元隊長からの提案
いつもより早く起きた朝。
太陽が当たっていないひんやりした空気を吸いたくなって窓を開けた。吸い込んだ空気は冷たくて水を飲んでいないのに喉を冷やし頭の中をすっきりさせる。何回か深呼吸していると、どこからか規則正しい音が聞こえてきて何の音か興味がわき、急いで着替えて音がする方へと向かった。
シュッシュッシュッシュッ……
(何の音だろう? ずっと途切れずに同じ間隔の音……)
中庭へと向かう道を進んで行くと、剣を振る一人の騎士がいた。
「カーラ伯母様……」
「リリアか? 早起きだな。目が覚めてしまったのか?」
「はい、剣を振っていらしたのですか? もう騎士は辞めたと聞いていたのですが……」
「そうだね、辞めた。辞めたが剣を振るのが毎日の日課なんだよ。これをしないと一日が始まった気がしないんだ」
私に気づいたカーラ伯母様は、剣をしまい朝の挨拶をするとモーニングティーでも入れようと言ってくれたけれど剣を振る姿をもう一度見たくてお願いをしてみる。
「伯母様、あの……ご迷惑でなければ剣を振るのを見たいのですがいいですか?」
「かまわないが……それじゃあ、もう少しやろうか」
そう言うと剣を構え、一定のリズムで空気を切った。
(重い剣をずっとリズムを崩さず振るなんて、さすがカーラ伯母様だわ。私と同じ茶色の髪で紫色の瞳なのに……。綺麗だな)
カーラ・ハウエルは、女王専属の近衛隊の隊長にまでなった人だ。
剣さばきは誰よりも早く、男性騎士でもかなわなかったと聞いている。
(近衛隊を辞めた今でも、剣を置いていないなんて……素敵だわ)
ずっと見ていると自分もやってみたいと思いはじめ、カーラ伯母様と一緒に頂いた朝食の席でやってみたいと願い出ていた。
毎朝早く起きて剣の練習をするようになってから、まだ剣を振ることさえ許されていない。
今はただ剣を構えるだけの練習をしている。
「だいぶ長く剣を構えられるようになったね」
「はい、剣の重さにも慣れてきました」
剣技を教えてもらうにあたってカーラ伯母様からは条件を言われた。
体力がつくまでは無理をしないこと、指示は絶対に従い、やると決めたことは時間がかかってもやりきる事と言われた。
「リリア、今日からは剣を振ってみようか」
「いいのですか?」
「体の中心がしっかりしてきたから剣を振ってもあまりぶれないはずだ」
「はい」
数回振り下ろしてみたけれど、空気を切る音は鳴らなかった。
「カーラ伯母様のように空気を切れるようになりたいです」
「きっと出来るようになる」
「たくさん鍛錬をしたらですか?」
「それも必要だが私はただ剣を振っているわけではないよ。信念を込めて振っている。自分の心と向き合い、いかなる場面でも冷静さを失わないようにしている。物事を判断する時には必要なことだ」
「体も心も鍛錬します」
「そうだな、心も強くなったら、今よりもさらに麗しくなれるだろう」
(麗しく? 剣の鍛錬にはそぐわないような……。よくわからないな)
心の声がそのまま行動に出ていたのか首をかしげ渋い顔をした私を見た伯母様は、ふふっと笑ったあとに、一緒に剣を振ろうと言ってくれた。
剣の鍛錬はとてもきつい時もあったけれど、やりきったあとの気持ちは今まで感じた事のない心の高揚を与えた。夢中になってやり続けた結果、体も丈夫になり剣の腕も上がって伯母様と剣を交えるまでになっていた。
いつものように剣の練習を終えてから朝食をとり、食後のお茶を飲んでいるとカップを落としそうになる事を言われ、しばらくカーラ伯母様を凝視する。
「リリア? 聞いてる?」
「あっはい。驚いてしまって……もう一度お願いします」
「近衛隊の入隊試験を受けてみないか?」
「入隊試験……」
思いもしなかった事を提案され、沈黙していると私の考えを読み取ったカーラ伯母様が気持ちを代弁した。
「思いもよらなかったかな。剣の鍛錬の先は特に考えていないのは解っていたよ。でもやり遂げようとするリリアを見ていると近衛隊に入るのもいいかもしれないと思ってね」
「私が騎士……女王専属の……。できるのかな」
「リリアなら出来る。誰よりも強くなっている。近衛隊に入ったらいろんな相手と剣を交えるし、もっと上達出来ると思うよ」
「もっと上へいけるなら入るしかないですね。入隊試験、受けます」
「そうか。じゃあ、ローウェルト家に返事をしないとな」
「返事?」
「実はリリアの両親から手紙が来ていたんだ。そろそろ戻ってきて欲しいと書いてあったよ。領地に戻っても何も得ない毎日になるなら、今夢中になっている事を続けられるように騎士になるのもリリアにとって新しい道になるのかと思っていたんだよ」
「ありがとうございます、私の事を思って考えてくれていたのですね」
「可愛いリリアの為だからね」
お母様のような微笑みで言われ、家族の顔を思い出し少し寂しくはなったけれど、その気持ちをすぐに消し去ってくれる。
「リリア、私の弟子としての剣技を思いっきり発揮しておいで」
「もちろんです。師匠の素晴らしい剣技を余すことなく見せてきます」
カーラ伯母様からの言葉で師弟関係として認められたと感じた私は、思わず師匠と呼び、深い尊敬の意を示した。
後日行われた近衛隊の入隊試験では、満足そうにほほ笑みながら頷くカーラ伯母様がいて、久しぶりに会えた元隊長へ駆け寄り挨拶する仲間が師匠の周りに人垣を作っていた。




