同僚たちの黒い影 ㈡
青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!
「…………」
友之は、自分の最期の様子を第三者の口から聞かされ、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
完全に施錠された密室。荒らされた形跡のない部屋。そして安らかな死に顔。
もしこれが毒殺などの他殺であった場合、犯人はどうやって密室を構成したというのか。しかも、毒を盛られた形跡すら法医解剖に回される前に隠蔽されている。
「その工藤さんという方は、今日はいらっしゃるのでしょうか。もし可能であれば、この引き継ぎのメモを直接お渡しして、発見時の状況をご遺族の代わりにお礼も兼ねてお伺いしたいのですが」
香代子の申し出に、佐藤部長は少しだけ言い淀んだ。
「工藤くんは……岩瀬くんが亡くなってから、ひどいショックを受けて数日間会社を休んでおりました。昨日からようやく復帰したのですが、まだ精神的に不安定なところがありまして。……少々お待ちください。今、本人が応接室まで来られるか確認してまいります」
佐藤部長はそう言うと、席を立って応接室を後にした。
残された友之と香代子は、無言で顔を見合わせた。
「……聞いたか、内海。管理人が立ち会って鍵を開けたってことは、工藤が合い鍵を使って一人で侵入したわけじゃないってことだ」
「ええ。つまり、第一発見者としての彼女のアリバイと密室の証明は、警察と管理人のお墨付きということになるわね」
「じゃあ、やっぱり俺はただの病死だったのか……?」
友之が弱気になって呟いたその時、コンコンと控えめなノックの音が鳴り、一人の若い男性社員が応接室に入ってきた。お盆の上に、三つのお茶が乗せられている。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
ひょろりとした体格の、少し神経質そうな顔つきの青年だった。彼の名札には「田中」と書かれている。
田中はテーブルの上にお茶を置く際、友之(涼子)の顔をチラリと見て、すぐに目を伏せた。
「あの……。岩瀬さんの、お知り合いの方ですよね」
田中が消え入りそうな声で呟いた。
「ええ、そうですけれど。あなたは友之さんの同僚の方ですか?」
香代子が答えると、田中はモジモジと指を絡め合わせながら、周囲を気にするように小声で言った。
「はい。岩瀬さんには、仕事でもお世話になっていたのですが……実はその、個人的にも少し、お借りしているものがありまして。いえ、お金のことなんですけど……。お葬式に伺ってご遺族の方に直接お返しすべきだったのですが、どうしても都合がつかず……」
田中が岩瀬から借金をしていた。
友之はその事実を思い出し、眉をひそめた。確かに数ヶ月前、田中がギャンブルの借金で首が回らなくなっていると泣きついてきたため、見かねて数十万円を用立ててやったことがあった。
(こいつ……俺が死んで借金がうやむやになって、ホッとしてるんじゃないのか?)
友之が疑いの目を向けると、田中は気まずそうに逃げるように応接室を出ていってしまった。
さらに、応接室のガラス張りのパーティションの向こう側を、別の男性社員が通り過ぎるのが見えた。同期の山田である。
山田は応接室の中の香代子たちを一瞥すると、露骨に舌打ちをし、隣を歩いていた社員に何かをヒソヒソと耳打ちしていた。
「岩瀬の奴、死んでからも厄介事ばかり持ち込みやがって。あいつが死んだおかげで、俺が課長に昇進できる枠が一つ空いたってのに、引き継ぎがグチャグチャで大迷惑だよ……」
微かに漏れ聞こえてきたその言葉に、友之はギリッと奥歯を噛み締めた。
同期の山田は、常に営業成績トップの友之をライバル視し、強烈な嫉妬心を抱いていた男だった。
そして極めつけは、給湯室の近くでコーヒーを淹れていた若い男性社員、鈴木だ。
鈴木は、応接室のガラス越しにこちらを睨みつけるような鋭い視線を送っていた。
(鈴木……。あいつは確か、工藤のことが好きだったはずだ)
友之の記憶の引き出しが次々と開いていく。
鈴木は工藤梓に好意を寄せていたが、工藤の目は常に上司である岩瀬友之に向けられていた。そのせいで、鈴木はことあるごとに友之に対して反抗的な態度をとり、「工藤さんを泣かせたのは岩瀬さんだ」と周囲に吹聴していた時期があった。
嫉妬、借金、そして横恋慕。
友之は、応接室のソファに深く背中を預け、冷や汗を拭った。
「……どうしたの、岩瀬くん。顔色が悪いわよ」
香代子が心配そうに声をかけると、友之は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「いや……。俺は、職場の人間関係はそれなりに上手くやっているつもりだった。だが、こうして第三者の顔になって外から眺めてみると、俺の周りには随分と黒い感情が渦巻いていたんだなって、思い知らされたよ。俺を恨んでいる奴や、俺が死んで得をする奴が、このフロアには何人もいる」
自分が信じていた日常の裏側に潜む、どろどろとした人間の負の感情。
友之が鈍感ゆえに見落としていた「殺意の種」は、この会社の中にいくつも転がっていたのだ。
その時、応接室のドアが再び開き、佐藤部長が戻ってきた。
その後ろには、青白い顔をした一人の女性社員が、幽霊のように力ない足取りでついてきていた。
「内海様、お待たせいたしました。こちらが、岩瀬くんを発見した工藤梓です」
工藤梓。
その姿を見た瞬間、友之の心臓がドクンと大きく跳ねた。
肩まで伸びた黒髪、整った顔立ち、そして線の細いスタイル。友之の記憶にある通りの彼女だったが、その瞳には生気がなく、まるで深い闇の底を見つめているような虚ろな色を宿していた。
彼女の全身から発せられる異様な気配に、香代子も無意識のうちに身構える。
第一発見者であり、最も重要で危険な容疑者でもある女との、息詰まる対峙が始まろうとしていた。天井付近の涼子の魂も、ただならぬ空気に身を縮め、固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




