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9話




「…ロベリア?」

「…オスカーさん、おはようございます」


振り返った先には帽子を深く被り、黒縁メガネで自慢のブロンドとハチミツ色の瞳を隠したオスカーさんがいた。


「…びっくりした。」

「え?」

「雰囲気が違うから、人違いかと思ったよ。

お洒落してきてくれたんだね。」

「……変ですか?」

「似合ってる。可愛い。」

「っ…」


心臓がキュッとした

まるで酸っぱいものを食べた時みたい。

嬉しいとか、恥ずかしいとか、いろんな感情が混ざって声にならない。


やっとの思いで口を開いた。

情けないくらいその声は震えていたけど。


「…オスカーさんも、素敵ですよ」

「そう?似合う?バレないかな?変装」


バレるかバレないかで言えば不安ではある。

自覚はないみたいだけど、服装がたとえ庶民のものでも、オスカーさんの纏う雰囲気とか所作が綺麗なままだから、どこかのお忍びの貴族にしか見えない。

すれ違う女性たちもチラチラと好意の視線を向けているくらいだ。


…少しだけ、悔しい。


「…ロベリア?」

「…迷子になったら困るので。」


可愛らしく腕を組めたり、手を繋げたら良いのに私にはそんな勇気なかった。

せいぜい服の裾を掴むくらい。


…子供みたいで格好はつかないけど。


オスカーさんはそんな私を困ったように見るとあっさりとその手を取られてしまった。


「迷子防止ならこっちが良い。」


絡められた指。

手首持つとか、握手の手じゃない。

私の知らない繋ぎ方。

ドキドキと心臓が脈打つ。

私、絶対手汗が…どうしよう…。

引っ張っても離してはくれない。

それどころか逆に引き寄せられて、手をにぎにぎと手遊びまでされる始末だった。


「ロベリア手小さいね」

「うぅ…」


なんでオスカーさんはそんなに余裕なのだろう。

私はこんなにいっぱいいっぱいなのに。

恨みがましく睨んでもどこ吹く風。

先に限界になったのはもちろん私だった。


「…手を離してください…」

「だめ」

「なんで…」

「…男どもが君を見てるから」

「え?」

「ここにいても仕方ないし行こうか。

もうお腹空いてる?」


一瞬冷たい目が見えた気がした。


すぐにいつものオスカーさんに戻ったから気のせいかもしれないけど。


手を離してと声をかけようにも私の言葉を遮るようにのらりくらりと話題を変えられてしまう。

離してくれるつもりはなさそうだった。


…諦めて、手を繋ぐしかない。

それを嬉しいと思ってしまう私はどうかしてるのかもしれない。


「お腹空いてないなら市場の方から回ろうか。

チョビのお土産は荷物になるから最後だけど。」

「はい。」


ゆっくりと私に合わせた歩幅。

絶えることのない話題。

私が人とぶつかりそうになったらスッと半歩前に出る。

道案内も完璧。


「……オスカーさんって器用ですね」

「えー…かっこいいとかじゃないの?そこは?」


そんな話をしながら果物や魚、串焼き屋を物色していく。

いろんな顔を知っていく。

屋台のおじさんと楽しそうに話したり。

他国のものについてやたらと詳しかったり。

吊り上げられている野菜に頭をぶつけたり。

あと、カフェでご飯を控えてるのに、足りるかわからないからとかで串焼きにかぶりつく。

…毒味もしないで。

意外と庶民派で豪快。

細く見えて結構食べるみたい。

やっぱり男の人なんだなって思う。


「…ロベリア?」


ふとガラス細工の屋台の前で足が止まった。

ハチミツ色のガラス細工があまりにも綺麗で。

まるでオスカーさんの瞳のようなそれに引き込まれて目が離せなくなった。


「綺麗…」

「何か欲しいものでもあった?」


そう言ってオスカーさんが私の手元を覗き込むとガラス細工の中に2人が並んで映った。

不釣り合いな王太子と男爵令嬢なんかじゃなくてそこにいたのは普通の男女だった。


…なんだかそれがとても嬉しかった。


欲しい。と思って値札を見て、そっと商品を棚に戻す。


「…買わないの?」

「大丈夫です」


少し残念な気持ちはあるけど、気軽に買える値段のものでもなかったから。


「お兄さん、可愛い彼女に買って行かない?」

「いいね、じゃあ…」

「か、彼女じゃないです!大丈夫です!」


咄嗟にオスカーさんの背中を押すようにして店を後にした。

本当に買ってしまいそうだったから。

あんなに高価なものを簡単に受け取ることはできない。

ちょうどランチをするのに良い時間だったのもあって逃げるようにカフェに向かった。


「…俺がそんなに甲斐性無しにみえる?」


人気のカフェというだけあって、店内はカップルや女性たちでとても賑わっていた。

そんな楽しそうな空気の中、目の前の人だけは少しだけ不機嫌そうだった。


「…そう言う問題じゃないです。」


貴族のプライドに触れてしまっただろうか。

オスカーさんなら間違いなく買えると思う。

あの場でケチケチする方がみっともない。というのもわかる。

でも、納得はできなかった。

私はそれに見合ったものを何も返せないから。

そんな与えられるだけの関係に私はなりたくなかったから。


「…ごめんなさい」


そもそも釣り合いなんて取れてない。

私の基準では彼は物足りないかもしれない。

それでも彼の隣を歩きたいという完全な私の我儘だった。


「…謝らせたいわけじゃない。

男としてはもう少し甘えて欲しいなって。

ほら、冷めちゃう前に食べるよ。」


人気店のパスタ。

美味しいはずなのに少しだけ塩っぽかった。

あんなに楽しかったのに、少し遠ざかってしまったみたいだった。

…全部私のせいなのだけど。


チョビへのお土産も問題なく買えた。

日は少しずつ傾き始めている。

夕陽に照らされて長くなった影が少しだけ寂しい。


「……ごめん。」

「…なんで謝るんですか?」

「…押し付けたかなって思って」


その言葉に足が止まった。

本当にデートは楽しかったのに。

一瞬でも身分を忘れてしまうくらいオスカーさんを近くに感じられていたのに。


幸せ、だったのに。


何も悪くないオスカーさんにそんなふうに謝らせてしまった自分に嫌気がさす。

素直にならなきゃ、と思った。


「ロベリア?」

「…本当はネックレス、欲しかったです。

オスカーさんの瞳の色にそっくりだったから。」

「なら…」

「でもそれなら私もオスカーさんに何かをプレゼントしたかった。

…もらうだけは嫌だったから。

でも、返せそうになくて…。」

「そんなの気にしなくて良いのに。」


静かに首を振る。

きっと本当に気にしてないのはわかる。

でもそう言うことじゃない。


「今日は身分なんて忘れて、

隣に並べて、

同じものを見て食べて聞いて。

まるで、普通の、恋人みたいだったから…」


ポタリと雫が落ちて地面を濡らす。

息を呑む音が聞こえた。

こんなめんどくさい女の子嫌だと思う。

私も自分がこんなにめんどくさいだなんて知らなかった。


可愛くなりたくて、釣り合いたくて。

どうしようもなく、好きで。


もしも私がお姫様だったら、

もしもオスカーさんが男爵家の人だったら、

遠慮なんてしないで普通の恋人になれたのに。

なんてことを考えて苦しくなる。


「…もうすぐ、夢が終わっちゃいますね」


学園に戻ればまた嫌でも身分差を感じることになる。

堂々と会うこともできない関係になる。

夢のような時間はもうすぐ終わっちゃう。


「……俺は、この時間を夢で終わらせたくない。」

「え?」

「今は無理でもいつか現実にしたいと思ってる。」

「それって…」

「帰ろっか。

チョビが腹空かせて待ってるよきっと。」


きっともう何を聞いても応えてはくれない。

その代わりにさっきよりも力強く握られた手。

その手が震えていたのは私のせいかそれともオスカーさんのせいか…

私にはわからなかった。






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