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不可思議事件録1 〜被害者の妻に憑依した男の贖罪と、都市を書き換える少年の『青き龍の設計図』〜  作者: たくみふじ
第二章 死の謎を追う

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母の勘と線香の煙㈢

青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!

「内海、これを持っていくぞ。警察に再捜査を依頼するための、重要な証拠になるかもしれない」


「ええ、分かったわ。ビニール袋に入れて、厳重に保管しましょう」


 香代子が持参していた大きめのビニール袋に、まくらカバーを慎重に封入した。

 その後も部屋の中をくまなく調べたが、外部から侵入された形跡や、誰かと争ったような跡は一切見当たらなかった。窓の鍵はしっかりと閉まっており、玄関もオートロックではないものの、美智子が駆けつけた時には確実に施錠されていたという。

 完全な密室での、病死と見せかけた殺人。犯人は一体、どうやって友之を殺害したというのか。

 一行はその足で、小田原を管轄する警察署へと向かった。

 美智子を伴い、警察署の総合受付で「岩瀬友之の死因について、再捜査の願い出をしたい」と申し出た。応対に出た若い警察官は怪訝(けげん)な顔をしたが、母親である美智子が必死に懇願したため、刑事課の取調室のような小さな部屋へと通された。

 しばらくして、白髪交じりのベテランと思われる刑事が、面倒くさそうに書類の束を抱えて入ってきた。


「岩瀬友之さんのご遺族ですね。私は担当した刑事の山下です。……それで、再捜査とは一体どういうことですか? あの件はすでに、事件性なしとして処理が完了していますが」


「刑事さん、お願いです! 息子の死には不審な点があるんです! このまくらカバーを調べてください。息子は、誰かに毒を盛られたのかもしれません!」


 美智子が身を乗り出してビニール袋に入ったまくらカバーを差し出したが、山下刑事はそれを一瞥(いちべつ)しただけで、深くため息をついた。


「お母さん、お気持ちは分かります。突然のご子息の死を受け入れられないご遺族は、皆さまそう仰るんです。しかしですね、警察は適当に仕事をしているわけじゃありません。発見時に現場の状況を詳細に調べ、不審な点がなかったからこそ、法医解剖に回さず死体検案で済ませたんです」


「でも、息子は健康だったんです! ただの風邪で心不全になるなんて!」


「急性心不全というのは、直接の死因が特定できない場合にも使われる医学的な総称です。高熱による脱水症状や、心臓への過度な負担が原因で、若くても突然死するケースはいくらでもあります。毒物とおっしゃいますが、ご遺体に注射痕や外傷はなく、不審な薬物のビンも現場にはありませんでした」


 山下刑事の態度は、完全な門前払いだった。警察にとって、すでに「病死」として処理し、火葬まで終わってしまった遺体の事件を掘り返すことは、よほどの新事実でもない限り不可能なのだ。


「そんな……! ちゃんと調べてくださいよ! 俺は……息子は、絶対に殺されたんです!」


 友之が涼子の顔で激昂し、机を強く叩いた。しかし、山下刑事は冷ややかな目で友之(涼子)を見つめ返した。


「そちらの方は? ご親族ですか?」


「息子の……小学校の同級生で、姉妹でお世話になっていた方ですわ。友之の死を、自分のことのように悲しんでくださって……」


 美智子が咄嗟に香代子の設定を使い回して(かば)ったが、山下刑事は手帳をパタンと閉じ、立ち上がった。


「同級生の方が口出しすることではありませんね。警察は、明確な証拠がない限り動きません。そのまくらカバーのシミがなんだというんです? ただのよだれか、食べこぼしでしょう。これ以上、業務の妨げになるようならお引き取り願いますよ」


 冷酷な現実の壁。

 警察署を出た友之は、夕暮れに染まる小田原の空を見上げながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。


「……くそっ! 警察の無能め。あんなシミ一つじゃ、証拠にもならないってのか!」


 友之は悔しさに任せて警察署の壁を殴りつけようと拳を振り上げたが、それが涼子の細い腕であることを思い出し、寸前で拳を止めた。自分の体であれば、血が出るまで壁を殴っていただろう。何もできない無力感が、真っ黒な泥のように友之の心を飲み込もうとしていた。

 その時、小さな手が友之の震える拳をそっと包み込んだ。

 見下ろすと、良亮が真っ直ぐな瞳で友之を見上げていた。


「おじさん。かっこよかったよ」


「え……?」


「警察の人に全然負けないで、大きな声で怒ってくれた。僕、おじさんのそういう諦めないで戦うところ、すごくかっこいいと思う。……なんだか、本当のお父さんみたいだった」


 良亮のその言葉は、警察に冷たくあしらわれて傷ついていた友之の心に、温かい光となって染み込んでいった。

 父親の顔を知らない良亮にとって、自分のために、あるいは家族のために体を張って必死に戦ってくれる大人の男の姿は、彼がずっと密かに憧れていた「お父さん」の理想像そのものだったのだ。


「……坊主」


 友之は膝をつき、良亮の小さな肩を抱き寄せた。女性の体での抱擁(ほうよう)だったが、そこに込められた力強さは間違いなく父親のような頼もしさを持っていた。


「ありがとうな。俺、絶対に諦めねえから。警察が動かないなら、俺たち自身の手で証拠を見つけ出して、犯人の首根っこを引っ張ってやる」


 香代子と美智子、そして竜子が、二人の姿を静かに、そして温かい目で見守っていた。

 一緒に捜査をする内に、良亮の心の中で友之の存在は、単なる「ママの体を乗っ取ったおじさん」から、頼りになる「お父さん」のような存在へと確実に変化し始めていた。

 天井の涼子も、嫉妬するどころか、息子の成長と二人の間に芽生えた絆に感動して涙を(ぬぐ)っていた。

 彼らの戦いは、まだ始まったばかりである。次なる標的は、友之の第一発見者となった会社の後輩、工藤梓(あずさ)への接触だった。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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