恋々 (レイモンド視点)
「リリー、可愛かったな」
机の上の書類に目を通しながらぽつりと言った言葉を見逃さなかったのか、マーカスも先ほど見た剣技会の事を話し始めた。
「ローウェルト嬢の剣さばきは美しかったですね。勝った時の笑顔もかわいらしくて、きっとこの先婚約者候補に名乗りを上げる方がたくさんいらっしゃるでしょう。この国で幸せに暮らして行けそうですね。良かったです。閣下も婚約破棄したてまえ、一安心というところではないでしょうか」
「……」
妙に饒舌なマーカスの顔を見ると何故か含みのある笑い方をしている。その笑い方が気持ち悪いのか、何に対してこんなにも心がすっきりしないのか、と考えても出てこない答えに頭の中は支配され、返事さえも面倒になっていた。
「ローウェルト嬢には決まった方がいないと伺いましたので、私も婚約者候補に名乗り出ようかと、ふと思いました。美しい剣技でしたし、麗しの剣豪姫というなんとも魅力的な名でも呼ばれているみたいですよ」
口から出る言葉にいらつきながらも、笑顔で話しているマーカスを見ると何かを試しているかのように見える。
「何がしたい、さっきから私を煽っているのか」
「普通に話しているだけですよ。閣下こそ何故こんな会話に苛立っているのですか? 会話の内容がローウェルト嬢でなければこんなにも苛立ったりしないのでは?」
「……」
「自覚したらどうですか? 素直になるべきです」
「……リリーに近寄る男どもがこんなにもむかつく存在になるとは……。隣にいるのは私ではない誰かと思うと苦しくなる。だから、婚約者候補に名乗り出ないでくれ」
「解りました」
少しほっとしながらマーカスの顔をみると哀れんでいるかのような顔をしている。
「その顔……やめてくれ。じぶんでも解っている。婚約破棄までしているし、騎士団長よりなんだか負けている気がする。私が抱き上げて優勝を祝ってやりたかった。可愛いを素直に言えるやつを羨ましい、妬ましいとさえ思う。こんなにも自分は嫉妬深いのも初めて知った」
「もうすでに手遅れですが……そうでもないような……」
「慰めてくれるのか?」
「慰めはしません。好転させるのが閣下次第ということで励ましの一言としてお受け取り下さい」
今さら遅いだろうと思いながら、渡された書類に目を落とし黙っているマーカスを見上げると、いつもより笑顔がまぶしいくらいになっていた。
「励ましてくれてありがとう」
「ははっ微妙な顔をされてお礼を言われるとは思いませんでした」
「私なりに頑張れということだろう?」
「まぁそうですね。やっときたすごく遅い恋心ですので、当たって砕けるのもいいのではと」
「砕けたくはないがな」
「閣下の初めての遅い恋がうまくいきますように。初めての遅い恋を応援したいと思います」
「連呼するな、連呼を。こっちが恥ずかしくなる」
「それはすみませんでした」
軽く礼をしたあとに次々と書類を渡してくるマーカスは、真面目な性格が行動に伴うように、話している間も私の手元を確認しながら仕事を片付けていった。
「この書類、騎士団からのか……。また逃げられたようだ。逃げ足だけは無駄に早いやつだ」
「そうですね。宝石店のオーナーでいるうちはすぐに見つけられると思っていたのですが足取りがまったく掴めないまま今じゃその店はもぬけの殻です。しかも店のオーナーも変わったようです」
「ある程度、稼いでからすぐに引いたんだろう。販売差し止めをもう少し早くしていたら良かったんだがな」
「我が国ではない以上、どうすることも出来ませんでした」
「この国と友好関係を続けていく上で下手なことは出来ない。歯がゆいな」
「式典まであと少しです。ギリニアの者で捕えたいですね」
「そうだな。次はどうくるか……」
「女王陛下が皆の前に姿を現すのは……剣舞……優勝者の剣舞披露の時ではないですか?」
「はぁ……ローウェルト嬢、何も起きなければいいが……剣舞が行われる大聖堂を警備強化だ」
一度湧き上がった不安はどこまでも広がり、気持ちを奮い立たせようと思っていても簡単に気力を沈めていってしまう。何も起らないでくれという願いだけが希望として心に残り、唯一の活力として私を突き動かしていた。




