第5話 消えた森の音
翌朝。
リナたちは王都北部の森へ向かっていた。
同行するのは三人。
エレナ。
ガロン。
そして勇者協会の調査員。
「なんで私たちまで」
エレナが不満そうに言う。
「実地研修だ」
調査員が答える。
「それに君たちは今年の有力候補だからな」
ガロンが肩を回す。
「魔物なら任せろ」
リナは歩きながら周囲を見ていた。
森。
木々。
鳥。
風。
なのに。
「静かやな」
調査員が頷く。
「それが異変だ」
「鳥が鳴かない」
「獣も出てこない」
「風も弱い」
リナは首を傾げた。
「弱いんやなくて」
「我慢してるみたいや」
エレナが眉をひそめる。
「意味が分からない」
「うちも分からん」
リナ本人も説明できなかった。
ただ。
そんな気がした。
森が息を潜めている。
そんな感じだった。
しばらく進む。
やがて調査員が指を差した。
「いたぞ」
茂みの奥。
黒い影。
獣のような魔物だった。
ガロンが笑う。
「なんだ、簡単じゃないか」
太鼓を構える。
ドン!!
空気が震える。
魔物が吹き飛ぶ。
エレナも続く。
鋭いバイオリンの音。
キィィィン!!
音の刃が走る。
魔物は倒れた。
静寂。
ガロンが笑う。
「終わりだな」
だが。
何も変わらない。
森は静かなままだった。
鳥も鳴かない。
風も歌わない。
調査員の顔が曇る。
「おかしい」
エレナも気付く。
「異変が消えてない……」
リナだけが別の方向を見ていた。
森の奥。
『こっち』
声。
また聞こえる。
リナは歩き出した。
「おい」
「どこへ行く」
「呼ばれてる」
「誰に?」
「知らん」
誰も納得しなかった。
だがリナは止まらない。
森のさらに奥へ。
やがて。
開けた場所へ出た。
そこには古い石造りの建物があった。
半分崩れている。
草に埋もれている。
誰も手入れしていない。
「祠か」
調査員が呟く。
リナは近付く。
そして。
手を触れた。
その瞬間。
胸に声が流れ込む。
寂しい。
忘れられた。
誰も来ない。
誰も聞かない。
長い長い時間。
ずっと。
リナは目を閉じた。
「そういうことか」
エレナが驚く。
「何が分かったの?」
リナは祠を見上げた。
「この森やない」
「この子や」
「え?」
「この祠が寂しいんや」
沈黙。
誰も理解できない。
当然だった。
祠が寂しいなんて。
普通は言わない。
だが。
調査員だけは古い記録を思い出していた。
『忘れられた音は弱くなる』
『聞かれなくなったものは消えていく』
神話の一節。
「まさか……」
リナはオカリナを取り出した。
静かに吹く。
派手な音ではない。
戦うための音でもない。
ただ。
聞いているよ。
そう伝えるような音だった。
風が吹く。
木の葉が揺れる。
一枚。
また一枚。
祠を覆っていた草が揺れる。
その時。
チュン。
小さな鳥の声。
全員が振り向く。
チュン。
チュン。
もう一羽。
そして。
ザワァァァ……
森全体が息を吹き返した。
葉が揺れる。
風が通る。
鳥たちが鳴き始める。
ガロンが呆然とする。
「なんだ今の……」
エレナも言葉を失う。
魔物を倒したわけではない。
強い演奏をしたわけでもない。
なのに。
異変は終わった。
リナはほっと息を吐く。
「よかったな」
誰に言ったのか。
祠か。
森か。
それとも。
その両方か。
帰り道。
エレナが小さく言った。
「私たち、間違ってたのかも」
リナは振り向く。
「何が?」
「ずっと敵を探してた」
「でもあなたは理由を探してた」
リナは少し考える。
そして笑った。
「せやけど」
「理由分からんまま殴ったらかわいそうやん」
エレナは思わず吹き出した。
その日。
勇者協会は正式に記録する。
数百年ぶりの聴者による異変解決。
しかし。
協会長の表情は晴れなかった。
森の異変は消えた。
だが。
最後に聞こえたあの声。
『たすけて』
それは祠の声だけではない気がしていた。
もし世界のどこかで同じことが起きているなら。
これは始まりに過ぎない。
風が森を渡る。
その音を聞きながら、
リナは何も知らずに空を見上げていた。




