を奪いにきております」


 その事実が、重く冷たく彼らにのしかかる。

 ホームでの突き落とし。そして、歩道橋での光の目眩(めく)らましからの落下物。

 工藤梓は、自分を疑い始めた邪魔者たちを、なりふり構わず排除しようとしているのだ。


「……くそっ。あいつ、マジでいかれてやがる」


 友之は鉄パイプを睨みつけ、ギリッと歯ぎしりをした。


「ここは危険ですわ。とりあえず、周囲からの死角になる安全な場所へ移動いたしましょう」


 竜子の指示に従い、一行は現場が騒ぎになる前に歩道橋を足早に駆け下り、近くにあった古びた純喫茶へと逃げ込んだ。

 カランカランというドアベルの音が鳴り、冷房の効いた薄暗い店内のボックス席に身を潜める。周囲には客の姿はまばらで、静かにジャズのBGMが流れていた。

 冷たいおしぼりで顔を拭き、アイスコーヒーを一口飲んで、ようやく友之は一息ついた。


「……竜子ちゃん、あんたがいなかったら俺たち、今頃あの世で仲良くお茶を飲んでたぜ。本当にありがとうな」


 友之が頭を下げると、良亮と香代子も深く頭を下げた。天井の涼子も、両手を合わせて拝むようにして竜子に感謝を捧げている。


「お気になさらず。これも巫女としての修行の一環ですわ」


 竜子はアイスココアを上品にストローで啜りながら答えた。


「それよりも、反撃の糸口を見つけなければ、私たちはずっと標的のままですわよ。工藤梓がどのようにして岩瀬様を毒殺したのか。その手段と証拠を、明確に炙り出す必要がありますわ」


 竜子の冷静な指摘に、香代子が手帳を開いた。


「毒殺……。警察の検死をすり抜けるような、心不全を引き起こす毒物。そんなもの、素人が簡単に手に入れられるものなの?」


「工藤は素人じゃない」


 友之が、低く険しい声で言った。彼の脳裏に、製薬会社での工藤梓の経歴と、彼女の出身地に関する記憶が鮮明に蘇ってきていた。


「あいつの出身地は、山梨県の富士山の麓だ。実家は古くから薬草や漢方薬の原材料を扱う問屋のようなことをやっていて、工藤自身も漢方の知識に異常なほど詳しかった。会社でも、漢方成分の研究開発部門から営業に回ってきた女だったんだ」


「漢方薬……。じゃあ、何か特別な植物の毒を使ったってこと?」


「ああ。おそらく、あいつが使ったのは『附子ぶし』だ」


 友之の口から出たその不吉な単語に、香代子は眉をひそめた。


「ブシ? 何それ」


「トリカブトのことだ。漢方薬の世界では、トリカブトの球根を弱毒処理したものを附子と呼んで、鎮痛剤や強心剤として使うんだよ。だが、処理を間違えれば、それはフグの毒にも匹敵する猛毒のアコニチンになる。そして……トリカブトの毒による死因は、心室細動、つまり急性心不全だ」


 点と点が、一本の恐ろしい線となって繋がった。

 工藤梓は、富士山の(ふもと)で育ち、トリカブトが自生している場所を熟知していた。そして、漢方薬の知識を悪用し、致死量の猛毒を抽出して友之を殺害したのだ。

 さらに友之は、ある恐ろしい「空白の二十四時間」の謎に思い至っていた。


「……トリカブトの毒は、摂取してから二十四時間が経過すると、体内で代謝されて無毒化されるって聞いたことがある。解剖しても成分が検出されにくくなるんだ。だから工藤は、十九日の夜に俺を毒殺した後、わざと丸一日放置したんだ。そして毒が消えた二十日の夕方になってから、心配したふりをして管理人と一緒に部屋に入り、第一発見者を装った!」


 完璧な殺人のシナリオ。

 それを一人で立案し、冷酷に実行に移した女の異常性に、香代子も良亮も声が出なかった。

「でも、おじさん」良亮が震える声で尋ねた。「工藤さんは、どうやって鍵のかかった部屋に入ったの? それに、どうやっておじさんに毒を飲ませたの?」

 その決定的な謎を解く鍵こそが、工藤梓のアパートに隠されているはずだった。

 反撃の狼煙を上げるため、彼らは次なる危険な賭けに出る決意を固めていた。見えない恐怖に怯える時間は、もう終わったのだ。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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