その9 フライング
ゲストルームには、アンビエント・ミュージックが流れていた。
聴いた事がある。
確か… ブライアン・イーノだ。
秦さんは、全員が席に着いたのを確認すると、スマホに向かって「始めて下さい」と告げ、それをジャケットの内ポケットにしまい、メンバーをグルリと見渡した。
「今日はコース料理です。ご存知のようにアルコールはありませんが、硬くならずにリラックスして下さい」
社食のシェフ達の料理か。
そう、そしてこの社屋ではアルコールの摂取はもちろん、持込みもダメだ。
違反した場合は、減給処分だ。
「あまり野暮な事は言いたくありませんが、こういうオフ・ワークのような機会でも、皆さんの生産性を向上させる為に利用して欲しいのです」
皆が秦さんを見ている。
「基本的にこのプロジェクトのメンバー間に序列はありません。フラットな組織です。私は肩書きは執行役員でこのプロジェクトのマネージャーということになっていますが、ファシリテイターだと思って下さい」
皆の表情は困惑しているようだ。
それを見た秦さんはフッと笑い、そして続けた。
「まぁ、いきなりそう言われても、って感じだよね。徐々にそんな感じになっていけばいいんだ。遠慮せずに、何でも聞いて下さい。話せる事は全て話します」
「秦さん」
やたらと甲高い声だった。
僕の右隣の井上ヒロミだった。
「生産性の向上、って仰いますが、生産性の定義をお願いします。そこがあやふやだと、生産性を上げようがありません」
僕は思った。
もっともだけど、これはフライングだ。
秦さんは井上ヒロミを見ると、口角を上げて言った。
「いいねぇ、その感じ」
皆黙っている。
僕はこうも考えていたんだ。
井上ヒロミ、この男がサクラだったら面白いんだけどな。




