表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/13

10話




デート以来気まずさを感じてしまうかなと身構えていたのに、待っていたのは何も変わらない日常だった。

いつも通りに裏庭でチョビを挟んでなんてことのない話をする。


本当にあの日の出来事は夢だったのかもしれないとすら思ってしまうほどに何もなかった。


「…はぁ」

「ん?」

みゃ?


私はどうして欲しかったのか。

オスカーさんに何を期待してたんだろう。

気まずくなりたかった?

恋人みたいに初々しくしたかった?

あの日の言葉はなんだったの?って問い詰めたかった?


…全部しっくりこない。

これが正解だと思うのになんだか腑に落ちなかった。


「ため息をつくと幸せが逃げるぞ。」

「じゃあ私から逃げた幸せをオスカーさんが吸ってください。

消えちゃうのは勿体無いのでさしあげます。」

「…破廉恥」

「何を言ってるんですか?」

みゃぉ…


チョビはゴロゴロと喉を鳴らしてグデーンと伸び切っていた。

完全に油断している。

口元にお土産で買ってきたおやつを差し出すと鼻をヒクヒクさせてペロリと舐めた。

猫をダメにする"ちゅーむ"というおやつらしい。

一瞬止まるとすぐさま体を起こしてすごい勢いで食べ始めた。

ぺろぺろぺろぺろ舐めてる姿がなんとも可愛らしい。


「ちゅーむ、すごい…」

「こんなに喜ぶならもっと買えばよかったね。」

「また買いに行ってきます。」

「一緒に行く?」

「っ1人で行ってきます!」

「残念」


…完全に揶揄われている。

これで行きたいと言ったら本当に行くことになるのだろうから余計にタチが悪かった。


「………。」

「………。」

みゃー


無言でチョビを眺める時間が流れる。

それ以上でも以下でもなかった。

沈黙が気まずいとも感じない。

穏やかな時間はゆっくりと流れていく。


「…そういえば聞きたかったんですけど」

「んー?」

「チョビの本名覚えてますか?」

「え…」

「名付け親ですよね?」

みゃあ


私はもちろん覚えている。

あの日の衝撃を忘れるわけがない。

チョビロッツォ13世。この残念でへんてこな名前の由来をいつか聞いてみたいと思っていた。


「チョビ…トッツォ!」

「違いますけど。」

「え!?」


視線をあからさまに彷徨わせながらチョビ、チョビと小さく口元を動かしてやっと出た次の答えも間違えていた。

この感じを見るにチョビロッツォ13世の名前に意味なんてなくて語感だけで選んだのだろうな。と思う。

…可愛いからいいけど。


「まさか…忘れたんですか?」

「…チョビって普段呼んでるし、それが本名なんじゃないの?」

「…最低」

みゃーぉ

「いや…あの…」


オスカーさんをじーっとみる。

呼応するようにチョビも鳴いた。


「ひどいにゃー!

オイラの名前はチョビロッツォ13世にゃ!」

みゃー

「そんな、名前だったっけ…」

「流石にチョビに失礼ですよ」

「ごめんな、チョビ」

シャー!


珍しく怒るチョビはまるで人間の言葉がわかっているみたいだった。

なんとなく、馬鹿にされてることくらいはわかったのかもしれない。

タシタシと尻尾を不機嫌に揺らすチョビ相手に必死に謝るオスカーさんが王子だと気づける人はどれくらいいるのだろう?

笑わずにはいられなかった。


「ふふっ…」

「…笑いすぎだよロベリア」

「ごめんなさい…っ…」

みゃあ

「はぁ…」

「あ、幸せ逃げましたよ。」

「…あげるよ、俺の幸せ」


一つの話題が終わったら無言でチョビを眺める。

また話したくなったら話し始める。

それはオスカーさんかもしれないし、私かもしれない。

ぽつりぽつりと最近の授業の話とか、学食の幻のメニューの話、図書室の怪談まで話題が尽きることはなかった。


なんてことない日常の話ばかり。

でも、身分の話とか、婚約者の話、核心に触れるような話は避けているような気がした。

かく言う私も実家から届いた手紙のことは言えないままだった。


あの日のデートから帰宅すると、寮のポストに実家からの手紙と荷物が届けられていた。


デートの余韻に浸る暇もなかった。


手紙には近況報告から始まり伯爵家との縁談がなくなったのだから社交しろと書かれていた。

前回の破談の際に私は就職したいからほっといてくれ。と返事を返したはずなのだけど。

また余計な世話を焼いたらしい。


別に両親と仲が悪いわけじゃない。

両親が私に女として当たり前の幸せを享受してほしいからやってるのも分かっている。


荷物の方にはドレスが入っていた。

かなり豪華な作りで男爵家の収入では無理をして作ったことが一目で分かる。

鏡を前に合わせてみても丈感や胸元が窮屈に感じることもないから直しも必要なかった。


セットのアクセサリーや馬車乗車時刻のメモ、招待状なども同封されている。


目的地は王宮。

仮面舞踏会への招待状。


未婚の男女が集まって仮面の下に素顔を隠してダンスをしたり食事をしたりして親密になる大規模な王家主催の婚活パーティーだ。


それだけ聞くと不気味に思うところもあるが昔から行われる由緒ある祭事の一つ。


実際、子爵家の令嬢が公爵家のご子息を射止めたなんてシンデレラストーリーもある。

娘にも同じようにと思ったのだろう。


ここまで整えられていて断る。という方が難しかった。


「聞いてる?ロベリア」

「え…あ…すみません…」

みゃ?

「疲れてる?」

「…大丈夫ですよ」


…この時間だけはこんな問題を持ち込まないで楽しもうと決めていたのにかなりの時間ボーッとしてしまっていたらしい。


「顔色が悪いな…」


こんなに、心配してくれているのに。

私は恋人でもないのに、勝手にオスカーさんに後ろめたさを感じて仮面舞踏会に参加することを言えなかった。

間違えてないのだから堂々とすれば良いのに。


言いたく、なかった。


「熱は?」


熱を測るように頬に当てられた手を取ってチョビがやるようにスリスリする。

オスカーさんの息を呑む音が聞こえた。

私は罪悪感で視線は下を向いたままだけど。


「…オスカーさん」

「ん?」


オスカーさんの隣に立つ未来を夢に見ないわけじゃない。

それができたらどんなにいいだろうとも思う。

でも現実的に見ればそれは叶わない夢だ。

オスカーさんの言葉を信じるとか信じないとかじゃない。

私のような身分の人間にある選択肢は就職か、よくて子爵家あたりに嫁ぐのが普通だから。


それが常識だから。


もし、もしも男爵家の娘が王太子妃になんてなった暁にはオスカーさんが大変な思いをする。

そんなの最初からわかりきっていることだ。

派閥が荒れて、社会が乱れる。

きっといろんな人に迷惑をかける。


そうなるくらいなら私から離れるべきだと思う。

身の程知らずは私1人なのだから。

分かっていても未練がましくあと1日だけ、あと1時間だけを望んでしまう。


もう十分、幸せな夢を見せてもらったのに。

その上彼はその夢を現実にしたいとまで言ってくれた。

こんなに嬉しいことはない。


まだ思いを完全に伝えたわけじゃない。

周りに関係がバレているわけでもない。

今ならきっと、引き返せる。


「ロベリア?」

みゃ?

「………。」

「…やっぱり変だぞ?」

「もう少しだけ、こうしていて良いですか?」


もう少しだけこうしていられたら頑張るから。

諦める努力をちゃんとするから。

どうか今はこのままでいさせてほしい。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
読んでいて楽しい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ