知らなかったお互いの事
この感覚覚えている。
熱で意識が朦朧として、動けない体はどんどん重くなっていくような感覚……
ぼんやりと浮かぶ人影は、私の額の汗を拭いてくれている。
「いつもありがとう。また熱が出ちゃったわね」
熱を出すたびに心配しながら夜通し世話をしてくれている侍女にお礼を言うと、動きを止めて手を握ってくれた。
「前にもこんなことあったね。あの時は闇に呑まれるのが怖いと言った私を励ましてくれたよね。怖いのはまだ何もしていないからだって言って……もうね、今は怖くないわ。このまま目を閉じて闇の中に落ちても……」
「駄目だ……闇に落ちたら。まだやるべきことはたくさんある。だから、生きるという強い気持ちを持って闇に落ちないでくれ」
侍女は私の手を強く握りしめ、必死に懇願しているような感じだ。
「私のやるべき事?」
「そうだ、たくさんある。幸せになることもやるべきことの一つだ」
「幸せにか……そうね、素敵な事ね」
「ああ」
侍女の返事を聞いて眠りに落ちた私は、握り絞めてくれる手の温もりに微笑んでいた。
▽▽▽
「ここは医務室じゃない」
目覚めた声に反応した人物は、急に私の視界に入ってきた。
「閣下?」
「ローウェルト嬢……良かった。目覚めなかったらどうしようと……」
「私、刺されて……」
「そうだ、かなり命が危なかったんだ。たくさん出血していたしね。運良く急所は外れていたから良かった。本当に良かった」
そう言って私の手を両手で握り絞めながらレイモンドの額にあて大きくため息をついた。
「もしかして夜通し私の側にいたのは閣下ですか?」
「そうだよ」
「てっきり侍女だと……」
「刺し傷で熱が出ていたから意識が朦朧としていると思ったよ。前にもこんなことがあったのは知らなかった。私は婚約者としてお見舞いにも行かないで最低な奴だったんだね」
「……もう過ぎた事です」
「いや、過ぎた事でも誤らせてくれ。本当に申し訳なかった」
突然立ち上がり、深々と頭を下げて誤ったレイモンドを見て素直に気持ちを受け取った。
「王族の血が流れているのに頭を下げるなんて……しょうがないですね。もう頭を上げて下さい」
レイモンドはゆっくりと頭を上げると微笑みながらありがとうと言った。
「私を庇わなければ命に関わるくらいの怪我はしなかったのに、何故庇った?」
「守りたかった。ただそれだけで体が動いていました」
「ローウェルト嬢には傷ついてほしくはない」
「私だって閣下には……傷ついてほしくはないのです」
同じ事を考えていたことに二人で笑う。
「好きだよ、リリー」
「えっ……」
「そんな顔になるし、戸惑ってしまうよね」
「……だって私は閣下にとって煩わしい存在で……うんざりするのだろうと思っていました」
大きなため息をして下を向いたレイモンドを見つめながら、答えを聞こうと待つ。
「君とのおしゃべりは時間を忘れてしまうんだ。お茶会の時は特に話がつきなくて、気がつけばかなりの時間が立っていて、その日の政務に影響が出てしまってね。仕事が出来ない私は無能な王弟だとよく言われたよ。そのせいでニール・ワーバンに付け込まれてしまって兄王には迷惑をかけてしまった。だから、人一倍頑張ってきたし、粛正も率先してやってきた。周りを気遣う余裕もなかった。婚約者だった君にさえ煩わしいと思うなんて、本当の意味で無能な王弟だ」
「ごめんなさい」
「君が誤る必要なんて一つもないよ」
「いいえ、閣下が大変な時に私こそ気遣いが足りませんでした。あなたの事をずっと見てきたから考えれば解ることなのに……私は自分の気持ちを優先させていました。私も無能な婚約者だったようです」
お互いに反省しているからか、しょげた雰囲気が静けさの中に漂い重苦しい空気にしていった。
「リリー、いやローウェルト嬢。私はこれからみっともない振る舞いをしようと思う」
そう言うと椅子から立ち上がり片膝をついてからベットに置かれた私の手を取った。
「リリア・ローウェルト嬢、私と結婚してくれないか? 私の隣に立ち、ともに王を支えてほしい。恋心に遅く気づいた私の事を頼りないとも思うだろう。君を精一杯愛する気持ちを持って頼りない部分を補っていくつもりだ。自分で破棄しておいて情けないと思われてもいい。私は、リリアの事を諦められない」
「閣下……」
レイモンドの真剣な目を見たあとすぐに、視線を下に落とし、今すぐ答えられない気持ちを表した。
「返事をすぐに返せないのは解る。私がこちらに戻って来るまでに返事を考えてもらえるだろうか」
「戻って来るということは、一度ギリニア国へ帰られるのですね」
「ああ、ニール・ワーバンを捕え戻るのが王命だったからね。急所を外したから、我が国での裁判で裁くことが出来る。式典が終わり次第、移送する」
「解りました。戻るまでには返事を決めておきます。そういえば、婚約者候補の方との発表を控えていると聞きましたが……」
「あれは噂だ。お茶会によく誘ってくれていた一人の令嬢がいて、数回参加しただけで噂が広がってしまったようだ。出所はだいたい見当はついている。戻ったら処理してこよう」
「噂だったのですね」と返事を返したあと、レイモンドの部屋から医務室への移動をお願いする。気に入らなかったのか微笑んでいた表情を曇らせ、解ったよと言って口を少し尖らせ拗ねている不服そうな顔に、クスリと笑ってしまった。




