表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不可思議事件録1 〜被害者の妻に憑依した男の贖罪と、都市を書き換える少年の『青き龍の設計図』〜  作者: たくみふじ
第二章 死の謎を追う

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/52

夜風の誓いと次なる標的 ㈠

青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!

 小田原警察署の無機質なコンクリートの建物を背に、一行は重い足取りで歩道を歩いていた。

 西の空はすでに赤黒く染まり、街灯がポツリポツリとオレンジ色の光を点し始めている。警察という公的な機関から「事件性なし」と完全に突き放された事実は、彼らの前に立ちはだかる現実の壁がいかに高く、そして冷酷であるかを嫌というほど思い知らせていた。

 交差点の近くで、美智子が立ち止まり、深く頭を下げた。


「皆様、今日は本当にありがとうございました。警察の方にはあんな風にあしらわれてしまいましたが……私は決して諦めません。息子が誰かに殺されたのだとしたら、母親である私がその無念を晴らしてやらなければ、友之はいつまでも迷子のままですから」


 その言葉に、友之は胸の奥が締め付けられるような痛みを覚えた。三十四歳の女性の顔をしている自分が、母親をこれほどまでに悲しませ、そして戦わせようとしている。

 友之は一歩前に出ると、涼子の細い両手で、美智子の少し皺の刻まれた手をしっかりと握りしめた。


「お袋……。心配するな。俺が、必ず証拠を見つけて警察の鼻を明かしてやる。だから、お袋は無理をしないで、実家で待っててくれ。アパートの片付けも、危ないからもう一人で行くんじゃないぞ」


 友之のその力強い言葉と、かつての息子と全く同じ不器用な気遣いに、美智子は涙ぐみながら何度も頷いた。


「ええ、分かっているわ。あなたたちも、どうか気をつけてね。相手は、友之を殺した恐ろしい人間かもしれないのだから……。香代子ちゃん、良亮くん、そして竜子ちゃん。うちの息子を、どうかよろしくお願いいたします」


「お任せください、お母様。お姉ちゃんの体も、岩瀬くんの魂も、私たちが絶対に守り抜きますから」


 香代子が力強く答え、竜子も赤い扇子を胸に当てて優雅にお辞儀をした。

 美智子を箱根方面へ向かうバス停で見送った後、友之たちは再び箱根湯本の旅館「早川亭」へと戻った。

 旅館の夕食を済ませた後も、部屋の空気はどこか重く沈んでいた。

 良亮は部屋の隅で、持参したスケッチブックに色鉛筆で何やら熱心に絵を描いている。竜子はその横で、畳の上に正座をしたまま目を閉じ、静かに精神統一をしているようだった。香代子は明日の行動計画を練るため、スマートフォンで友之の勤務先である製薬会社の情報を検索している。

 友之は、女性用の浴衣の帯がどうしても苦しくて、少しだけ涼むために一人で縁側へと出た。

 箱根の夜の闇は深く、眼下を流れる早川のせせらぎが、日中の喧騒を洗い流すように静かに響いている。友之は縁側の手すりに寄りかかり、見えない星を探すように夜空を見上げた。

(他殺……。俺は殺された。一体誰に? 何のために?)

 堂々巡りの思考が、頭の中を渦巻いている。

 恨まれる心当たりはない。だが、結果として自分は死に、魂だけが他人の体に宿っている。このまま真相が分からなければ、自分は天国へ行くこともできず、涼子を元の体に戻すこともできない。

 深く、重い溜め息がこぼれた。


「おじさん」


 不意に背後から声をかけられ、友之が振り返ると、スケッチブックを胸に抱えた良亮が立っていた。


「おう、坊主。どうした? 眠れないのか?」


「うん。……おじさん、まだ警察のことで落ち込んでる?」


 良亮は縁側に出てくると、友之の隣にちょこんと座った。夏の夜風が、二人の髪を優しく揺らす。

 友之は苦笑いをして、良亮の頭にポンと手を乗せた。


「落ち込んでるっていうか、自分の無力さに腹が立ってるんだよ。大人の男が、子供のお前に気を使わせてるようじゃ情けねえだろ」


「そんなことないよ。おじさんは、すごく頑張ってる。自分のことだけじゃなくて、ママの体のことも大事にしてくれてるもん」


 良亮はそう言うと、抱えていたスケッチブックを開き、友之の方へと向けた。

 そこには、定規を使って引かれたような正確な直線と、美しい幾何学模様で構成された、見事な「家」の図面が描かれていた。八歳の子供が描いたとは到底思えない、緻密で立体的な間取り図である。


「すげえな……。坊主、これお前が描いたのか?」


「うん。僕ね、大きくなったら『設計士』になりたいんだ」


 良亮は、誇らしげに目を輝かせて言った。


「パパがね、設計士だったんだ。建物の図面を描いて、たくさんの人が笑顔で暮らせる家を作る、すごいお仕事なんだよ」


「設計士、か。一級建築士とか、そういうやつか?」


「設計士っていうのはね、設計図面を描く人の総称で、それ自体は資格がなくても名乗れるんだ。でも、パパみたいに大きくて立派な建物を設計するには、一級建築士や二級建築士っていう難しい国家資格が必要なんだよ。だから僕、これからいっぱい勉強して、パパが描けなかった『最高の家』の図面を完成させるんだ」


 八歳の少年が、明確な将来のビジョンと専門知識を持っていることに、友之は心底驚かされた。

 同時に、良亮が父親の遺志を継ごうとしているその真っ直ぐな思いに、強く胸を打たれた。七年前に失踪し、今日法的に死亡したことになった父親。その父親の背中を、この小さな少年はずっと追いかけ続けているのだ。


「……そっか。お前のパパは、きっとすげえ設計士だったんだな。そして、お前なら絶対にそれ以上の立派な設計士になれる。俺が保証してやるよ」


 友之が優しく微笑みかけると、良亮は嬉しそうにスケッチブックを胸に抱きしめた。

 その二人の姿を、天井付近から見下ろしていた涼子の魂は、とめどなく溢れる涙を拭うこともできずに泣きじゃくっていた。

(良亮……。あなた、そんなにパパのことを……。そして岩瀬くん、本当にありがとう。あなたがこの子の心に寄り添ってくれて、私、本当に救われているわ)

 母親としての温かい愛情が、目に見えない光となって二人を包み込んでいた。


「おじさん」


 良亮が、スケッチブックから顔を上げ、真剣な瞳で友之を見つめた。


「おじさんを殺した犯人は、絶対に僕たちで見つけよう。おじさんがパパみたいに、急にいなくなっちゃった理由が分からないままなんて、絶対に嫌だから。僕も、香代子おばちゃんも、竜子ちゃんも、みんなおじさんの味方だよ」


 その言葉は、友之の心に張っていた暗く重い雲を、一瞬にして吹き飛ばしてくれた。

 自分は一人ではない。姿形が変わってしまっても、自分のために戦ってくれる家族のような存在がここにいる。

 友之は涼子の細い腕で、良亮の小さな肩を力強く抱き寄せた。


「ああ。絶対に犯人を見つけ出す。そして、お前のママをちゃんとこの場所に帰してやるからな。男と男の約束だ」


「うん!」


 良亮が力強く頷いたその時、障子がガラリと開き、香代子が顔を出した。


「ちょっと二人とも、いつまで外で黄昏れてるの。これからの作戦会議を始めるわよ! 早く中に入りなさい!」


「へいへい、今行くよ」


 友之は良亮と顔を見合わせてクスッと笑い合い、部屋の中へと戻った。

 ちゃぶ台の上に、香代子がメモ帳を広げた。そこには、これまでに分かっている事実が箇条書きにされている。

 ・岩瀬友之は七月二十日に自宅アパートで死亡。

 ・死因は急性心不全として処理されたが、他殺の可能性が極めて高い。

 ・アパートは密室状態。外部からの侵入の形跡なし。

 ・まくらカバーに微量なシミを発見。


「警察が動かない以上、私たちが独自に動くしかないわ。まずは、岩瀬くんの勤めていた製薬会社に潜入して、周辺の人間関係を洗う必要がある」


 香代子が探偵のようにペンを回しながら言うと、友之は腕を組んで深く頷いた。


「ああ。俺の仕事ぶりを妬んでいた奴や、借金で首が回らなくなっていた同僚も少なからずいた。営業成績を巡るトラブルもあったかもしれない。だが、一番最初に接触すべき人間は決まってる」


 友之の言葉に、全員の視線が集中した。


「第一発見者だ。俺が死んでいるのを一番最初に見つけた人間。……うちの営業部の部下で、工藤梓くどうあずさっていう女性社員だ」


 工藤梓。

 その名前が口に出された瞬間、静かに座っていた竜子が、ピクリと眉を動かした。彼女はスッと赤い扇子を広げ、扇子の向こう側から鋭い視線を放った。


「工藤……梓、ですのね。そのお名前の響き、どうにも空気が淀んで聞こえますわ。ただの第一発見者で終わるような、軽い因果の糸ではありませんわね」


 竜子の不吉な予言に、部屋の空気が一段と張り詰める。


「おーほっほっほっ! 謎解きの舞台は、いよいよ核心へと近づいてまいりましたわ!」


 高らかに笑う竜子の声とともに、彼らの次なる標的が明確に定まった。見えない殺人鬼の正体を暴くための、危険な潜入捜査が始まろうとしていた。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ