願い出た処分
目の前の書類の山から一つ一つ仕事を終わらせるべく休みなく手を動かしていると、左手がたまに引っかかり、動かしづらくなった腕を右手で強く握りしめてしまう。最近はリハビリのためと言いながら腕を動かしていると医務長から注意される事が多く、剣さえも持たせてもらえない。
体力が回復し起き上がれるようになった私は、イザベラ隊長の補佐として書類仕事の手伝いを任されるようになった。剣を持っての任務に戻ろうと思い、医務局へ願い出たけれどあまりいい顔はせず、この先の回復具合も尋ねたがいい返事は貰えなかった。医務長から隊長へ報告がいったのか、しばらくは補佐として書類整理の手伝いをお願いされる。
「これは聞かないと解らないな。それにしても隊長おそいな。判断を待つ書類が増えてきたし、そろそろ戻って」
「悪い、遅くなった」
「隊長、遅いじゃないですか」
「すまない、それで片付いたのか?」
「まだですよ、隊長の判断待ちの書類はこの山です」
「そうか、早めに二人で片付けよう。午後には陛下の所に行かなければならない」
「そうですか、残りの書類は私がやっておきます」
「いや、リリアも一緒にだ」
「私も一緒に……ですか?」
「そうだ、一緒にと言っていた」
隊長と一緒に行くということは何かあるのではと考えこんで、仕事の手を止めていると横から次々と書類がきて、嫌でも片付けなければならなくなった。
「二人で片付ければ、早く終わる。終わったら昼食を奢ってやろう」
そう言って私のやる気を出した隊長も今日のメニューは何だろうと言って昼食を楽しみにしているようだった。
▽▽▽
「ふう……」
「緊張しているのか?」
「はい」
「そうか」
一歩先を行くイザベラ隊長の背中を見つめ、女王陛下に呼ばれた理由を考えると、手足が冷たくなっていくようで自然と拳を作る。
陛下は私達を待っていたようで執務室の椅子に座り、「待っていましたよ」と言って見つめてきた。
「女王陛下におかれましては」
「イザベラ、堅苦しい挨拶はいいわ。来て貰ったのは詳しく聞きたかったからなの。事件の経緯は報告してくれたので間違いはないと思うのよ。私が知りたいのはローウェルト嬢の心情ね」
「陛下、先に発言する事をお許し願いたいのですがよろしいでしょうか」
「ローウェルト嬢の発言を許します」
「説明の前に誤らなければなりません」
その場で片膝をついて頭を下げた。
「私は隊長の制止も聞かず持ち場を離れました。この身を持ってしてもお守りすると約束したのに破ってしまったのです。どのような処分も受けます。申し訳ありませんでした」
しばらくの沈黙の中、頭を下げたまま陛下の言葉を待った。
「確かにローウェルト嬢がしたことは職務放棄として処分するのが妥当でしょう。その件についてはイザベラはどう思うかしら」
「私にも謝らせて下さい。申し訳ありませんでした。部下のしたことは隊長として重く受け止め処分したいです。まずは本人からの詳しい説明と心情を聞いてみたいものです」
「そうね、二人とも頭をあげて。ローウェルト嬢、その時のことを詳しく説明を」
「解りました。敵がなかなか中まで踏み込んだことをせず、まるで私達を足止めしているかのような動きを見せていたのでおかしいと思いました。妙な胸騒ぎを感じて私の考えた敵の思惑が合っていたなら閣下が危ないかもしれないと解り、制止も聞かず走り出していました。心の中でずっとその人物がいないでほしいと思っていましたが着いたらやはりいたのです」
「ニール・ワーバンだな」
「はい。守りたいと強く思い、閣下が刺されそうになった時は自然と体が動いて庇っていました。考えるより先に動いていたと言ったほうが解りやすいでしょうか」
「やはり聞かないと解らないこともあるわね。持ち場を離れたのはよくないことだけれど、あなたは騎士として立派だったわ。守りたい者を命をかけて守ったんですもの。それをふまえて処分を考えないとね」
「陛下、私は騎士を辞めたくはありません。でも、辞めなければなりません」
「重い処分にはしないわ。ねぇ、イザベラ」
「……」
私の言葉を聞いたイザベラ隊長は、何かを悟ったのか無言のまま立ち尽くす。
「隊長は医務長から聞いたのですね、私の事を……」
「どういうこと? ローウェルト嬢。何処か悪いの?」
「私はもう剣を持てません。刺された時に肩の腱を切ってしまい左の腕がもう上がらなくなりました。騎士としては致命傷です。剣を振れないのですから」
「イザベラ、知っていたの?」
「はい」
陛下もイザベラ隊長も下を向いてしまう。
「処分を言い渡して下さい。ずっと考えていました。騎士は辞めたくはないと……でもいざ剣を持っても腕が動かないのです。剣を振り上げたい、私の指示通りに何故動かないのかと。一度も振ることなく剣を置かなければならないのが辛かったです。自分では踏ん切りがつけられないのです。どうしても……。だから、処分して下さい」
「本当にいいのですか?」
「はい、自分で決断出来ない情けない騎士です。誰かに言って貰わないと諦められないなんて……」
「リリアは私にとって可愛い後輩だ。これから引き立て、この先私の後継と思っていた大切な私の部下だ……」
「決断出来ない部下に最後の慈悲の処分を……」
目の中に貯まった涙を誰もが流さないように耐えている。
流れ出る前に陛下の優しい声が執務室に響いた。
「イザベラ、言っておあげなさい」
「陛下……」
イザベラ隊長は陛下に礼をしてから私の方を向いて立った。
「女王専属近衛隊隊員、リリア・ローウェルト。任務放棄による処分として除隊するよう命ずる」
「はい、謹んでお受けします。女王陛下、イザベラ隊長……今までありがとうございました」
深く礼をした後に笑顔を見せると、陛下も隊長も私も笑った表情の中に幾筋もの涙の線を作っていた。
「リリア・ローウェルト嬢、幸せになるのです。自分で掴みに行くのです」
陛下からの励みの言葉を貰い、執務室を後にすると晴れやかな気持ちからか颯爽と歩き、最後になるであろうと隊服の徽章を握り絞めていた。




