お届け物
ようやく暗くなった窓の外を見遣り、随分日が長くなったと那由多はしみじみする。
昼間は大変だった。昼休みが終わる直前に教室に戻ったものの、やはりクラスメイトの質問攻めにあい一生懸命彼とは従兄妹なのだと説明し、何とか納得してもらったのだ。
その時の事を思い出して溜息を吐く那由多の前で、春はけろっとした様子で夕飯の天麩羅を咀嚼している。目立つのが嫌いだと言っていたが、やはり慣れているのだろう。
心中でもう一度溜息を吐くと、不意に来客を知らせる呼び出し音が室内に響いた。
「お、きたきた」
ちらりと時計を見遣った春が、そう呟いて立ち上がる。
何が来たと言うのだろう。宅配でも頼んでいたのだろうか。
きょとんと首を傾げた那由多にも来るように言って、春は早々に玄関へと向かっていった。
全くもってわからない。疑問符を浮かべながら従兄の背中を追うと、春が玄関の扉を開ける。
彼の後ろからひょこっと外を覗き見た那由多は、きょとんと目を丸くした。
「お待たせしましたー。春様ー、お届け物ですよー」
「んー」
玄関先に立つのは、およそ小学生くらいの少年だった。幼い姿に似合わない漆黒のスーツを纏い、彼の足元には何やら大きなダンボール箱が二つも置いてある。
気の抜けた春の返事にさして興味もなさげな少年は、彼の背後から様子を窺っている那由多を見付け、ぱちくりと一度瞬きをした。
「……あー、あなたが那由多様ですかー。初めましてー」
「ぅえっ!? は、初めまして……」
「なんかー、思ってたより阿呆そうですねー?」
間延びした抑揚のない声を発しながら、少年が首を傾げる。
いきなり様付けで呼ばれた事に驚いていた那由多は僅かながらもショックを受け、ぽかんと口を開けた。
その様子を諦観しながら、春は那由多に視線を向ける。
「那由多、こいつは俺……っていうより、『水無月』のパシリ」
「パシリじゃないですよー。せめてー、可愛らしく伝書鳩って言ってくださいー」
「かなり可愛げのない奴だけど、とりあえず攻撃はしてこねえから」
ぶー、と口先だけのブーイングを飛ばす少年は、どういう訳か一切表情の変化がみられない。
一風変わった雰囲気を纏う少年にぱちぱちと目を瞬かせていると、少年の漆黒の瞳が那由多に向いた。
「申し遅れましたー、鳩ヶ谷ツバメですー。以後よろしくするかはわかりませんけどー、一応覚えておいてくださいー」
「ハト……? ツバメ……?」
難しそうな顔をして首を捻った那由多の隣で、「めんどくさい名前だろ」と春がこれまた面倒臭そうな顔をしてぼやいた。
それに対し、ツバメと名乗った少年はやはり無表情で不満を述べる。
「自分だってー、好きでこの名前じゃないんですー。文句なら両親に言ってくださいー」
「こいつの親もまた、スズメとトキなんだぜ。もういっそ鳩ヶ谷ハトにすりゃいいのにな」
「じゃあー、春様は水無月皐月とかですかねー」
抑揚のない声で繰り出される反撃に春が思い切りツバメの頬を抓ったところで、那由多はハッとした。
「えっと、じゃあツバメくんも異能者なんだ……?」
「やっぱり那由多様って阿呆なんですかー? 水無月家のパシ……伝書鳩なんですからー当たり前ですよー」
「自分でパシリって言いかけるなよ」
呆れたような春の視線を受けながし、赤く腫れた頬を摩っていたツバメは漆黒の瞳に那由多を映す。
その眼差しに那由多が首を傾げると、彼は心なし溜息をついて一度頭を下げた。
「じゃあーあんまり長居すると門限間に合わないしーお届け物も済んだんでー、自分帰りますねー」
「えっ、ひ、一人で!? 危ないよ!」
ぺこりとお辞儀をするツバメに、那由多はぎょっとする。
もう既に日は沈み、とても子供を一人で出歩かせられるような時間ではない。そもそも一人でここまで来た事にも驚きだが、これ以上危険な事はさせられないと声を上げると、春が呆れた視線を寄越した。
「大丈夫だって。少なくともお前よりは強いし、不審者も空にはいねーんだから」
「へっ……そ、空……?」
きょとんと目を丸くした那由多の前に、ふわりと純白の羽根が舞い上がる。大きく翼を広げたのは、他の誰でもないツバメだった。
声を発することすら忘れて、那由多はまるで天使のように翼を生やしたツバメを呆然と見つめる。
その視線をきっちりと受け止めながら、ツバメはやはり抑揚のない声で言った。
「だから名乗ったじゃないですかー。ちゃんと聞いててくださいよー、異能者はそう簡単に名乗らないんですからー」
思わず、那由多は頭の中で彼の名前を反芻した。
鳩ヶ谷ツバメ。確かに彼の翼は、鳩のそれに似ているかもしれない。
ツバメは翼を羽ばたかせ、夜空へと飛び立った。闇に浮き上がるような白を見送り、那由多はほうっと息を吐く。
「異能者って……何かを操る人なんだと思ってた」
「まあ、栄えてる一族は大抵そうだけど。ああやって翼が生えたり角が生えたりする奴もいるし、人間らしくない奴はみんな異能者になるから、結構なんでもアリだぜ」
それがまた異能者を不安定かつ曖昧な存在にしているのだが、那由多はそんな事には気付けない。
春もそれをわざわざ教えるつもりはなく、早々に段ボール箱を抱えて中へと戻った。
12月28日 誤字訂正




