初めてのケンカ
思ったより早く頭の包帯がとれて、額の傷の部分だけをカバーするように布を貼ってからは鈍っていた体を少しずつ動かし始め、剣をいつものように毎日振っては感覚を戻していった。ある程度動けるようになった私は、久しぶりに街の中の警備の任務を任され、注意深く辺りを見渡しながら歩いている。
(もうすぐ式典ね。前に歩いた時よりも賑やかな雰囲気だな)
私の事を捕まえようと路地裏から来た者に気づかなかったせいで、腕を掴まれ時にはもうすでにその者に引きずられながら小道が続く路地奥まで連れて来られてしまった。
「やはり閣下でしたか。途中で気づいたから良かったですが、危うく剣で切り刻む所でしたよ」
「何故いる?」
「見てのとおり、今日は城を離れての任務中です」
「まだ完全には治っていないだろ?」
「額の傷くらいです。頭部と右目の包帯は取れましたよ。やっと任務に復帰です。休んだ分、頑張ります」
「傷が残っている」
「この傷は騎士としての勲章みたいなものです。陛下を守ったという意味もあり、私には誇らしくもあるのです」
「死んでいたかもしれないんだぞ! なんでそんなににこやかに話す?」
「身を挺して陛下をお守り出来たのですよ。嬉しさしかありません。陛下にもお約束したのです。この身が盾となれるように日々鍛錬しますと」
「それで死んでもいいというのか」
いつもとは違い怒っているように感じ、この雰囲気を変えようと明るく話す。
「それでこそ騎士の誉れです。騎士になって良かったと思う瞬間ではないのですか。騎士として死ねるなんて」
「死んだらダメだ! 許さない! 絶対に許さない!」
感情をあまり表に出さないようにしている閣下が、叫びながら私をきつく抱きしめてきた。
「私がどうなろうと閣下には関係ないじゃない。私を心配する必要はない!」
抱きしめられた腕から逃れようとレイモンドを両手で強く突き放す。
「リリーに何かあったらと思うと……失うのが怖いんだ」
元婚約者からの予想も出来ない一言を聞いて、心の中に貯めていた感情が出てきそうになり、思わず下を向いて両手を強く握りしめ感情を抑えた。
「大丈夫です。私は強くなったのです」
「……騎士を……辞めてくれ」
抑えていた感情の蓋を簡単に開けてしまう言葉を言われた私は、怒りなのか、悲しみなのか解らないまま叫んでいた。
「絶対に嫌です! 私の事を気にも止めなかったのに! 煩わしいと思っていたくせに! 私が会いに行くとうんざりしていたくせに!」
「どうしてそれを……聞いていたのか?」
「そうよ、聞いたわ。体調が良くなって久しぶりにレイに会える嬉しさで、あなたの好きなクッキーを焼いて、驚かせようと隠れて待っていたのよ。そしたら聞きたくはなかったあなたの本当の気持ちを知ってしまった。だから……だから……」
叫びながら出た思いと共に、たくさんの涙が頬を濡らしている。
「リリー、ごめん。本当にごめん」
さっきとは違い優しく抱きしめてきたレイモンドに疑問しかわかない。
「こんなことはやめて、どうして抱きしめているの? もうすぐあなたの婚約者が決まると聞きました。誤解されるような行動はやめて下さい」
「それは違う!」
「私には関係ない事です」
「リリー」
「名前で呼ばないで! もう構わないで!」
抑えられない感情を思いっきりレイモンドに向けて放ち、強く突き飛ばした。
私は走りながらきっと泣いているんだと思う。
だって、さっきから両手は忙しく頬に触れて拭き取っているから。
ずっとしまっていたのに一気に溢れてしまった。
顔は涙で酷いことになっているはずだ。
誰にも見られたくはないな。
なんで心配するのよ
なんで抱きしめるのよ
もう嫌だ、こんな感情にふりまわされるのは。
思い出にしていきたいのに
戻りたくはないのに……
ずっと走り続け寮の部屋まで戻ると、止まらない思いを吐き出すように泣いた。そのおかげで泣きはらした顔ができてしまい、鏡に向かって「酷い顔……」と自分に悪態をついた。




