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ハルモニア  作者: 岸部碧
第三章
14/28

種明かし

 軽快な足取りで裏庭を進む春。

 その肩には未だ担がれたままの那由多がおり、那由多はぼろぼろと大粒の涙を垂れ流していた。

「ふえぇ……っく、ぅぇぇえぇ……っ」

「……ガキみたいな泣き方してんなよ」

「だ、だって、しっ、死ぬかとおもっ……こっ、怖かったぁぁ……っ!」

 那由多を担いで教室から脱出した春は、体勢を崩す事もなくそのまま落下し、見事地面に着地してみせた。痛がる様子もなくすぐさま小走りで移動し、こうして裏庭にまで来たのだが。

(あー、流石にやりすぎたか)

 心中で反省しながら人気のない場所まで辿り着くと、春はそっと彼女を下ろした。

「ああもうお前、そんなマジ泣きしたら腫れるだろ」

「だって、ぅえっ……あず、ま、く、がぁ……っ」

「ごめんって、怖かったのはわかったから」

 子供のように泣きじゃぐる那由多を見ていると、彼女と初めて会った頃の記憶が蘇る。

 飽きもせずに近所の広場や裏山で遊び回っている時、蛙や虫を見ては怯えて那由多が春に縋りついてくるのだ。一度足の上に跳ねた蛙が乗った時は、今のように怖がって泣きじゃくっていた。

 あの頃の彼女は蛙や鳥、チワワでさえ怖がっていた。まるで生き物全てに怯えているように。

 零れそうになる笑みを堪え、とりあえず子供にするように頭を撫でてやる。すると彼女の手がそろそろと伸びて、春の手を捕まえた。

 僅かに目を見開いた春の手を握り、那由多は必死に嗚咽を飲み込む。

「アズマ、くっ……怪我、ない……? ……っくぅ、痛く、ない……っ?」

 濡れた紫苑の瞳が、心許なく揺れる。

 それでも彼を見つめる力は強く、春は苦笑を浮かべるしかなかった。

「大丈夫だって。異能者おれたちは丈夫なんだ。あれくらいの高さなら慣れてるしな」

「っほんと、に……?」

「ああ」

 頷いた春を見て、那由多もようやく安堵したように胸を撫で下ろす。少しずつ涙も引いてきた。

 那由多の涙を指で軽く拭ってやると、春は芝生の上にどかりと腰を下ろした。倣うように那由多も隣に座り、おずおずと彼の様子を窺う。

「……アズマくん、どうしてここにいるの?」

 幾分かすっきりとした頭で一番に思い浮かぶのは、やはりそれだった。

 春が纏うのは周囲に溢れる男子生徒と同じ、紛れもないこの高校の制服だ。逃げ出す前に転入生というのも聞こえたから、彼が転入してきたというのはわかる。

 しかし、だ。せめて一言くらいあっても良かったと思うのだ。

 彼女の眼差しがそう訴えているのに気付き、春は僅かに肩を竦めた。

「ばーさんが倒れた頃、俺達もやっと本格的に動けるようになった。他に不自然に思われないように、俺を親父が動かせるように準備は進めてきたけど、それが全部整ったのが、ちょうどお前が中間受けてるくらいか。俺はここの編入試験を受けて合格。お前と同じクラス狙ってたんだけど、さすがにうまくいかねーな」

「じゃあ、今朝いなかったのは私を驚かせる為?」

「いんや? あれは本当にたまたま、なんか五時くらいに目が覚めてさ。ちょっと町ブラブラしてきたから大体は把握したぜ。ああ、ちゃんと一回帰って朝飯食べたから」

 へらりと笑う春の金髪が、日の光を受けて輝く。

 那由多はほっと息を吐き、小さく笑った。

「あれ、じゃあお昼ご飯は? まだ昼休み始まったばっかりだけど……」

「帰って飯食ったら遅刻ギリギリで、別に遅刻とか気にしないけど、さすがに初日は駄目かと思って諦めた。ああ、腹減った」

 不貞腐れたような顔をして腹を摩る春を見て、那由多もまだ弁当の半分も食べていない事を思い出す。すっかり忘れていた空腹感が蘇ってきたが、あの教室に戻る勇気が無い。

 腹を抱えながら、むうっと考える。彼のお陰ですっかり悪目立ちしてしまった。

「学食ねえの? なんかクラスの奴らが案内してくれるって言ってたけど、お前探すからって蹴ってきて校内全然わかんねえ」

「あるけど……イケメンってアズマくんの事か。クラスの女の子が言ってたよ」

「めんどくせー。変に目立つと親父がうるせえんだよ」

 クシャリと前髪をかき上げた春に『なら窓から飛び降りるなよ』という突っ込みはあえてせず、那由多はどうしてかと問いかける。

 那由多はまだ、久遠とは連絡を取り合っていない。幼い頃もあまり彼と接する事はなかったようで、朧に姿を覚えているだけで人物像までわからないのだ。

 明らかに興味津々な様子の那由多を前に、春は渋い顔をして眉を顰めた。

「例えば、テストで百点取ると、解答用紙を額に入れて飾った上にその前で記念撮影。バレンタインにチョコを貰って帰れば、ホワイトデーにその倍の本数の花を押し付けてきて……」

「……愛されてるんだね……?」

「こんな重たい愛はいらねえ」

 どうコメントすればわからず曖昧に笑った那由多に、春は吐き捨てる。

「大体、頭がおかしいんだよ。六歳で無人島に放り込まれて一ヶ月サバイバルとか、なんか色々やらされたけど。どれも全部死にかけるし帰ったらまたベタベタするし……思い出したら一発殴りたくなってきたな」

 ニヤリと浮かべられた笑みにビクビクとしながら、那由多は確信する。純粋無垢だった従兄の変化は、確実に叔父の所為であると。

 拳を握りクツクツと笑う春をとりあえず宥めつつ、那由多は背後の校舎を振り返る。

「お腹すいてるなら、食堂行こう? 早くしないと、昼休み終わっちゃうし……」

「おー、そうだった」

 さっきまでの邪悪なオーラはどこへやら。すくっと立ち上がった春は、那由多の手を引き立ち上がらせる。

 那由多は小さく笑いながら、食堂の方へと歩き始めた。

「そういや那由多、お前部活とか入ってる?」

「ううん、何にも。どうして?」

「もしお前が何か入ってたら、終わるまで暇だろ。だから俺も適当に入ろうかと思ったけど、それならいいや」

「……何かしたいの?」

 ぶっきらぼうに紡がれた言葉に、那由多は首を傾げる。

 春が登下校を共にしようと考えているだろう事は予想できるので何も思わないが、わざわざ自分にあわせる必要はない。もし春が部活に入って遅くなるなら大人しく教室で待っているし、早く家を出るというなら早起きもできる。那由多が春にあわせれば済む話だ。

 春は考えるように視線を逸らし、腕を組んだ。

「別に興味ねーな。今まで部活なんかやろうと思った事ねえし、ああやって優勝目指して頑張ろうーって思わねえもん」

「なんか、意外。アズマくん勝負事好きそうなのに」

「うん、まあ、好きだけど。その為に頑張るより、鍛錬して能力磨いた方がいい。いくら能力持ってても、戦えなけりゃ意味がねえ」

 ビクリ、と僅かに那由多は身を強張らせた。

 一瞬、紫の瞳が仄暗く光ったような気がして、しかしすぐにいつも通りになった彼にわだかまりだけが残る。

 聞きたいような、聞きたくないような複雑な感情に僅かに顔を俯かせると、隣で春が首を傾げた。

「どうした? ああ、別に気にすんなよ。那由多が産まれてなくても、どうせ狩りに出されるんだし」

「うん……そうだね、わかった」

 自分に言い聞かせでもするように頷き、那由多はへらりと笑みを貼り付ける。

 見えないものを追うよりも、見えるものを掴む方が大切だ。

 そう自分に言い聞かせ、食堂でいかに目立たずに済むかを考えた。

12月28日 誤字訂正

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