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不可思議事件録1 〜被害者の妻に憑依した男の贖罪と、都市を書き換える少年の『青き龍の設計図』〜  作者: たくみふじ
第二章 死の謎を追う

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空白の最期と夏休みの誓い ㈡

青き龍の少年と赤き龍の巫女。贖罪を越え、二人は都市の呪縛を書き換える!

 玄関のドア枠に寄りかかり、真っ赤な扇子を口元に当てて「おーほっほっほっ!」と高笑いする門前竜子の姿に、友之と香代子は完全に言葉を失っていた。

 河崎のうだるような暑さの中、彼女の周囲だけはなぜか涼やかな風が吹き抜けているように感じられる。真っ白なブラウスに紺色のプリーツスカート、そして背中には不釣り合いな真っ赤なランドセル。どう見ても普通の小学二年生ではないその佇まいに、香代子がようやく我に返って口を開いた。


「えっと……良亮くんのお友達? ごめんなさいね、今日はちょっと家族で大事なお話をしていて……」


 香代子がやんわりと告げたが、竜子は赤い扇子をパチンと閉じ、一歩部屋の中へと足を踏み入れた。


「大事なお話、存じておりますわ。お母様のそのお体に、見知らぬ殿方の魂が迷い込んでいる件でしょう?」


「なっ!?」


 友之と香代子が同時に息を呑む。良亮が慌てて二人の間に割って入った。


「香代子おばちゃん、おじさん! 竜子ちゃんはすごいんだよ。僕の周りの変な空気も消してくれたし、ママがそばにいることも分かってるんだ。だから、僕がおじさんの謎を解くって言ったら、手伝ってくれるって!」


 良亮の言葉に、友之は信じられないものを見る目で目の前の小柄な少女を見下ろした。涼子の魂がそばにいることが分かっている。それはつまり、この少女には霊的なものが見えているということだ。

 天井付近に浮かんでいた涼子の魂も、竜子の登場にぱっと顔を輝かせた。

(竜子ちゃん! 来てくれたのね! お願い、この人たちを助けてあげて!)


 竜子は優雅な手つきでランドセルを下ろすと、中から白い和紙に包まれた分厚い封筒を取り出し、香代子に向かってスッと差し出した。


「わたくし、河崎神社の神職の家系で修養を積む身。歪んだ因果の糸をほどき、迷える魂を正しき場所へ導くことは、巫女としてのわたくしの使命でもありますの。……それに、良亮さんの悲しむお顔は、もう見たくありませんから」


「え……? あの、この封筒は?」


 香代子が戸惑いながら封筒を受け取ると、中にはかなりの額の現金が入っていた。


「わたくしの旅費および滞在費ですわ。わたくしの執事を務めております稲葉宗介(そうすけ)が、必要な経費として工面いたしましたの。皆様の捜査の足手まといにはなりません。むしろ、霊的な見地から必ずやお役に立ってみせますわ」


 八歳の少女から渡された大金と、あまりにも堂々とした態度。香代子も友之も、もはやこの不思議な少女の同行を拒む理由も気力も失っていた。


「……分かった。坊主の友達だし、霊感があるっていうなら頼もしいかもしれない。ただし、俺たちは観光に行くわけじゃない。俺の『死』っていう、かなり生々しい現実に向き合いに行くんだ。途中で泣き言は聞かないぞ」


 友之が念を押すように言うと、竜子は涼しげに微笑み、扇子を広げた。


「愚問ですわ。わたくしを誰だと心得る? 門前竜子ですわよ!」


 こうして、世にも奇妙な捜査チームが結成された。

 数日後、本格的な夏休みの帰省ラッシュが始まる直前の八月上旬。河崎のうだるような熱気を背に、一行は新幹線の発着駅である「新横浜」へと向かっていた。

 新横浜駅のコンコースは、スーツケースを引く旅行客や家族連れでごった返していた。

 友之は、香代子が選んだ地味な紺色のサマードレスに薄手のカーディガンという、三十四歳の母親として全く違和感のない服装を身に(まと)っていた。しかし、その歩き方はガニ股気味であり、時折周囲の目を気にしては鬱陶(うっとう)しそうにスカートの裾を引っ張っている。


「ちょっと岩瀬くん! スカートの時はもっと膝を寄せて歩きなさいって言ってるでしょ! お姉ちゃんの品格が下がるじゃない!」


「うるせえな、スースーして落ち着かねえんだよ! なんでズボンにしてくれなかったんだ!」


「夏に長ズボンなんて暑苦しいでしょ! それに、お姉ちゃんはこのワンピースがお気に入りだったの!」


 周囲の乗客たちが、若い女性と清楚な母親の奇妙な口論を不思議そうに振り返る。良亮と竜子は、そんな大人二人を少し離れた場所から呆れたように見守っていた。


「おじさんとおばちゃん、いつも喧嘩してるね」


「ふふっ。でも、波長は決して悪くありませんわ。まるで昔からの悪友のような、不思議な信頼関係の糸が見えますもの」


 竜子のその言葉通り、香代子にとって友之は憎き侵入者であると同時に、小学生時代の懐かしい同級生でもあった。友之の口から飛び出す乱暴な言葉や仕草には腹が立つものの、その根底にある不器用な優しさや責任感は、香代子の記憶の中にある「岩瀬くん」そのものだったのだ。

 一行は新横浜駅から東海道新幹線「こだま」に乗り込み、一路「小田原」へと向かった。

 指定席のシートに腰を下ろすと、良亮は窓側にへばりつくようにして外の景色を眺め始めた。河崎の工場地帯の景色が次第に遠ざかり、緑豊かな山々や住宅街が猛スピードで後ろへと流れていく。

 友之は良亮の隣に座り、座席のテーブルを下ろして駅の売店で買った幕の内弁当を開いた。


「よし、腹が減っては戦はできぬってな。俺はこのために朝飯を抜いてきたんだ」


 友之が割り箸を割り、大きな唐揚げを一口で放り込もうとした瞬間、向かいの席に座っていた香代子がピシャリと扇子で(竜子から借りたらしい)友之の手の甲を叩いた。


「痛っ! なにするんだよ!」


「お姉ちゃんはそんな大口開けて食べないの! もっとお上品に、小さく噛みちぎって食べなさい! 良亮くんの教育に悪いわよ!」


 香代子の小言に、天井付近を漂っていた涼子の魂も深く頷いた。

(そうよ岩瀬くん! 私の体でそんなガツガツ食べないで! ああ、でもそのお弁当、とっても美味しそうね……。私も良亮と一緒に駅弁を食べたかったわ)

 涼子は実体のない自分の手を恨めしそうに見つめ、エアーで唐揚げを食べる真似をした。

 良亮は窓から視線を戻し、友之の顔をじっと見つめた。


「ねえ、おじさん。おじさんは、箱根のどんなところに住んでたの?」


「ん? ああ、俺は小田原から登山鉄道に乗って、少し山を登ったところにある古いアパートに住んでたんだ。実家は箱根湯本の近くで、親父は早くに亡くなったけど、お袋が一人で暮らしてる。今回は、とりあえず俺の実家には行かず、箱根湯本の旅館を拠点にして、俺のアパートや会社を調べるつもりだ」


 自分が死んでいるかもしれないという現実。その事実を母親に突きつけるのは、あまりにも残酷だった。友之は、まずは自分たちだけで死の真相を突き止め、それからどうするかを判断するつもりだった。


「岩瀬くんって、昔からそういうところあったわよね」


 香代子が、駅弁の卵焼きをつまみながら懐かしそうに目を細めた。


「責任感が強くて、一人で何でも背負い込もうとするの。小学校の時だって、飼育小屋のウサギが逃げ出した時、自分が当番じゃなかったのに一人で裏山まで探しに行って、迷子になって大騒ぎになったじゃない」


「あー……そんなこともあったな。あの時は本気で泣きそうになったぜ」


 友之が照れくさそうに頭を()く。

 良亮と竜子は、二人の昔話に興味津々で耳を傾けていた。良亮にとって、大人の「子供時代の話」は新鮮で、少しだけ友之との距離が縮まったような気がした。そして香代子の瞳の奥に、初恋の相手に対する淡い郷愁の念が揺らめいていることに、大人の複雑な感情を読み取るのが得意な竜子だけは静かに気づいていた。

 新幹線はあっという間に小田原駅に到着した。

 そこから一行は、箱根登山鉄道へと乗り換える。

 赤と銀色のレトロな車両に乗り込むと、車内の空気は新幹線のそれとは全く異なり、のんびりとした観光ムードに包まれていた。

 電車がゆっくりと動き出し、急な勾配を登り始める。カタン、コトンという規則正しいジョイント音と、開け放たれた窓から吹き込んでくる風が心地よい。

 標高が上がるにつれて、肌に触れる空気が明らかに涼しく、そして澄んだものへと変わっていく。窓の外には、深い緑の木々が迫るように茂り、時折、山の斜面に張り付くように建てられた古い温泉宿の屋根が見え隠れした。

 スイッチバックを繰り返しながら、電車はゆっくりと箱根の山を登っていく。

 友之は開いた窓から顔に風を受けながら、目を細めて外の景色を見つめていた。


「……涼しいな。やっぱり、山の上は空気が違うぜ」


 その言葉には、故郷に帰ってきたという深い安堵感と、同時に拭い去ることのできない強烈な違和感が混ざり合っていた。

 見慣れた故郷の景色。しかし、自分は今、見知らぬ女性の体に入り、自分の死の真相を探るためにここへ戻ってきたのだ。もし自分が本当に死んでいて、すでに火葬まで終わっていたとしたら。自分のアパートは引き払われ、会社での自分の席は別の誰かに奪われているのだろうか。

 自分がこの世界から完全に「消去」されているかもしれないという恐怖が、友之の心臓を冷たい手で鷲掴(わしづか)みにした。


「おじさん、大丈夫? 顔色が悪いよ」


 隣に座っていた良亮が、心配そうに友之の顔を覗き込んだ。その小さな手が、友之の膝の上にそっと置かれる。


「……ああ、大丈夫だ。ちょっと電車に酔っただけさ」


 友之は無理に口角を上げ、良亮の頭を軽く撫でた。

 天井付近に浮かぶ涼子も、不安そうな顔で友之の様子を見下ろしている。

(岩瀬くん……。怖いのは当たり前よね。でも、良亮がついてる。香代子も竜子ちゃんもいるわ。絶対に、真実を見つけ出しましょう)

 涼子は、肉体を持たない自分の無力さを噛み締めながらも、彼らの旅の無事を強く祈った。

 やがて、電車はブレーキの軋む音を響かせながら、箱根湯本駅のホームへと滑り込んだ。

 ドアが開き、硫黄の微かな匂いと、山の湿気を帯びた涼しい風が車内へと流れ込んでくる。

 一行はホームに降り立ち、大きく深呼吸をした。


「着きましたわね。ここが、あなたの因果の始まりの地」


 竜子が赤い扇子をパチンと広げ、駅のホームの先にそびえる深い山々を見据えた。

 夏休みを利用した、自分自身の死の謎を追う不可思議な捜査。岩瀬友之の空白の最期に隠された恐るべき真実が、この静かで美しい箱根の山中に眠っている。

 友之はギュッと拳を握りしめ、改札口へと向かって力強い一歩を踏み出した。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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