心情にとらわれて
「報告します。昨夜遅く宝石店から走り去る馬車を見かけたという者がいました」
「目撃者がいたか」
「ジェイ」
「来たね、リリー」
騎士団長として部下に指示を出すジェイに声をかけづらかったけれど、来るように言われていたからには早く合流しなければと声をかけていた。
「少し待っていてくれるかい?」
軽く頷き離れた所で待った。
式典が近づいている今、王宮御用達の宝石店で窃盗事件が起こったと知らせがきたのは明け方の事だった。すぐに騎士団が駆けつけたが窃盗団が走り去った後で、荒らされた店内を見る事になったとイザベラ隊長から聞いた。私が呼ばれたのは昨日この付近を警備していたからだと思う。気になることはなかったのか記憶を辿っているとジェイの指示が聞こえた。
「目撃者は少ないと思うができるだけ聞き込みをしろ。夜遅くまでやっている店の客が何か見ているかもしれない。そこを重点的にだ」
騎士団達は足早に駆けて行き、目撃者からの情報を集めようと我先にと競いながら走って行った。
「リリー、こっちに来てくれるかな?」
「窃盗事件があったのはこの店?」
「そうだ。ここは陛下の宝石の加工も時々お願いしている店なんだ。式典が迫る中、事件が起こるとは思わなかった」
「高い宝石が狙われたの?」
「それが宝石とは呼べない粗悪な石ばかりなんだ」
「粗悪な石……」
「水晶ばかり盗まれていてね、それも白く濁ったものばかりで売り物にはならない石なんだよ。何のために窃盗したのか解らなくなるよね」
腕を組みながら肩を落とし項垂れるジェイは、疑問に思ったことの謎が解けなくて、いつもの笑顔が消えていた。
「リリー、昨日はこの周辺の警備担当だったよね。何か気になることでもあった?」
「特になかった。怪しい人物も見かけなかったし、気になる点がなかったから。下見なしで計画実行してない? まさかね……」
「うーん、詳しく調べる必要があるね。ありがとう、リリー。任務中に呼び出してごめんね」
申し訳なさそうに言ったあと笑顔に戻ったジェイを励ましてからその場を後にした。
任務へ戻ろうと王宮への道を急いでいると、物陰から覗く人影が気になり追いかけた。
「逃げるなんて卑怯ですよ、閣下」
フードを深く被った人物は諦めたのか足を止め、ゆっくりとこちらに向きを変える。
「よく気づいたね、ローウェルト嬢」
「そのような格好でコソコソと何をしているのですか? 怪しさしかありません。今回の窃盗犯と間違われますよ」
「私が犯人だと最初から疑ってはいないのか?」
「閣下にとって何の得にもならない行動をする訳がありません。下手したら外交問題になりかねない事をするはずがありません」
「さすがだね」
「それでこの国で何」
「今は言えない」
私が話し終わる前に答えた顔は、言葉の中にある意志が伝わるような表情をしている。
「私は騎士です。はい、そうですか。とは言えません。私に言えないのでしたら報告するまでです」
「……少し待っていてくれないか? 必ず私から説明する。だから、少しだけ……。お願いだ」
深々と頭を下げ懇願する姿を初めて見た私は、狼狽えてしまった。
「少しですよ。今は見なかったことにします」
「ありがとう、ローウェルト嬢」
嬉しそうな笑顔でお礼を言われた私は、軽く頷いてから王宮へ戻った。
王宮へ戻ってすぐに女王の警備が強化され、お祝いの雰囲気がこの事件で一変してしまったのを感じた。
剣がぶつかる音が訓練場に鳴り響き、ジェイの声で我に返る。
「考え事をするな! 隙を作るな!」
荒い息を吐きながら剣を下ろし、すみませんというとジェイはいつもの笑顔になった。
「どうしたの? リリー。君らしくないよ。あっ可愛いのは変わらないけど」
「すみません」
「リリー、何かあった? 何度も謝るし……」
「……」
「今日の練習はもうやめよう。剣に迷いがある感じだからね。これから一緒に朝食をとろうよ」
「……」
「さあ、行くよ」
腕を引かれながらジェイの背中をみると、すみませんと小声の謝罪を言っていた。
食堂に着くと、座って待っててねと言われ窓際の明るい席に座る。
暖かい日差しにほっとしながら外の景色を見ていると両手に朝食を持った笑顔のジェイが戻ってきた。
「おまたせ」
「ふふっ、そんなにたくさん食べられないよ」
「大丈夫、残ったら食べてあげるからね」
そう言ってテーブルに置かれた朝食を二人で食べた。
食べきれなかった分はジェイが食べてくれて、お腹いっぱいになった私は食後の紅茶を満足気な表情で飲む。
「オムレツ美味しかったね、リリー」
「ええ、野菜とチーズが入っていて美味しかった」
朝食の美味しさに満足したのか笑顔で話すジェイに私も笑顔で答えると、急に真面目な顔つきなり、まわりの空気が張り詰めた様な雰囲気をジェイから感じる。
「リリー、何か話すことない?」
「……ないよ」
「リリーは可愛い。だから何でも許せてしまう。だけど国に関しての事なら騎士団長として見過ごせない。話してくれる? 女王陛下専属近衛隊員、リリー・ローウェルト」
名前を呼ばれ騎士としての責務はどうしたと、自分の心を見つめてから問答した。
「窃盗事件でジェイに呼ばれた日の帰りぎわに、フードを被ったフォンス公爵がいました。窃盗犯ではないのですが、何をしているのか問いただしました」
「フードを被っていた? あの場にいることが知られたくはなかったのだろうか」
「自分から説明する用意があるらしく、報告するのは少し待って欲しいと言われ、あの時見なかったことにしたんです。申し訳ありませんでした」
思わず立ち上がりジェイに向かって深々と頭を下げ謝った。
「リリーは心の葛藤をしていたんだね」
「はい……」
「ふう……解った。座って」
頭を下げたままゆっくり着席すると私に向けた優しい声で頭を上げる。
「リリー、君は女王陛下専属の騎士だ。女王へ忠誠を誓ったはずだ。女王に何かあったらどうする? 真っ先に向かうし、守ろうとするだろ? 何かあってからだと遅いんだ。未然に防ぐことも大切なんだよ」
「はい、私情を優先させたことは騎士として間違っていました」
「解ればよろしい」
いつもの優しい笑顔に戻ったジェイは、大きな手を私の頭に乗せ軽くポンポンとすると、今日も一日頑張ろうねと言ってくれた。
任務へ向かおうと食堂から出ると、大きな声で向かって来る団員に目が止る。
「団長、大変です。女王陛下のお茶に毒混入との知らせです」
その知らせに全身から一気に血の気が引いていき、動けなくなってしまう。
「リリー」
肩に乗せられた手の重みから我に返った私は、女王陛下のもとへ誰よりも早くと駆け出していた。




