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エピローグ.箪笥の奥…(娘?)
数年ぶりに家へ来た。
玄関を開けると、空気の匂いが変わらないことに気づく。
古い木と、少し湿った畳の匂い。
誰もいない家は、思っていたよりも小さく見えた。
廊下のいちばん奥、渡り廊下の先の蔵にあの箪笥がある。
昔からずっとそこにあったものだ。
引き出しを開ける。
樟脳の匂いが、ふわりと広がる。
着物が、きちんと畳まれて並んでいる。
規則正しすぎる程、整然と。
どれも同じ形で。
どれも見覚えがある。
帰省した時、母が嬉しそうに出してきたものだ。
「似合うわよ」
そう言って、鏡の前に立たされた。
私は、その時何を思っていたのだろう。
着物の上に、そっと手を置く。
布はひんやりとしていた。
ふと、気づく。
この箪笥、こんなに奥行きがあっただろうか…。
私は少しだけ身を乗り出す。
暗い奥の方から樟脳の匂いが流れてくる。
首をかしげながらも、私は手を離した。
引き出しを閉める。
箪笥は、少し軋んだ音を立てた。
家の中は静かだった。
まるで、何かがまだそこにしまわれているみたいに。
それが物なのか、記憶なのか、この家の歴史なのか…。
私はしばらく立っていた。
それから、そっと蔵を出た。
了




