2-13
サウザリンド王国の王都で、毎年行われる豊穣祭は、ある商人夫婦がきっかけで始まった。
遠方より嫁いで来た妻のために、夫が故郷の名産品を集めて、地方のお祭りを模したのだ。
いつしか、そのお祭りが商会の名物となり、協賛する店も増えていった。そしてついには、地方領主まで参加する王都の一大イベントにまで発展したのだった。
今でこそ、豊穣祭と呼ばれているけれど、初めのうちは、愛する者への感謝の日と呼ばれていたそうだ。
その愛溢れる日にちなんで、告白やプロポーズをする人が、沢山いるんだとか。
そんなお祭りの初日、王宮に漂う空気が、明らかに甘やかなものに変わっていた。先程すれ違った侍女達も、どこか気も漫ろだった気がする。
デートか。
私とヴェイル様が、恋人のようにデートするなんてありえない。
そんな事分かっているのに、ニルセン様に言われた言葉が、今も頭から離れなかった。
ふと、窓の外を見ると、日が大分陰ってきていた。
今日は思いの外、仕事量が少なかったから、いつもより早く仕事が終わってしまった。
ヴェイル様は、迎えに行くと言っていたけど、どうしようかしら。
戸惑いながらも片付けをしていると、立ち姿の美しい初老の女性が、私の下へやって来た。その胸元を見ると、侍女長のバッジが澱みなく輝いている。
「ステラ・バレリーさんですね?着いてきなさい。」
「は、はい。」
侍女長は簡単に一言告げると、すぐに踵を返した。私は持っていたペンを慌てて元の場所へ戻すと、急いで侍女長の後を追う。
侍女長の後に続いて入ったのは、お客様用の衣装室だった。お客様用と言っても、そこは王宮に来た賓客用の衣装室。保管されているものは、どれも一級品で、怖くて触れられない。
私が肩を窄めて、慎重に部屋の中を歩いていると、侍女長が奥の部屋の扉を開けた。
「この部屋で着替えて下さい。服は置いてありますから、それを。手伝いは必要ですか?」
「い、いえ、大丈夫です。」
「よろしい。では、外にいるので、終わったら声を掛けて下さい。」
パタンと閉じられてしまった扉を、暫く見つめた後、私は恐る恐る部屋を見回す。そして、そこに可愛らしい緑のワンピースを見つけた。
そのワンピースは、デザインこそシンプルではあるけど、高級品である事はすぐに分かった。
こんな素敵な服を、私が着てもいいの?
私には似合わないのに。
でも、この服...。
用意してくれたのは、きっとヴェイル様だ。
そのワンピースは、私の傷が見えないようデザインされていた。
私には、こんな可愛い服は似合わない。
でも、私の事を考えてくれたヴェイル様の優しさが嬉しくて、涙が溢れる。
着たい。
このワンピースを着て、ヴェイル様と出かけたい。
そう思った私は、大急ぎで着替え始めた。
綺麗...。
着替え終わった私は、鏡の前でクルリと回ってみる。風を孕んだ裾が、軽やかに広がり、金糸の刺繍がキラキラと輝いていた。
「良くお似合いです。」
突然聞こえた声に振り向くと、いつの間にか侍女長が近くに立っていた。彼女は、問答無用で私をドレッサーの椅子に座らせ、纏まりづらい赤毛を綺麗に編み込んでいく。そして、私の顔に化粧を施していった。
「さあ、これで終わりです。」
そう言われて、私は恐る恐る顔を上げる。目の前の鏡の中には、年相応におしゃれをした女の子が映っていた。
「バレリーさん、私から一つ、貴女に助言を。」
侍女長が、鏡越しに私の目を見据えて話し出す。
「殿下の隣に立つ事に、自信を持って下さい。貴女は、素敵な女性です。その小さな体も、可愛らしい顔立ちも、私達獣人を惹き付けてやみません。それ程貴女は、魅力的なのです。」
射抜かれそうな程、強い視線を注がれて、私は否定するどころか動くことも出来ない。
すると、侍女長は、動けない私の頭にカチューシャを乗せた。
「さあ、殿下がお待ちです。いってらっしゃい。」
侍女長が開けた扉の先を見ると、簡易な服装に身を包んだヴェイル様がにこやかに立っていた。




