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第8話 沈黙

遺跡の奥で聞こえた声。

『忘れられた』

その声は、リナだけではなく、エレナたちにも聞こえていた。

誰も動けなかった。

ガロンが乾いた声を出す。

「今の……聞こえたよな?」

ミリアが小さく頷く。

「はい……」

エレナの顔も青い。

「誰かが話していた」

だが周囲には誰もいない。

あるのは暗い遺跡だけだった。

その時。

奥の壁に刻まれた模様が淡く光り始める。

調査員たちが慌てて近付いた。

「文字だ!」

「古代文字だ!」

石壁には長い文章が刻まれていた。

勇者協会へ持ち帰り、数日かけて解読が行われた。

そして協会長がリナたちを呼び出した。

部屋には重い空気が漂っていた。

「解読が終わった」

協会長が言う。

机の上には写し取られた文章。

協会長は静かに読み上げた。

「世界は音によって形を保つ」

「音が失われれば存在も失われる」

「だが最も恐るべきは沈黙である」

リナは首を傾げる。

「沈黙?」

協会長が頷く。

「神話の時代に記録された災厄だ」

部屋が静まり返る。

「忘れられた音は消える」

「消えた音は沈黙になる」

「沈黙は周囲の音を喰らう」

ガロンが眉をひそめた。

「音を喰う?」

「そうだ」

協会長は窓の外を見る。

「村が忘れられる」

「森が忘れられる」

「生き物が絶滅する」

「誰も思い出さなくなる」

「その積み重ねで沈黙は育つ」

ミリアが息を呑む。

「そんなものが本当に……」

協会長はゆっくり答えた。

「昔は聴者がいた」

「消えかけた音を見つけた」

「だから沈黙は現れなかった」

「だが聴者は消えた」

「三百年間」

誰も言葉を発さない。

三百年。

長すぎる時間だった。

リナはぽつりと呟く。

「つまり」

「放置しとったん?」

協会長が苦笑した。

「身も蓋もない言い方だな」

「でもその通りだ」

リナは腕を組む。

「ほなその沈黙ってやつ探したらええんやな」

その言葉に協会長の表情が曇った。

「それが分からない」

「どこにいるのか」

「何なのか」

「神話ですら曖昧なんだ」

協会長が言葉を終えた時だった。

リナがふと顔を上げる。

「どうしたの?」

エレナが尋ねる。

リナは窓の外を見ていた。

遠く。

どこかから風の音が聞こえる。

いや。

風の向こうに。

何かが混じっている。

『西へ』

小さな声だった。

リナが立ち上がる。

「聞こえた」

「何が?」

「西へやって」

部屋が静まり返る。

「また聞こえたの?」

ミリアが尋ねる。

リナは頷く。

「今度ははっきり」

協会長が地図を広げる。

王都の西。

広大な湖があった。

その名は。

鏡湖。

かつて美しい歌を返す湖として知られた場所。

しかし最近。

異変の報告が届いていた。

湖の音が消えた。

波の音がしない。

鳥も鳴かない。

船乗りたちが近寄らなくなっている。

協会長が静かに言う。

「行ってくれるか」

リナは頷いた。

「せやな」

そして少し笑う。

「聞いてくるわ」

翌朝。

リナたちは再び旅に出た。

王都の西へ。

鏡湖へ。

その頃。

鏡湖は静まり返っていた。

波の音は弱くなり。

風は水面に触れるだけで消えた。

鳥は近寄らない。

湖はまるで。

音を忘れかけていた。

誰かがいなくなった場所のように。

ただ、それだけだった。

リナは歩きながら呟く。

「また始まっとるな」

エレナが尋ねる。

「何が?」

リナは少し考えてから答える。

「忘れられかけてる音」

ガロンが眉をひそめる。

「敵でも出るんか?」

リナは首を振る。

「敵ちゃうと思う」

「ほな何やねん」

リナは空を見上げる。

「分からん」

「でも」

「ほっといたら消えるやつや」

風が吹く。

ほんの少しだけ音が戻る。

遠くで水が揺れた気がした。

それだけだった。


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