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雨はいつか止んで、優しさが世界を包む  作者: 佐田やすひ
第3章
28/34

これから

澄みきった泉の水面が朝日に照らされて、光り輝いている。

その金色の水を両手ですくい、パシャリと顔にかける。

ヒンヤリとした感触が癖になり、さらに二、三度かける。


この世界に来て、もう1週間が経過していた。

どうも世界全体からみると大人より子供の方がやや多いらしく、俺たちのような数人のグループがいくつもあった。

昼の間はそれぞれのグループで街を探索し、夜になると自然にみんなで集まるようになり、世界についての報告や雑談をしたりするようになっていた。

この泉は5日前、探索中に偶然町の近くで見つけた。

それからは、朝にこの泉で顔を洗うのが日課になっていた。

街並みをぼんやり眺めながら歩いていると、数人の大人たちが何やら話している。


「おい、聞いたか。もう若い奴らの半分ぐらいが帝国に行っちまったらしい。」

「ええ?まじかよ!」


そう、問題の帝国の方なのだが・・・

最後に送られてきた国民の権利が強烈だったようだ。

赤いスマホはあのラインの次の日には消えていた。

現代人にとって、スマホを取り上げられることは、ヘビースモーカーがタバコを取り上げられた時くらいの抵抗がある。

皆はどんどん帝国に入国していった。

あのラインがあったその日から入国したやつもいたらしい。

かくいう俺も、ポケットにスマホがないのが恐ろしく不安で、歩くたびに軽くなって揺れなくなった右膝を気にしている。

もちろん俺も含めて皆はスマホを出そうとした。

しかし、スマホ自体が出ても、その中には何のアプリも入ってないし、入れられない。

なんとかSNSだけでも・・・といくら頑張ったところで意味はない。

片桐曰く、「妄想空間全体を統率している主じゃないと、そういう情報関係のことはできない」のだそうだ。

確かに、いくら連絡を取りたくてもお互いのことも知らない状態ではどうしようもない。

でも、じゃあこの世界の主は10万人の人間を把握してるってのか?

一体どんなやつなんだろう・・・


色々考えているうちに、いつの間にか俺たちの家のすぐ近くまで帰って来ていた。

この街にはいくつも家があり、その全てが無人だった(当たり前だけど)ので、適当な一つを選んで皆暮らしていた。

街並みは日本の住宅街そのものだった。


俺たちの家が見えてきた。

家の前で、樹と近所の大学生グループが話しているのが見える。

グループの一人の雄二さんが諭すように言う。

「でもこのままじゃ何にも分からないままだし、ここにずっといても何も変わらないだろ?」

「だからってあそこに行くことないだろ。何されるか分からないぜ。」


またか。

ここ数日でもう10人ぐらいが帝国に行くのを見送ってきた。

この大学生たちとは、気があってよく話していたから残念だ。

もうああなったら何を言っても聞かないだろう。


「このままじゃなんの情報も入ってこないんだ。帝国まで行かないとどうにもならないだろ。」

「スマホのことか?」

俺が割って入る。

「でも、そのスマホを持っているのは帝国の中の人だけなんだろ?それに、帝国には一度は入ったら出られないって噂もあるし。今の所スマホを持っている人は少数派だろうから、今行くのはやめた方がいいよ。」

「それに、本当にスマホをくれるかも分かってないんだろ?」

樹が付け足す。


それでも雄二さんたちは引く気がないようで、どうしても行くと言って聞かない。

終いには樹が言い放った。


「お前ら、ここから出ることを忘れてないか?」


樹の言葉に思わずハッとする。

俺、元の世界に帰ることよりも、この世界で快適に生きて行くことの方を考えてたかもしれない・・・


「分かったよもう好きにしろ!昼には出発するからな!」


結局説得することはできず、雄二さんたちは行ってしまった。


「これでもう3回目だな。」

樹が残念そうに言う。

「うん。また止められなかったな。」

答えながら家のドアを開ける。

中には片桐と、もう一人、見覚えのある小さな子どもが座っていた。

その子供にはどこかで見覚えがあった。

「えーっと、たしかこの子って樹の妹だっけ。」

「知ってるの?」

片桐が俺に尋ねる。

「うん。前に妄想空間で会ったから。て言っても妄想だけど。」

「そいつ、起きたらいきなりいたんだ。」

樹がドアを閉めながら言う。

「まあ、お前シスコンだしな。」

「うるせえ。」

否定しないのか・・・




その日も昼から外を探索した。

というよりも、特に他にすることもなく、家の中にずっといるのもなんなので、フラフラと歩きまわっているだけだ。

外は妄想のものだとは思えないほどの暑さで、10分も歩けば喉がカラカラになる。

俺たちは遭難者のように、行くあてもなく辺りをうろついた。

突然ガラスの割れる音がして、同時に叫び声が聞こえてきた。

また喧嘩のようだ。

ここ数日、喧嘩が街のあちこちで頻発していた。

いきなりこんな意味不明な世界に見ず知らずの人たちと閉じ込められては仕方がないことなのかもしれないが・・・

近くまで行ってみると、喧嘩したらしい二十歳ぐらいの二人の男は既に何人かに取り押さえられていた。

俺たちはホッとしてその場を離れた。

この世界で下手に喧嘩なんかしたら、痛いだけでは済まない。

現実世界の体にどんな影響があるかも分からない。

そういえば、現実世界の俺たちの体はどうなっているんだろう。

いくら外では時間がゆっくり流れているとはいえ、止まっているわけではないのだ。

俺は寝ている間だったからよかったものの、車を運転中の人とかもいたんじゃないか。

いや、きっといただろう。

その人たちは気が気でないだろう。

そうじゃない人たちも、少なからず現実世界にそういった不安を持っているようだった。

みんな意識してなのか、あまり外の話をしなかった。







それからさらに1週間が経過した。

帝国への入国者は日に日に増え、町の人口はどんどん減っていっているようだった。

最初のうちは帝国に反発的だった大人たちも、最近はすっかり静かになって、入国する者まで現れた。

みんな明らかに怯えていた。

自分たちのこれからに。


夕食を食べ終わった後、何も話すことがなく、ただただ沈黙が流れていた。

最近はもう夜に集まることもなくなっていた。

突然樹が呟くように言う。


「これからどうする?」


それはみんなが考えていることだった。

しかし、考えれば考えるほど答えは一つに限られていく。

帝国へ行った人たちは今頃どうしているだろうか。

この世界の主は帝国を楽園、と言っていたが、どうなのだろう。

ここより暮らしやすいだろうか―――

だめだ。やっぱり、どうしても帝国が気になる。


「・・・なぁ。」

沈黙に耐えかね、樹が返事を催促する。


「ここにずっといてもしょうがないよね・・・」

片桐がやっと答える。


「じゃあ、どうする?」

樹がまた質問する。


・・・やっぱり、言おうか。

あのラインが来てからずっとやってみたかったこと。

でも、どうしても言い出せずにいた。

でも、もう、二つに一つなんだ。

帝国に行くか、それとも―――


「なぁ。」


気が付けば、俺は無意識に話しかけていた。


「なに?」

少し期待の入り混じった声で、樹が答える。


「その、さ。別に無理に、とは言わないんだけどさ、提案っていうか・・・」

「なに?」

片桐も誰かが何か言い出すのを待っていたようで、俺を凝視している。

もう、言うしかない。

片桐と目を合わせられず、俯きながら、俺はやっと答えた。


「た、旅に出ないか?この街を出て、世界を探検してみないか?」




短い沈黙の後、樹が笑いながら言った。


「俺も同じこと考えてた。」


「マジで?!」

俺も笑いながら言った。

さて、となると後は片桐だけだが・・・


「そんな風に言われたらもう反対できないじゃん。」

片桐もやや照れくさそうに同意した。


そこからは早かった。

どの方角に行くか。

どうやって行くか。

いつ出るか。

どこまで行くか。

そんなことを話し合っているうちに眠くなってしまい、いつの間にかみんな寝てしまった。

久しぶりに明日が楽しみだった。





しばらく更新ができなくて大変申し訳ありませんでした。

週一更新なんて嘘言ってすみません・・・

これからはできるだけ週一回以上の更新速度を維持していこうと思いますので、よろしくお願いします。


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