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不可思議事件録1 〜被害者の妻に憑依した男の贖罪と、都市を書き換える少年の『青き龍の設計図』〜  作者: たくみふじ
第三章 死の真相に近づく

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見えざる殺意と赤い扇子 ㈠

青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!

 ファミリーレストランの冷房が効いた空間から一歩外へ出ると、まとわりつくような熱風が一行の全身を容赦なく包み込んだ。

 アスファルトに反射する強烈な日差しが、小田原のオフィス街を白茶けた色に染め上げている。岩瀬友之の勤務先であった製薬会社のビルを背にして歩き出しながら、友之は幾度となく後ろを振り返った。背中に、チリチリと焼け焦げるような不気味な視線を感じていたからだ。

 工藤梓の、あの虚ろでありながら底知れぬ暗い執着を秘めた瞳。

 彼女が自分の命を奪った犯人であるという確信は、友之の中で疑いようのないものへと変わっていた。しかし、確信があることと、それを証明できることは全くの別問題である。密室の謎、死因の偽装、そして何より「なぜ自分は殺されなければならなかったのか」という動機の部分が、未だに深い闇の中に沈んでいた。


「……急ごう。なんだか、嫌な予感がする」


 友之が足早に歩調を速めると、香代子も良亮の手をしっかりと握りしめて後に続いた。

 箱根湯本へ戻るため、一行は小田原駅の構内へと足を踏み入れた。夏休みの帰省客と観光客でごった返す駅構内は、人々の話し声やキャリーケースの車輪が転がる音、そして絶え間なく流れる構内アナウンスの音声が混ざり合い、ひどく喧騒に満ちていた。

 箱根登山線のホームへと続くエスカレーターを下り、黄色い点字ブロックの内側に整列する。

 周囲には大勢の人がひしめき合っており、少しでも気を抜けば見知らぬ誰かと肩がぶつかってしまうほどの混雑ぶりだった。


『まもなく、一番線に箱根湯本行きの電車が参ります。危険ですから、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください』


 無機質な自動音声がホームに響き渡り、遠くから電車の接近を知らせる低い走行音が地鳴りのように近づいてくる。

 友之は列の一番前、線路のすぐ際で電車を待っていた。女性の華奢な体は、ヒールの低いパンプスを履いていてもどうしても重心が安定せず、人混みに押されるたびに微かに体が揺らぐ。

 その時だった。

 背後から、明確な「悪意」を伴った強い力が、友之の背中をドンッと乱暴に突き飛ばした。


「えっ……!?」


 友之の口から、間の抜けた声が漏れる。

 踏みとどまろうと足に力を入れたが、涼子の細い足首では、その強烈な推進力を殺し切ることはできなかった。視界がぐらりと大きく傾き、黄色い点字ブロックを越えて、コンクリートの冷たい線路の底が目の前に迫ってくる。

 すぐ真横には、猛スピードでホームに進入してくる箱根湯本行きの電車の、巨大な鉄の塊が迫っていた。


「お姉ちゃん!」


 香代子の絶叫がホームに響き渡った。

 天井付近に浮かんでいた涼子の魂は、自分の肉体が線路へと真っ逆さまに落ちていく光景を目の当たりにし、声も出ないほどの恐怖に凍りついた。

(嫌ああああああっ! 誰か、誰か助けて!)

 死の恐怖が、魂だけの存在であるはずの涼子を狂乱させた。

 間一髪のところだった。

 友之の体が完全に宙に浮く寸前、背後から伸びてきた力強い手が、涼子のスーツの襟首をガシッと掴み、強引に後ろへと引き戻したのだ。

 グンッという強い衝撃とともに、友之はホームの床に尻餅をつくようにして倒れ込んだ。目の前を、電車の巨大な車体が轟音を立てて通り過ぎていく。顔に吹き付ける生ぬるい突風が、死がほんの数センチの距離をかすめていった事実を無言で物語っていた。


「ハァッ……、ハァッ……!」


 友之は床にへたり込んだまま、荒い息を吐きながら全身をガタガタと震わせていた。三十二年間の人生で、これほどまでに死の恐怖を身近に感じたことはなかった。


「お姉ちゃん! 大丈夫!? 怪我はない!?」


 襟首を掴んで引き戻してくれたのは、香代子だった。彼女は顔面を蒼白にしながら、友之の肩を抱き起こした。良亮も泣きそうな顔で駆け寄り、友之の腕にしがみついている。


「あ、ああ……。助かった。あんたがいなかったら、今度こそ俺は本当にミンチになってたぞ……」


「誰よ、いきなり背中を押したの! ちょっと、誰か見てませんでしたか!」


 香代子が怒り心頭で周囲の乗客たちを睨みつけたが、皆一様に驚いた顔をしてこちらを見ているだけで、誰が押したのかは混雑に紛れて全く分からなかった。舌打ちをして逃げ去るような足音も、人混みの喧騒に掻き消されてしまっていた。


「偶然じゃないわ。絶対に、誰かが意図的にお姉ちゃんを……岩瀬くんを線路に突き落とそうとしたのよ!」


「……追ってきてるってことか。俺たちが会社に嗅ぎ回りに来たことを知って、口封じをするために」


 友之は額に(にじ)んだ冷や汗を拭い、ゆっくりと立ち上がった。

 工藤梓か、あるいは彼女に雇われた何者かが、確実に自分たちの命を狙い始めている。警察という盾が使えない以上、自分たちは丸腰でこの見えない殺人鬼と対峙しなければならないのだ。


「一度、駅の外に出ましょう。こんな人混みの中じゃ、誰が敵か全く分からないわ」


 香代子の提案に従い、一行はホームに入ってきた電車には乗らず、再び改札を抜けて駅の外へと出た。

 タクシーを拾おうとロータリーを見渡したが、あいにく一台も停まっておらず、乗り場には長い列ができている。仕方なく、少し離れた別のバス停やタクシー乗り場を探すため、彼らは駅前の大きな歩道橋を渡ることになった。

 鉄骨とコンクリートで造られた、大通りを(また)ぐ巨大な歩道橋。

 ジリジリと照りつける太陽から逃れる場所もなく、階段を上る彼らの足取りはひどく重かった。


「おじさん、足痛くない? 僕が手、引っ張ってあげようか」


 階段の途中で、良亮が友之の手を気遣うように握ってくれた。その小さな温もりに、友之は少しだけ張り詰めていた神経が和らぐのを感じた。


「ありがとな、坊主。でも大丈夫だ、俺はこれでも昔は野球部で……」


 友之が強がりを言って笑いかけた、その瞬間だった。

 歩道橋の上の踊り場に差し掛かった彼らの目に、信じられないほどの強烈な光が飛び込んできた。

 それは、太陽の光を巨大な鏡で一点に集束させたような、網膜を焼き切るかと思うほどの異常な反射光だった。隣の雑居ビルの屋上付近から、何者かが意図的に鏡や強力なレーザーポインターのようなものを使い、友之の顔面を正確に狙い撃ちしてきたのだ。


「うおっ……! 目が!」


 友之は視界を完全に奪われ、両手で顔を覆ってその場にうずくまった。香代子と良亮も、あまりの眩しさに目を細めて立ち止まる。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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