第7話 最初の楽器職人
王都から北へ三日。
リナたちは古代遺跡へ向かっていた。
山の中。
誰も住んでいない谷。
崩れた石柱。
草に埋もれた階段。
「こんなところに遺跡があるのか」
ガロンが周囲を見回す。
「最近の地震で見つかったらしいです」
ミリアが答える。
「勇者協会も調査中だとか」
エレナは腕を組む。
「最初の楽器職人ね」
神話の人物。
名前は残っていない。
だが世界中の楽器職人が尊敬する存在だった。
音石を発見し。
世界初の楽器を作った旅人。
それだけが伝わっている。
「ほんまにおったんかな」
遺跡へ向かう山道を歩きながら、リナがぽつりと呟いた。
「最初の楽器職人のこと?」
隣を歩いていたエレナが振り向く。
リナは頷いた。
「うん」
「神話に出てくる人物よ。いたからこそ今の楽器があるんじゃない?」
エレナは当然のように言う。
すると前を歩いていたガロンが笑った。
「お前、夢がないなあ」
「せやけど神話なんて大体盛られるやん」
リナが肩をすくめる。
ミリアは少し考えてから口を開いた。
「勇者協会の記録では実在した可能性が高いそうですよ」
「ふーん」
リナは空を見上げた。
「でも旅人やったんやろ?」
「そう伝わっていますね」
ミリアが答える。
するとリナは少し笑った。
「なんか安心するわ」
「何が?」
エレナが首を傾げる。
「王様とか英雄とかやったら話しかけにくいやん」
ガロンが吹き出した。
「話しかける気なんかよ!」
「会えたら聞いてみたいし」
「何をだ?」
「旅っておもろかったんかって」
遺跡の最奥部。
地下へ続く通路があった。
調査員たちが先に進む。
石壁には無数の模様。
楽器の絵。
風。
川。
鳥。
木々。
まるで世界そのものを描いているようだった。
その時。
リナの足が止まる。
『こっち』
また声。
リナだけに聞こえる。
「またか」
自然と歩き出す。
誰もいない脇道へ。
エレナたちも後を追う。
そして。
小さな部屋へ辿り着いた。
中央に石の台座。
その上には。
古びた土の笛が置かれていた。
誰もが息を呑む。
古い。
とてつもなく古い。
なのに壊れていない。
調査員が呟く。
「祭器……でしょうか」
「楽器かもしれません」
誰にも分からない。
リナはそっと近付く。
そして触れた。
その瞬間。
世界が消えた。
風。
空。
果てしない草原。
まだ町も国もない世界。
一人の旅人が歩いている。
背中に荷物。
手には奇妙な石。
旅人は立ち止まる。
風の音を聞く。
波の音を聞く。
鳥の声を聞く。
ただ聞いている。
それだけだった。
そして呟く。
「忘れたくないな」
旅人は土をこねる。
木を削る。
糸を張る。
様々な形を試している。
やがて。
小さな笛から音が鳴る。
どこかで弦が震える。
太鼓が響く。
旅人は笑った。
「これで残る」
景色が変わる。
何年も。
何十年も。
何百年も。
旅人は音を集め続ける。
そして最後に。
誰かへ語りかける。
『聞いてくれ』
『忘れられた音を』
『小さな音を』
『世界はそこから消えていく』
リナが目を開く。
元の遺跡だった。
息が荒い。
「今の……」
エレナたちが駆け寄る。
「大丈夫!?」
「うん……」
リナは台座を見る。
そこにあったのは特別な楽器ではない。
ただ古い笛だった。
だが一つだけ分かった。
最初の楽器職人は。
戦士ではなかった。
王でもない。
英雄でもない。
ただの旅人だった。
聞く人だった。
その時。
遺跡全体が震えた。
ゴゴゴゴ……
天井から砂が落ちる。
「地震!?」
違った。
リナだけが聞いていた。
地鳴りではない。
声だった。
巨大な。
悲鳴のような声。
『忘れられた』
全員が立ち尽くす。
今度は聞こえた。
リナだけではない。
エレナも。
ガロンも。
ミリアも。
聞いていた。
『忘れられた』
『忘れられた』
『忘れられた』
その声は。
誰かの声ではなかった。
どこか一つの場所から聞こえているわけでもない。
まるで世界そのものが呟いているようだった。
リナは思わず空を見上げる。
胸の奥がざわつく。
なぜか分からない。
けれど。
今まで助けてきた異変は。
ほんの始まりに過ぎない気がした。




