宴会
カナカナカナカナカナ・・・・・・
ひぐらしが鳴き始めた・・・
窓から入る西日を受け、オレンジ色に染まった部屋の中。
俺はベットに横たわり、天井を見上げている。
何にも考えず、何もせず、ただ、寝転んでるだけ。
つい一ヶ月前までは食う、寝る以外は部活だったのに。
中学3年生の夏、最後の吹奏楽のコンサートの練習に俺は没頭していた。
起床→朝飯→登校→朝練→睡眠(授業)→昼飯→睡眠(授業)→部活→帰宅→睡眠→そして起床に戻る
というハードかつ非受験生的な生活を送っていたのが夢のようだ。
部活を引退したとたん何もやることがなくなって、かといって勉強する気も起きなくて、俺はただ廃人のように部屋で寝ているだけだった。
いかに部活が俺の生活を支配していたかが実感できる。
しかし・・・
俺は部活で何を学んだんだろう。
何を得たんだろう。
奪われたものなら、睡眠時間、勉強時間、恋愛、遊び時間と数えてみればきりがないが、じゃあ、得られたものは?
・青春の汗と涙(そんなばっちいものできれば流したくない)
・吹奏楽の技術と知識(素人に毛が生えた程度のもんだ)
・腹式呼吸(多分これから一生役に立たないだろう。ていうか実際やってみると結構苦しかったりする)
・友との思い出(毎日話したけど、どんな話をしたかすら覚えていない)
こんなものを俺は自分の時間を犠牲にしてまで得たのか?
冗談だろ?
「なぁ、樹。」
「うん・・・」
放課後の教室。
ギャーギャーとうるさい奴らがいなくなった、静かな空間。
窓の外は雨。
「聞いてんのか、おい。」
樹に問いかける。
「聞いてない。」
「殴っていい?」
「だめ。」
聞こえてんじゃねーか!
「あ、ごめん、俺用事思い出したわ。」
「え?」
「じゃな」
「え?おい。樹ー」
・・・
帰るか。。。
立ち上がってふと窓の外を見ると、校門の桜の木の下に誰かが立っている。
それは片桐だった。
傘を忘れたのだろうか。
雨の中一人で立っている片桐は、なんだか泣いているように見える。
そこに樹が傘を持って走ってくる。
樹は・・・片桐と・・・並んで・・・
「くっそぉ・・・」
「ア、起きタ!」
ずいぶん明るい声が聞こえてくる。
目の焦点が合い、最初に見えたのは―――
美女、だった。
黒髪にメイクはしていないのか、嫌なけばけばしさが一切ない。
着けている体のラインがはっきり出る独特の衣装は恐ろしく彼女に似合い、その神秘性を極限まで高めている。
その美女は、まさに天使か女神のような笑顔を俺に向け言った。
「もウ起きなイカト心配しましタ!」
ああ、日本語が苦手な女神なんだなぁ。
ここって天国なんだろうなぁ。
俺死んだんだろうなぁ。
「残念だけど、死んでないわよ。」
え?
振り向くと、片桐が呆れ顔でこっちを見ていた。
女神がよく通る大きな声で、「おーい、起きたヨー」と誰かを呼んだ。
すると、奥からゾロゾロとこれまた美女たちが10人くらい入ってくるではないか。
「あれ?ここって天国とかじゃないの?」
「エ?天国?・・・あっハッハッハッハ!ここは私たちの家だヨ!」
やたらに明るく笑った女神は、さらにこう続けた。
「いきなりアナタがドアをバーンて入っテきたときはビックリしましタ!」
どうやら俺は車から吹っ飛ばされた後、そのままの勢いでこの家のドアを突き破ってしまったらしい。
この家は女神たちのもので、なぜか砂漠の真ん中に立っていた。
彼女らはドアのことを許してくれたばかりか、俺たちを家に上げてくれ、さらに今日は泊まっていけとまで言ってくれた。
みんな美人な上になんだかやたらと距離が近いので、俺と樹はソワソワしっぱなしだった。
おまけに夕食の時には彼女らの国の郷土料理をご馳走してもらった。
それは春巻を柔らかくしたような料理で、想像を絶するうまさだった。
「いやぁ、本当にありがとうございます。」
よく冷えたお茶を飲み干してから、心から感謝の念を込めて言った。
「気にするナ気にするナ!こういう時こそ助け合いヨ。アナタたちハ向こうの町カラ来たのカ?」
マイさんが笑いながら答える。
「はい。日本に住んでました。マイさん達はどこから?」
「ベトナム!日本に出稼ぎに来てタ!」
「へぇ、そうなんですか。それにしてもこれ美味しいですねー。こんな美味しいものがベトナムにはあるんですね。」
「チャーヨーていうノ!ベトナムの料理!わたしノ一番得意な料理!」得意げに彼女は言う。
「あんたはこれしかつくれないんだろガ!」
すると隣に座っていたアンさんがツッコミを入れる。本当に明るい人たちだ。
「みなさん全員で日本まで来たんですか?」
「そう。みんなで日本まで来タ。私たちの国いい仕事ないから来タ。日本はいい国。食べ物は美味しいシ、水がきれイ。それに平和。親切な人もいル。」
「そんな、マイさん達ほどではないですよ。」
「私たちも、日本に来てもっと親切になっタ。」
なんだかまるで自分のことのように褒め立てられて、少し照れる。
俺は話を変えることにした。
「そーいえば、なんでこんな何にもないところに住んでるんですか?」
「本当はここにも街があっタ。でも、みんなが行ってから家が消えてしまっタ。」
「え?どういうことですか?」
「この街の人たちハみんな帝国に行ってしまっタ。帝国に行った人の家は消えちゃっタ。だから、ここは砂漠になっタ。」
「ええ?それって、ここにも街があったってことですか?」
「うン。」
ここって、この砂漠の中に!?
いや、考えてみれば当たり前か。
俺たちの街も砂漠の真ん中にあったんだから。
人がいなければ街はなくなって、街がなくなればそこにはもうなにも残らないんだ。
「あなたの街はどうなったの?」
「え?ああ、まだありますよ。ここと一緒で、大分人数は減っちゃいましたけど。」
「そう・・・なんでみんなあそこに行っちゃったのかナ」
突然の彼女の弱気な顔にドキッとする。
「やっぱりスマホじゃないですかね・・・」
「あんな小さなもののためニカ!?みんなおかしいヨ!」
「そうですよね・・・みんなおかしいですよね・・・俺も」
「エ?」
「いや、なんでも。」
昨日までは俺も帝国に行こうかと心のどこかで考えてたんだ。
あんなに小さなもののために。
スマホがなかったらなんなんだ。
何が困るんだ。
なかったらこんな風にみんなで話したらいいじゃないか。
皆の顔を見て、直接話し合ったらいいじゃないか。
無理にSNSなんか使わなくても・・・
いや―――
でも、俺はこの世界に来なければこんなことは考えず、四六時中スマホをいじっていたんだろう。
どんなにわずらわしくてもスマホを使って、既読が付かないことにイライラしてたんだろう。
「お茶。」
「え?」
気が付けば、マイさんが俺のコップに手を伸ばしている。
「あ、どうも。」
返されたコップに口をつけ、一気に飲み干す。
なんだか体が熱くなってきた。
「いやー、ベトナムはお茶もおいしーんですねー。」
「ア―――――!!」
「んー?どしたんですかー?」
「ごめン。それ、お酒だっタ。」
「えー?まじですかー?えー?お酒―?そうかー、どうりでおいしかったわけっすよー。ふう、もう一杯」
「ダメ!これ強イお酒!絶対ダメ!」
「おーい大樹、乾杯しようぜー!」
見ると、向こうから千鳥足の樹が酒瓶を持って歩いてきている。
見ないと思ったらもう飲んでたのか。
「おおー。なにそれ日本酒?」
「うん。これがうまいんだよー」
俺のコップには透明な日本酒がなみなみとつがれた。
「かんぱーい!!」
「ちょっト、二人とモ!」
マイさんの制止も聞かずに二人でガバガバ酒を喉に流し込んでいると、片桐がやってきた。
「二人とも何飲んでるの!?もしかしてそれお酒じゃない!?」
「えー?そうだよー?うまいよー?片桐も飲む―?」
「ちょっとやめてよこんなときに二人そろって!」
「そうだよ、お兄ちゃん!」
いつの間にか樹の妹も出てきている。
「千夏の分もあるぞー?飲めよー」
「お酒はやばいって!法律的に!」
「ここ妄想空間だからだいじょぶだってー!」
「いや、でも、」「いいからいいからー」
「だめだって。」「いっきいっき!」
「やだ、ほんとに、ちょっと、や、」
こうして半ば強制的に片桐は一口だけ酒を飲まされた。
「・・・」
「ん~?片桐どしたの~?」
「千夏―。おーい。どしたー?」
「・・・サル」
「えー?な
「こぉのサルーーー!!!!!」
片桐の怒号が家中に鳴り響く。
一気に酔いが覚めた俺と樹は顔を見合わせ、もう一度片桐の方を振り返った。
「え、千夏どうした」
「どうしたもこうしたもあるかこのサルッ!!ちょっと酒飲んだぐらいで調子乗ってギャーギャー騒ぎだしてよぉぉ!見た目だけじゃなくて脳みそまでサルなのかこのハゲッッ!」
・・・
短い沈黙の後、樹がオロオロしながら片桐に尋ねる。
「ち、千夏・・・?大丈夫・・・?」
長い髪を振り乱し、ふらつきながらも片桐は続けた。
「何が大丈夫だ!!お前のお陰でこの通りフラフラだよ!大体お前は調子に乗りすぎなんだよ!ちょっとガラが悪くて喧嘩が強いだけでいきりやがって!しかもいきるだけいきってタバコとかになると『学校で吸ったらダメって言われたから』とか舐めてんのか?お前あれか?あれだろ、DQNだろ。DQNのなりそこないらろ!社会のゴミが調子乗んらよ⁉︎」
「・・・」
すっかり沈んでしまった樹が面白すぎて、俺は思わず吹き出してしまった。
「あ?お前今笑ったか?」
「わ、笑ってない!」
「嘘つけオラァ!お前も酒飲んで調子乗ってらくせによー!ヒック」
「いやぁ俺はぁ・・・なんていうかそのぉ・・・ノリにのったっていうかぁ・・・」
「らいたいお前ここにきてかららいぶん元気にらったなぁ?リアルらくそコミュ障ろくせによぉ。ちょっと話せるようにらったくらいれ調子のんらよ?」
こ、心が痛い。
「らいたいらんなんだよ・・・二人そろってしゃれりまくりやらって・・・わたしも入れろよ・・・寂しらったんらぞ・・・?」
何とか週一更新頑張ります。




