山崎家に伝わる家宝―ツバキ柄の玉簪―
明治という元号にも随分となれた頃、思いもよらない客人が椿たちのもとへやって来た。
「御免」と玄関から低い声が響いた。
決して大きな声ではないのに耳の奥に真っ直ぐに届く。
「どなたかしら」
「椿はそこに。俺が出ます」
烝が土間へ降り、声の主を確かめに行った。
暫くは何も聞えなかったが、「どうぞお入りください」と招き入れる声が聞こえてきた。
「驚きますよ。誰だと思う?」
「え?どなたでしょうか」
首を傾げながら土間の方へ目をやる。そこに立っていたのは腰に刀を差した警察官だ。
その後ろに大きな体格のいい男が二人。
「・・・あっ!」
椿は驚きのあまりに立ち上がり、玄関へ降りて行った。
「走ってはいけない!」と烝の注意も耳に届かないほどだった。
「斎藤さん!永倉さん!島田さんっ。よくぞご無事で!」
其処には元新選組の斎藤一、永倉新八、島田魁がいたのだ。
斎藤は藤田五郎と名を改め警視庁の人間になり、永倉は関東で道場を営み、なんと島田は京都で道場を営んでいたのだ。
「椿。元気だったか、変わりないようだな」
「椿ちゃん、美人になったじゃねえか」
「椿さん。もしや腹に子が?」
斎藤のあの低く通る声が、永倉の明るい笑顔が、島田の柔らかな物言いが懐かしい。
「はい!変わりないです。お腹の子は二人目です。皆さんもご立派になられて」
家に上がってもらい、お互いの近況を語り合った。
皆、それぞれの地で新政府軍に降伏し謹慎生活を送っていたのだという。
こうして話しているとあの頃がとても懐かしく、今にも土方や沖田が「何をやっているんだ」と現れそうだった。
何も知らない烝と椿の息子は永倉の膝の上で遊んでいる。
「こら健。おじちゃん疲れているんだからっ」
「ははっ。羽根が乗っかってるようなもんだ。気にするな」
そう言って永倉は豪快に笑って見せた。すると斎藤が玄関の方へ目をやり、
「さて、そろそろ来るころだと思うが」
「どなたか来られるのですか」
「来てのお楽しみだ」
じっと戸の方へ目をやると、烝は気配を感じたのか土間へ降りて行く。
カタっと戸を開けると「あなたはっ」と驚いた声がした。
烝に連れられてやってきたのは、土方の小姓として函館まで同行した市村鉄之助だった。
「鉄之助くん!」
椿がそう叫ぶと、顔を真っ赤に染めて「鉄之助くんという齢では」と照れている。
十四の少年が今は成人しあの頃の面影はあるものの、立派な青年へと変貌していた。
暫く懐かし話に花を咲かせると、鉄之助が突然こう切り出した。
「ご存知かと思いますが、土方さんは函館で最期を迎えました。それで土方さんからその前日に預かった物があるのです」
そう言うと、小さな包みを椿の前に差し出した。
椿がじっと見つめていると「椿さんに渡してくれと預かりました」と言う。
椿はそっとそれを手に取り包みを開いた。
「あっ」
それは玉簪だった。黒い串に真っ赤な玉の飾りがあり、その玉にはツバキの花柄が刻まれていた。
よく見ると少し歪にも見える。
「どこで手に入れたのかは知りませんが、そのツバキ柄は土方さんが彫ったのですよ」
「ええ!」
「函館の冬の夜は長いですから」
「どうしてこれを私に」
「嫁入り祝いだと言っていました。椿は山崎の命を絶対に手放さないからと」
「・・・ひじ、かた、さん」
椿はその玉簪を手に泣いた。あの日、皆を見送った時に預かった手紙が全てだと思っていた。
なのに遠い北の大地で尚も自分たちの事を案じていたのだと思うと、我慢できなかった。
「とうたまっ、かあたまがぁぁ。えーん、えーん」
三つの幼子にはその涙の意味は分からない。ただ母が泣くと悲しいのだ。
烝は健を膝に抱き「母さまは大丈夫です。大切な人から贈り物を頂いて喜んでいるのですよ」と。
そして空いた方の手で椿の背中を擦る。
「烝さんっ、土方さんがっ。土方さんが・・・」
「椿、良かったですね。大切にしなければ」
うんうんと頷きながら、椿は子供のように泣いた。
その姿を見た他の男たちも熱いものが込み上げる。
土方がどんな思いで、この簪にツバキの柄を刻んだのかは分からない。
「もしお腹の子が女の子だったら、この子に。もし男の子だったら、長男健のお嫁さんに引き継ぎます。曾て新選組が歩いた歴史をずっと忘れないように」
椿は烝の胸に寄りかかった。
烝は椿の肩を抱きながら「新選組が存在した事を忘れない為にも」と言葉を添えた。
新選組隊士に愛と誇りがあった。
そんな彼らを愛した男がいた。
その男は最期まで戦い、北の大地で銃に打たれて散った。
「烝さん。この簪、魔除けにもなりそうですね」
「へ?ぷっ、ははっ。確かに」
泣く子も黙る鬼の副長が残したそれは、どんな悪も寄せ付けないだろう。
質の良いその簪は軽く布で拭くだけで艶を出す。
山崎家の女性に伝わる家宝となりそうだ。
未来へ繋ぐ熱い想いとなって。
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ツバキの花言葉
『完全な愛』 『誇り』
『私は常にあなたを愛します』
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土方が手に入れた簪はとても質が良いものでした。
黒い柄の部分は漆塗り、赤い玉は何かの宝石を思わせるような石が使われてあった。意外と器用な土方が彫ったツバキの花。
大切な家族や友人、そして愛する者たちの明日への希望を願いて。
いつか何処かで、誰かの物語でこっそり引き継がれて行くことでしょう。
山崎さんを知りませんか?
おわり。
ありがとうございました。




