その16 この男、面白い――
井上ヒロミを幼顔に見せていたのは、丸顔で艶々した黒髪、テカテカでふっくらした皺のない頬のせいだ。
よく見ると、目尻の皺は深く、口元から時折見える歯は、すきっ歯で細く茶色がかっていた。
ガタイの良さは、単なるメタボ体型に見えてくる。
つまり、若くはないのだ。
「そんなこと聞かれたのは初めてだな。あなたは三番目の"客観性を重視している人間"かもしれませんね」
滑舌は悪くないけど、口の動きも若者のソレじゃない。
「ゲストフロアね……私はこの社屋の建設に一切関わっていません。だから、ゲストフロアに幾らかけたか、なんて当然知りませんよ」
僕は黙って井上ヒロミを見ている。
「じゃあ、何で『金かかってるな』なんて言ったんだ? っていうことになりますよね?」
僕は思った。
こりゃあ、勝手に喋ってくれそうだ――
「気付きましたか? あの回廊を取り巻く、全ての大きな窓ガラスには一点の曇りもなかった。つまりガラスの内側も外側も非常に透明度の高い状態が維持されていた、ということです」
「これは何を意味するか。あの回廊には絵画や花等の装飾品や調度品は一切なかったですよね。つまり、あの窓ガラスから見渡せる東京湾の眺めが、最高の装飾品なわけです」
「その眺めを常に最高の状態に維持する為に、あの大きな窓ガラスは、かなり頻繁にメンテナンスされているはずです。内側だけじゃない。外側もね」
「窓ガラスだけじゃないですよ。天井、壁、床、巾木さえも、汚れ、シミ、チリ、ホコリ、キズといったネガティブな要素を感じさせませんでした」
「つまり、東京湾の眺めを"最高の装飾品"にする、というコンセプトの元で、メンテナンスプランが組まれているのでしょう。これは安くはないはずですよ」
なるほど。
建築費じゃなくて、維持費の事を言っていたんだ。
維持費は一時費用じゃないから、この社屋が続く限り、コストが発生し続ける。
確かに、金のかかる"装飾品"だ。
僕があの時に言語化できなかった"コンセプト"を、井上ヒロミはサラリとやってのけたんだ。
この男、面白い――




