2.不確かな確信
*中国語会話部分については、一部で漢字を合成するなどしてあります。(簡体字が表示できないため)→ http://www.chochoira.jp/okaimono/ にPDF版を別に用意しました。あわせてご参照ください。
#0121
モニターされるのが不本意なら、自分でモニターすればいい。客も少ないことなので、今夜はサービスカウンターでその複数画面をウォッチしてみることにした。そんな風に目を付けられているとは思いも寄らない定点客は、いつものお姉さんがいないことに一寸ホッとしているようなそうでないような面持ちで、規則的な動きを展開する。
「冷凍食品、飲料、デザート、パン、カップめん、惣菜・・・ 山積みもチェックしながら二回ってとこかな。あっ!」
概ね分析できたのは良かったが、レジに向かうタイミングまでは計れなかった。本人としては間に合わせたつもりだったのだが、一足遅かったか・・・。
「あーぁ、行っちゃった」
実は日向氏、こっちのレジは少々苦手。いつもの段取りが通用しないからである。それだけ明日夏の手捌きが速いということでもある。
買い物点数がさほど多くないせいもあるが、彼がレジ袋を差し出す前にさっさと新しいのを取り出し、スキャンしながら入れられてしまったことが過去に何度か。ちょっとした攻防が繰り広げられるとなれば、少しは印象に残るだろうから店員の方も心得て然るべきなのだが、どうにも改まらない。
今夜は辛うじてレジ袋辞退に成功し、スタンプをゲットすることができたという次第。『スリリングなのもいいけど、やっぱ考え物だよね(ブツブツ)』 この独り言が聞こえたかどうか、レジの方を見遣ったら、新入りさんと思わず目が合うことになる。牧菜はペコリ。客もつい頭を下げてしまうのだった。
「明日夏さん、いつもあんな感じで張り合ってるんですか?」
「レジ袋が大きくても小さくてもスタンプ一つってのは変わらないでしょ。さっきのお客さんくらいの量ならまいっかって思うけど、本当に少量の場合はスタンプ押すのどうかなぁって思ってね。さっさと詰め込むのが習慣化しちゃったって訳。」
「でも、出さないに越したことないんじゃ・・・」
「まぁ、だんだん貴重品になってきたからね。レジ業務のマニュアルが変わればまた考えるけど。」
表示ラベルの内容を転記し終えたところで、いつもの如く追記に励んでいたら、本文よりも長くなってしまった。そこにはレジでの攻防戦と、店員が会話してるのと同じようなことが記されている。「20スタンプで100円分、つまりレジ袋一枚5円計算・・・ 高い・安い?」 その5円のレジ袋、すでに十回は使い回している。さすがにクタクタになってきた。
#0124
客の廻り方を把握するということであれば、二度や三度は続けて観察したい。だが、前回のようなドタバタは今日は避けたい。客の出足に関わらず、早々とレジでスタンバイしつつ、スキャナを拭いたり、名札を直したりしている。落ち着かない様子だが、とりあえず苗字の如く不動を貫く牧菜さんであった。
来店予定時刻通りに彼は入ってきた。レジの方から何となく視線が注いでいるのを感じつつも、お決まりのルートを廻り始める。牧菜は何故かドキドキしてくるが、それはすぐに冷めた。「あらら、またぁ?」 向かうレジの方もお決まりにしてほしいものだが、そうならないのには理由がある。
「お客様、レジ袋・・・」
「今日は新調します。すみません。」
やっと覚えてもらったと思ったらこうである。客はバツ悪そうにしていたが、チーフの方にはこれが逆に好印象として働く。わざとのんびりカードを処理して返してきた。
「ありがとうございましたっ」
レシートをチェックしたところ、OFFがかかる前の735円から37円割り引かれて698円になっていることに気付く。たかが1ポイントかも知れないが、普段ならある程度計算して、5%OFF後でもポイント加算に有利になるようにお買い物してきたではないか。これは不覚だ。
「マイレジ袋じゃないと調子出ないってか」 冴えない顔して店を出る客。それを見送る店員の一人もどこか浮かない表情である。
すっぽかされたような気分を埋めるように、珍しく深夜にブログチェックをし出す牧菜である。
「お店の近所のブロガーさん・・・」
最近になって、エリアつながりでブログを探せるサービスがあることを知った。この時は仕事絡みでも何でもなく、漫然とサクサクやっていただけだったが、
「ん? 『お買いモノログ』だぁ?」
人気があるせいかどうかは不明なれど、更新直後はアクセスが集中するらしく、サクっと行かない。直近の三回分程度がトップページに表示されるだけ。過去の記事が参照できない。
それでも、レジ攻防の云々とかはしかと伝わることになる。
「あはは、こりゃいいや」
かくして、当事者意識のない新たな読者が増えることと相成った。
#0128
三週間も経つとすっかり手慣れてきて、レジ袋を先に出してしまいたくなる心境もわかってくる。だが、マイバッグ持参の客に対してはやはり心しなければ、とも思う。変に気を回すのもどうかと思うが、常連のマイバッグ客には失礼がないようにしたいもの。
「何かもうちょっとうまい仕掛けってないもんですかね」
「そうなのよ、で、社員さんの出番てなる訳よ。お客さんからはこれといった声聞かないから、内側から改善してかないと・・・」
「意思表示用のツールってゆーか、タグとか札とかを差し出してもらうってのもありますけどね」
とか真面目に話し合ってたら、マイバッグ、いやマイレジ袋の常連さんが入ってきた。
「あの人に聞いてみる?」
「え? いやいや、まずはこっちがしっかり認識すれば済む話かも知れないですから。」
社員としては、生の声を聞いて本部に届けるというのは職務上本分と言える。研修という意味でも大いにトライする価値はある。だが、それはあくまでレジに来てくださったら、という前提つき。来てほしいけど、今日はちょっと・・・ 一見動じることなく待機してはいるが、胸中は揺れに揺れている牧菜だった。
そんな揺れを察したか、罪なお客が選んだのは明日夏のレジだった。自分のとこにもお客は来ているので、あまり構ってられないのだが、どうにも気になる。動作が緩慢になっていた牧菜だったが、その気になるレジが騒々しいのでふと我に返った。
「請問塑料袋收費ma?(このレジ袋は有料?)」
「どうぞ、差し上げます」
「如果收費,我就不要了。(有料なら要らないわ)」
「???」
日本語がわからない中国人女性がレジ袋を手に何やら騒ぎ立てている。その特有の発音ゆえ、必要以上に喧しく聞こえる。
「困ったわ・・・」
と、次の男性客がゆっくりした口調で中国語を話し出した。
「請問,有什ノム需要bang忙的ma?(何かわからないことでも?)」
「我イ門国内塑料袋一律收費,怎ノム日本hai有免費提供的店?如果收費我就不要了。(中国では袋は規制されているが、日本では何故出てくるのか? 有料だったら要らない。)」
「我イ門zhe里免費提供塑料物袋。如果nin不需要,可在zhe張ka上盖戳章,禾只満20个可兌換100日元買物券。(ここでは無料です。でも要らない場合は、このカードを出せばスタンプを押してくれて、二十回分で百円分の買い物ができますよ。)」
その辺の事情は店員並みに心得ているので、これでOK。しかもそれを中国語で、というのがスゴイ。明日夏は深々とお辞儀をしつつ、客から話を聞く。そして、えらくにこやかに日向氏の会計を始めるのだった。
「何か御礼を・・・」
「あ、いえ、いつもお世話になってますから」
ポイント倍数を任意に切り替えられるキーがあれば、3倍・4倍とかにしても良さそうな場面ではあったが、そういう訳にも行かないから、いつものように淡々と処理するばかり。
彼の顔をよくよく見ると、どことなく中国人風ではあるが、かの国ではイケメンで通りそうな風采でもあった。明日夏はここに来てようやく、その人物が当たり客だったことに気付く。だが、そう思った時はすでにカードの類はお返し済み。クレジットカード表面には、KAで始まるローマ字名が打ってあるらしいことはわかったが、それ以上はわからなかった。サインレスというのはこういう時には不便なものである。せめてお名前を・・・ そんなシーンではあったのだが。
客はさっさとカウンターへ移動している。そして、先の中国人女性に声をかけている。
「多謝,多謝!」
「再見!」
明日夏も牧菜もこの時はお手隙中。殊勲の客人を見送ってはいるが茫然となっていて不可ない。「謝謝」である必要はないが、「ありがとうござい・・・」の一言はあって然るべき。それすらかけそびれている。
かくしてレジ袋要否の意思表示方法をちゃんと考える、できれば中国、さらには韓国のお客さんにもそれはわかるように、ということがひとまず話し合われることになる。本日は思いがけずレジ袋強調デーになってしまった訳だが、その見聞はさらに「お買いモノログ」の新着情報で以って否応なく深められるのであった。
「そっかぁ、中国では全廃方向なのか・・・ て、ちょっと!」
レジを担当させてもらっていないので、本日のお買い物情報を見たところでピンと来ることはない。だが、そこに付随する部分があまりにタイムリー、かつそのやりとり記録が妙にリアリティがあるもんだから、これは!となるのはごもっともである。先のレジ攻防の一件もこれで何となく一致を見る。
牧菜は睡魔に襲われることもなく、ただひたすら過去ログを追う。食品表示、トレーサビリティ、価格動向、フードマイレージ、フードファディズム、容器包装・・・ テーマごとの記事も大いに興味惹かれるところだったが、今年に入ってからの記事中、とある記述に目が留まり、大いに心動かされる。眠くなりよう筈がない。
「これって、私のこと?だったりして・・・」
今は違う意味で揺れている。次の木曜日が楽しみで仕方なくなってきた。
#0131
「じゃあ、アスカさん、今日いらっしゃったらその・・・」
「まぁ、アタシも気にならないって言ったらウソになるけど、お客様情報を盗み見るってのはちょっとねぇ」
「確証が得られないことには下手なこと話せないじゃないですかぁ。カードに打ってあるお名前がちょっとでもわかれば・・・」
「マーケティング系にしちゃあ、手法がベーシックなことで」
サービスカウンターで何をコソコソやってるのかと思えばこの調子。店には一応「お客様の声」カードなるものもあって、ご意見を頂戴できるようにはなっているのだが、それはどちらかと言うと、後ろ向きな話題用。いわゆるご苦言ご苦情の類で使われることが多い。それはそれでヒントになるのだが、牧菜はあくまで先手志向。店側がテーマを設定し、それに対して客からの意見を募る、という仕掛けがあれば、と思う。だが、そうした前向きなご意見箱というのはそうそううまくは行かないもの。訊きたい人に個別に訊くのが早道、ということになる訳だ。彼が名ブロガー、日向氏であることがわかれば、良きアドバイザーになってくれそうな予感はあるが、はたして。
マイレジ袋の呼吸が合ったことで、お互い上気してしまったようだ。会話の一つ二つあっても良さそうだったが、早業が裏目に出てまたしても手遅れ。憶えていたのは、二文字分程度だった。
「お名前はね、KAZAだかKANAだか・・・」
「ヒュウガとかヒナタじゃ?」
「違う違う」
「となると、残る手がかりはお買い上げ品・・・」
「それはやっぱマズイでしょう。牧菜さんとこに来たら、その時に記憶して、あとでチェック。」
「ウーン」
今日は軽めにお値打ち菓子パンと半額品の500ml牛乳がお夜食である。同じ価格なら賞味期限が長いものを選ぶのは人の常。お安くなっていれば賞味期限がギリギリであっても厭わないのもやはり常、か。期限が差し迫っている方、つまり商品棚の手前にある方を優先的に購入するのを環境配慮に適うとするのは、他の環境面を総合的に勘案していないことの裏返し。何より、期限の異なる品を同時に出さないようにするなり、期限ごとに細かく価格を設定するなり、消費者に無用な気を遣わせない工夫がまずは必要ではないか。etc. 牛乳1パックから冗長な御説を唱え出すブロガー氏であった。が、本来ならどんな品であれ、どんなお値段であれ、より心地良く買い求めたい、と思うのが人情たるもの。環境配慮もさることながら、消費者行動として大きいのはそうした満足感云々だろう。真野チーフも悪くないのだが、気になるのはやはりあの女性。ついつい本音も漏れる。
「今日も新入りさんのところへは行けませんでした。傷心、もとい小心者の四条路なのであります・・・」
何度かリロードボタンを押しては溜息をつく女性読者がいる。日付が変わる手前でやっとこさ本日付けの記事が出てきた。が、まず目が行くのは追記の方である。牧菜は思う。
「とにかくレジに来てもらわないことには・・・ 何となく確信は得たけど、まずはお試し、と。」
ブログには、こういう人のためにコメント機能が付いている。ペンネーム「山女」さんからの一筆が書き込まれたのは日、いや月が変わってしばらく経ってからのことだった。