その17 ファシリテーションをプロレス実況にしてみた
僕は、目の前のでかい弁当箱のような器に全部の料理が一度に出された「コース料理」を眺めていた。
秦さんが「今日はコース料理です」と言った時、僕は料理が一品ずつ順番に出てくるものだと思っていた。
でも、このでかい弁当箱を見て思ったんだ。
へぇ、こういうのもコース料理って言うんだ――
井上ヒロミは、何故この”コース料理”を見て金がかかっていると言ったのだろう。
きっと、こんなふうに答えるんじゃないかな。
一度に出されたすべての料理が、それぞれ適切な温度と状態で提供されているでしょう。これは、料理人の数が多い証拠です。つまり、人件費に金をかけているのです。
僕はそこまで考えると、右隣りに気づかれないようにクスッと笑った。
なんだ、僕も"井上ヒロミ"チックに考えられるじゃないか――
「秦さん」
中島マナの声だ。
「はい」
秦さんはヨーグルトのスプーンを口に運ぼうとしていた。
「秦さんがファシリテイターでいらっしゃるなら、誰が我々の生産性を評価するのでしょうか?」
秦さんは、スプーンをヨーグルトの器に戻した。
「それは、プロジェクト全体の評価の話ですか? それとも、メンバー個人の能力査定の話ですか?」
「後者の方です」
中島マナの喋りは、いつも前ノリだ。
茶色から焦茶に変更だ。
「確かに、今日のレジメはこの件に触れていませんでしたね。中島さん、あなたは誰が評価すべきだと思いますか?」
「本来であれば秦さんだと思いますが、適任者が思いつきません。だからお聞きしています」
「誰か、この件について意見はありませんか?」
秦さんは、メンバーを見渡す。
声を上げたのは、井上ヒロミだ。
「秦さん、今日の説明会のレジメを壁のモニターに映してください」
秦さんの後ろの壁のモニターが光り、今日の説明会のレジメが映し出された。
「スクロールしてください」
秦さんは、レジメをスクロールさせる。
「そこで止めてください」
モニターには「2.当社のAI事業の概要」が表示されている。
井上ヒロミは甲高い声で言った。
「ああ、そういうことですか」
一瞬、中島マナの視線が井上ヒロミに向かって前ノリでスイングした。
そして、すぐにモニターに視線を戻した。
しばらくして、中島マナの声が漏れた。
「あぁ......パフォーマンス・レビュー事業…ですか?」
秦さんは何も言わず、笑顔でサムアップした。
……なんか、飽きてきたな、この親睦会。
帰ってAIと信号機の実地調査の議論をしたいな。
「あの…分からないんですけど」
川口ミノリだ。
「はぁ?」
フフ出たぞ、中島マナの前ノリ攻撃。
不快感を最初にお見舞いして、マウントポジションを狙う常套攻撃だ。
川口ミノリは、助けを乞う様な表情で僕を見始めた。
え?なんで僕? 言い出しっぺは、僕の右にいる井上ヒロミなんだけどなぁ。
その井上ヒロミは、スマホを操作していた。
中島マナが川口ミノリに口を開きかけた瞬間、僕が更に前ノリした。
「川口さん、パフォーマンス・レビュー事業の内容は理解できていますか?」
中島マナが、僕を見て小さく「はぁ?」と言った気がした。
「あの、はい。当社の能力査定AIのアウトソーシング・サービス事業、と理解しています……あ、そういう…ことか…」
僕は、秦さんの真似をして無言でサムアップした。
「川口さん、本当に理解しているの? 私達の生産性の足を引っ張らないで下さいね」
出鼻を僕に挫かれた中島マナが、今度は寝技でマウントを取ろうとしていた。
「あの、はい。私なりに理解していると思っています」
川口ミノリがオズオズと返す。
「はぁ? “私なりに”、じゃ困るんですけど。大事なのは共通認識なのよ」
出た、これは…中島マナの寝技からの、ロープ技だ。
「あ、はい…」
川口ミノリは、更にオズオズと答える。
「川口さん、あなたの意見を聞かせて下さい」
今度は秦さんの前ノリ・レフェリーストップが入った。
「はい、メンバーの能力査定を行う適任者は…お客様ですね」
キタァァー! ロープに飛ばされてからの逆転ラリアットだ!
中島マナはマットに沈み、川口ミノリがそのままフォールに入った!
秦さんは、再びニコニコと無言でサムアップをした。
決まった!カウント・スリーだーー




