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お買いモノログ 作者:monologger
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1.定点客

2008年1〜2月にかけての短編です。
#0107

 「本部から派遣、いや出向ですね。えー社員の、」
 「不動牧菜と申します。よろしくお願いします。」
 正社員が派遣されてきた場合は、どう表現したらいいものか悩ましい。悩める店長はこのように素っ気なく紹介するにとどめ、紹介された方もごくシンプルに応じる。入社して何年か経ってはいるが、とにかく当店では新入り。新年初日は二日からだったので、店の方はすっかり普段通りなのだが、お試し出向初日の社員にとっては、二日も七日もあったものではない。
 学生時代にレジ打ちはマスターしていたし、本職ではPCをそれなりに使いこなしているので、当店の新鋭レジについても概ね使えるようにはなった。が、やはり慣れない環境、しかも立ち仕事。時にはサービスカウンターで待機、というのもあるが、14時から途中休憩を入れて8時間というのは思ったよりもハードだった。閉店30分前にして朦朧もうろうとなっている。
 「まぁ、この時間になると決まったお客がチラホラいらっしゃるくらいだから」
 「そうなんですか。閉店間際になると混雑するんじゃ?」
 「ポイント2倍って言っても、この時間帯になるとね。主婦層はあんまし来ないし、勤め帰り客でポイントお目当てってそんなには・・・」
 レジには今、当店レジチーフと、その出向社員の二人のみ。閑散時は休み休みで構わないとは言うものの、何事も初日が肝心。牧菜は屈伸運動をしつつ、気を引き締め直してみる。と、同年代くらいの男性客がひょっこり現われた。
 「あ、いらっしゃいませ・・・」
 数十円引きの菓子パンに惣菜パン、半額になったばかりの中華風弁当、年明けて値上げされたカップめんが今日は特売で値上げ前価格になっていたが、それがよりどりで2つ、あとはレンジで2分間温めるとすぐに食べられるご飯のパックの3個パック・・・ 独身男性の典型とも言えそうなラインアップである。
 「お箸はご入用いりようですか?」
 「いえ、あ、あと袋も要らないので」
 機械はよくできている。が、それは複数のカードを効率よくさばくために高度化されただけ、といった方がいいかも知れない。客はポイントカードとクレジットカードを差し出し、レジ係はそれをテキパキと処理する。その間、客は何事もなかったように当店の使い回しレジ袋にお買い上げ品をさっさと詰め込み、カゴを持ち出すことなく場を離れる。
 「ありがとうございました。またのお越しを・・・」
 「どうも」

 チーフに言われて気付いた頃には時すでに遅し。
 「牧菜さん、レジ袋辞退されたお客さんにはこれ・・・」
 「あぁ、そうでした」
 ただでさえ経験知が少ないところ、意想外なことをする客が来たもんだから、この通り。だが当の客の方もパッとしない。いつもならスタンプカードを周到に出しているのにどうしたことか。
 客はすでに外に居る。どこか抜けてる感じがなくもないが、レシートはしっかりチェック。金額やポイントを確かめるのはいつものことだが、
 「はぁ、不動さん。新入りだとすると、スタンプに気が回らないのもムリはないって、か。」
 記録するのが本分ゆえ、係員の苗字もこうして確認している。店員の応対を試すつもりはなかったんだろうけど、結果的にそうなっているようだ。
 もっとも、店名や店員名を書くことはない。あくまで価格動向等を備忘録的に綴るばかりである。弁当は期限ギリギリながら翌朝用。今は惣菜パンを頬張りながら、いつもの如く食品関係の買い物録をブログにタラタラ。

 一部では名高いそのブログ。名は「日向四条路の『お買いモノログ』」と云う。

#0110

 日向氏の当店での買い物パターンは決まっていて、必ず現われる曜日が二つある。ポイント2倍デーともう一つ[その場で5%OFFデー]である。月に一度や二度というのならわかるが、ここは曜日固定の大盤振る舞い。ちょっと得した気分になれる日が週に二度あるというのは、この人の場合、単なる満足感云々とはまた違った理由がある。ブログを定期的に更新する上で好都合、というのがそれである。

 手作業の方はまだ覚束おぼつかないが、レジ操作は今やバッチリ。5%OFFキーも難なくマスターし、実に手際がよろしい。ちょっとしたヤッカミとともに、パートやバイト各員からは早くも一目置かれつつあった。正社員はやはり違う、ということらしい。
 それでもこの時間になると、動きが鈍ってくる。と、また不意打ちのようにくだんの男性客が現われる。
 コロッケやメンチカツの類をお求めの際は、コーナー備え付けのプラスチックパックを使うのが一般的だが、この客、どこからか簡素な透明袋を持ち込んでいて、そこにそれらが詰められている。他には買いだめ用と思しき特売の紙パック飲料が複数種、大箱入りクラッカー、冷凍食品がいくつか、そして前回同様、半額品があれこれ。弁当のみならずデザートも半額狙いとはおそれいった。
 袋入りの揚げ物に面食らいつつも、牧菜は忘れないうちに、と一言。
 「あの、お客様、スタンプカードお持ちでしたら・・・」
 客はマイレジ袋を出しかけたところではあったが、正直、焦った。順番としては、レジ袋、スタンプカード、ポイントカード、クレジットカード。だが「袋要りません」どうこうと言う前にこう来られては手元も狂う。3つのカードを同時に出したところまでは良かったが、トレイに乗せ損なってしまった。
 「あ、すみません」
 「お会計、1,777円、あ、5%お引きして、1,688円になります。カード、よろしいですか?」
 レジ台に放り出された格好のカード2つを機械に通し、次にスタンプカードに押印する。段取りの良くない店員だと、先にスタンプカードを押し、後で機械処理系カードを扱うが、これだとクレジットの通信処理をしている間を有効活用できず、ちょっとしたロスが生じてしまう。
 客はその手堅い段取りにまず感心していたが、次には感服させられるハメになる。
 「あれ? 木曜はスタンプ2倍なんですか?」
 「いえ、先日は押し忘れてしまったので。その分、押させていただきました。」
 「はぁ、それは、どうも」
 新入り離れしたこの応対にしてやられた客は、途中までマイレジ袋に入れていたのを断念し、そそくさとカゴを持って退散。振り返ると、すでに次の客の会計をテキパキと始めていて、目が合うことはない。
 「顔を覚えられてしまったってこと? か・・・」
 とか言いながらも満更まんざらではなさそうである。この日のお買いモノログの追記には、5%OFFでも辛うじて1,600円×消費税分を満たしたことでポイント(課税前価格100円につき1ポイント)が目減りせずに済んだこと、といった他愛ない書き込みに加え、当の店員さんの寸評なんかが載ることになる。いや、賛辞と言った方がいいかも知れない。

#0114

 朝はゆっくりでいいし、午前中に時間ができるのはいいが、お気に入りのブログを眺めているとすぐに時間が経ってしまう。頻繁に更新されるブログは良し悪しである。追っている筈が追われるようになってしまうのが時に哀しい。それでも、本職の都合上、特に新商品ウォッチング系のチェックだけは欠かせない。商品企画面でのちょっとしたヒントが隠されているからである。
 「あとはどういう人がどういう買い物をするか、ですね。そろそろ目を光らせようかと。」
 「ま、一週間経って、余裕も出てきたってことですか」
 チーフは牧菜よりもちょっぴりお姉さん。本人希望もあって契約社員のままだが、アラウンド某の年令にしてチーフとはちょっとしたものである。だが、その名前からして貫禄はあまり感じられない。
 「そうそう、真野まやさんて下のお名前は?」
 「明日の夏って書いてアスカ」
 「へぇ・・・」
 「こう寒いと、名前が怨めしくなっちゃうけどね。ま、気が向いたら下の名前で呼んでもらって構いません。」
 「何か、スカって強調しちゃいそうですけど」
 思わず口が滑るが、意に介さないところがチームの長たる所以ゆえん
 「そ、スカ? ま、確かにアタシの場合はレジ打ちながら男性客チェックとかしちゃうけど。『あ、スカ』とかってね。なんちゃって。」
 真野チーフがこんな具合なので、レジチームは基本的に安穏としたものである。
 二人同時に制服に着替え終わると、いつもの配置へ。だが、ハッピーマンデーはいいとしてとにかく寒々とした日ゆえ、客足は鈍い。引き続き安閑と時を過ごすことになる。お客には申し訳ないが、出向目的の一、実地マーケティングはこうして一人ひとりじっくり、という塩梅になる。

 チェックしてるとか言ってた割には、例のブロガー氏についてはノーマークだった明日夏さんである。スカだった、ということかも知れないが、当人もそれを知ってか知らずか、空いているチーフのところへは行かず、列ができている牧菜の方へやって来た。
 「いらっしゃいませ、毎度・・・」
 気のせいと思いたいが、三回目にしてやけに眼光鋭く、しかも商品と客の顔とを見比べているような? 客は半額キーが押される度に思わずのけぞってしまうことになる。
 おにぎり数種類、中華まんの詰め合わせ、納豆のお徳用パック、袋入りカッティング野菜、店員は声にこそ出さないが、一品一品確かめるように半額にしていく。こうなると数十円ぱかしのお値引き品を混ぜたところで印象を緩和するには至らない。ズバリ安物狙い、である。
 これでさらにスタンプを押してもらうのはちょっと・・・ と思いつつも店員はにこやか。
 「ご協力、ありがとうございまーす」
 客はすっかり恐縮し、言葉の一つも出ない。ただ、心の中ではこう呟く。『やっぱ気が引けるかも。次回は考えよ。』
 一方、研究熱心なレジ係は、
 『つまみとかアルコールとかは無用? となると独身男性向けの商品っていったい?』
 決してお値打ち品がどうこうといった所感は持っていない。ただのサンプリング視点である。だが、日向氏の買い物行動を特殊と見る向きもなくはない。サンプルにならない可能性は大である。

 レンジ上がりの肉まんを少しずつかじりながら、今日も律儀にブログの編集を始める。が、どうにも筆が進まない。ついつい「ちょっとタイプの店員さんだったりすると、これがなかなか。でも食品表示を見極めるのに必要な品がたまたま半額、ってこともある訳で・・・」てな感じで脱線してみたくもなる。
 どこまで真実かは不詳だが、全面的に言い訳という訳でもなさそう。この曖昧さ加減が人気の秘密でもあるようだ。

#0117

 読みが当たっていれば、彼はそろそろ現われる筈である。他の曜日は品出ししたり、在庫チェックをしたり、バックヤードに回ってみたりと、少しずつレジ以外の作業の見習いを始めてはいるが、この曜日・この時間帯は定点観察の意味もあり外せない。
 エントランスに目を向けつつ、カゴの上げ下ろしをしていたら、その定点客が入ってきた。思わず声を出しかけたが、ぐっとこらえて小声で「いらっしゃいませ・・・」。客も何となくキョロキョロしている。その声にも声の主にも気付かず・・・ いや気付かないフリをしているだけかも知れない。だが、遠巻きにすることでかえって勘づかれてしまうこともある。ともかく、いつもの周回を始めるのだった。
 牧菜としてはマーケティング上、その廻り方を検分するのも悪くないと思っていたが、モニターの存在に気付き、見送ることにした。モニターする人間がモニターされては格好がつかないが、何より蔭でコソコソやってるのが録画でもされたら、立場上何かと面倒だ。とりあえずレジに戻り、客を、そして周回の結果を待つことにした。
 その客は二つのレジを見比べてしばし逡巡していたが、覚悟を決めて気になる女性のところへ歩を進めた。
 「こんばんは、あ・・・」
 単にいらっしゃいませ、でいいのだが、つい調子に乗って親しげな感じになってしまう。客は少々動揺するも、半額キーを押される回数が今日は少ないので、これ以上、おののくことはない。
 「1,050円になります。カード、失礼します。」
 ポイントがたまる線としては実に的確な合計金額である。いろいろな意味でその額におののくことになるが、次の瞬間にはうなだれてみる。この店員さんの手前、思いがけず奮発してしまったことを悔いるばかり。『これじゃネタ的にちょっとなぁ・・・』
 方や店員の方はと言うと、
 『何かムリしてお買い上げいただいたって感じがしなくもないけど・・・ いやポイント2倍効果ってことよネ。』
 カゴを持って無言で立ち去る客を見送りつつ、一人納得するのであった。

 その倹約ぶりを誇張して書くところに彼のブログの定評がある。そして、売価そのままで買うことに抵抗が生じていること、不便なようだが、品定めの手間が省けると思えばそうでもないこと、なども誇らしげに書いてあって、それが哀感と共感を呼んでいるんだとか。
 が、そんな読者の期待とは裏腹に、今夜も筆が思うに任せない。
 お値引きなしで買ってしまった105円のおにぎりがどうにも贅沢に思えてならず、パッケージ取り外し用のテープを引っ張りかけたところで止まっている。食べるべきか否かに悩み、空腹に悩み、ネタにも悩む、ブロガーとはこういうモノだったか。
 次のお買い物は、気兼ねしないで済むようにしなければ、と思う日向氏である。
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