壊された叙勲式典
誰もいない訓練場の中にイザベラ隊長の声が響く。
「その剣を構える時の姿勢は悪い、正せ! そうだ、それで剣を振りながら……もっと剣の重さを軽く見せるように」
「軽く見せる?……」
「回転して遠心力を使えばいい」
「はい」
夕食の時間帯、訓練場が空いている時に剣舞の舞の動きを指導してもらうのが最近の日課になっていた。女王陛下の前で披露するからには、完璧に舞って見せたい。さっきまでジェイも練習していたけれど、何度も優勝している彼にとっては、体がすでに覚えているみたいで簡単な確認だけでいつでも披露できるらしい。軽く練習して夕食を食べにいってしまった。「リリーがんばれ」と言ってくれて嬉しかったし、私も頑張らなきゃと思った。
「だいぶ綺麗に舞えるようになってきた。姿勢を崩さないように気をつけること。今日はここまで」
「はい、ありがとうございました」
イザベラ隊長にお礼を言ってから誰もいなくなった訓練場を見渡す。朝の静けさとはまた違った雰囲気を味わいながら荒かった息が落ち着くまで壁に背中を預け座った。
「練習終わったのか」
かけられた声の方を見ると入り口の所にレイモンドが立っている。
「はい、終わって少し休んでいました。閣下は何故ここに?」
「書類仕事が丁度終わったから、夕食を一緒にどうかなと思って迎えにきたんだ。剣舞の練習をこの時間にしていると聞いたからね」
「私は食堂でいつものようにとりますけれど、閣下は別メニューがあるのではないですか? 国賓になるわけですし」
「確かにそうなんだが独りでとる食事はどうも味気なくて食べた気がしない。食欲がなくなる。だから一緒に食堂で食べて欲しい」
「……解りました。いいですよ、剣を片付けてきますね」
優しい眼差しでお願いされ、断れなくなった。
(今までそんな顔をしたことないのに)
戸惑いながら剣を片付けていると
「ローウェルト嬢、気をつけて」
優しい声の中に心配が混じったような話しかけで動きが止まった。後ろを向くのが怖くなる。どんな顔で声をかけたのか考えて、頭の中に浮かんだ表情を確認したくなかったからだ。
「どうしたんですか? 何の心配ですか」
後ろ向きのまま、明るい声色で軽くあしらった。
「剣舞披露の時、何も起きなければいいんだが……ワーバンが何か仕掛けて来るかもしれないと、不安になっている」
「大丈夫ですよ。私は今回優勝しました。誰よりも強い騎士です。何かあったら任せて下さい」
明るく笑いながら握った拳を胸に当て、元気に答える姿をレイモンドに見せた。
(心配しないで、優しくしないで。婚約者だった頃は、会いにさえ来なかったのに。私との長いおしゃべりが煩わしいと思っているくせに。ほらっ考えたくない事が次々と出てくる)
この感情を素直に表してもろくな事にはならない。そう思った私は同僚に接するように明るくふるまった。
「たくさん動いたからお腹空いちゃった。行きましょう、食堂へ。いっぱい食べるぞー」
(思っていたより大きな声が出てわざとらしく見えたかな。いや、気にしなくていい)
とにかく今は、湧き上がった醜い感情を隠したかった。
食堂へ着くと賑やかな声と共に労いの声もかけられる。
「リリーお疲れ様。ここにおいでー」
「お疲れ様、ジェイ。夕食は? 食べずに飲んでいたのね」
「まあね、剣舞の仕上がりは?」
「どうにかなりそうかな」
「そっかぁ、さすが俺のリリー」
からかい混じりの口笛が聞こえてきたけれど、意味が解らず無表情になる。
「あははは、リリーが解ってなくて可笑しいな。あははは」
「飲み過ぎて陽気になってる」
「あははは、そうかも。あれっ閣下もいたんだ」
「さっきからいたんだが……」
「さっきから、あはははー。気がつかなかったーあはははー」
みんなとくだらない話をしながらとる夕食は、誰もが笑いその笑顔も私にとっては一品になり、今日の疲れと負の感情を忘れさせてくれた。
▽▽▽
真っ白な隊服は所々に入った金糸の刺繍をより目立たせ、目を細めて見なければ眩しいくらいに感じ、着慣れない真新しさに背筋が伸びる。
「リリー準備できた? おおー、綺麗、可愛い、似合ってるー」
「ありがとう、ジェイも素敵ね」
「ありがとう、誰にも見せたくはないな」
「私は陛下に見せたい」
「まぁそうだよね。練習頑張っていたしね」
「うん」
「では、行きましょうか。リリア・ローウェルト嬢」
「はい、行きましょう。ジェイド・ハウエル様」
二人揃って大聖堂の講堂へ入って行くと、優勝者を称える音楽が流れてきて気持ちが高揚した。正面には女王陛下と大司教様がいる。ステンドガラスから入る光は大理石で作られた講堂を綺麗に照らし、神聖な場所をより強調して見せた。
先に披露したジェイの舞を見ながら心の中で感嘆の声をあげ、どこかカーラ伯母様の面影が垣間見え、師匠の剣技を舞にしっかり込めようと心に誓う。
私の名前が呼ばれ中央まで行き、深い礼をする。
舞始めは緊張していたけれど、途中からまるで自分の体ではないような感覚になり、剣の重さも感じることなく完璧に舞うことが出来た。舞終わり、一人一人が女王陛下の前へ進み出て優勝者に与えられる勲章を貰う。ジェイが嬉しそうに勲章を貰っている姿に惜しみなく拍手を送り、私も笑顔で迎える陛下の前へゆっくり歩み出た。
「おめでとう。カーラも喜んでいることでしょう」
「ありがとうございます、女王陛下」
一礼するのと同時に、もの凄い爆音が講堂の中に響いた。顔を上げ見えたのは無数の石が女王陛下に向かって飛んできている光景だった。石が当たらないように陛下の上に覆い被さり、地面に倒れてしまう。
「うぅ……」
「陛下!」
「……私は大丈夫よ。私を庇ったローウェルト嬢が」
「陛下を安全な場所にお連れしろ。急げ!」
「リリーしっかりしろ。リリー」
「ローウェルト嬢! くそっワーバン!」
この時の私は飛んできた石が頭に当たり、意識を失っていた。頭から流れ出た血で床面は血に染まり、その光景が見た者すべてに絶望感を与えたらしい。心配した周囲の者たちからは、悲鳴や悲痛な声が入り交じって、講堂の中を騒然とさせ、その時ばかりは神聖な場所が悲惨な有様になっていた。




