11話
煌びやかなシャンデリア。
有名なオーケストラが奏でる音楽。
美味しそうな料理や軽いお酒などを配る給仕。
ドレスやタキシードで着飾り、仮面をつけた華やかな装いの男女。
王宮の大広間をパーティ会場に開放した仮面舞踏会は予想以上に規模が大きかった。
時間通りに到着し、会場に足を踏み入れたはいいものの空気に圧倒されるばかり。
これではいくら仮面で隠していてもお上りさんだということはバレバレだろう。
パーティ参加の経験がないわけではない。
幼少期は伯爵家のご令嬢のお友達作りと称したものに呼ばれたこともあるし、お姉さまとお義兄様の結婚式でもパーティをしたことはある。
でもこんな規模のものは初めてだった。
とりあえず周りの見よう見まねで給仕の運んでいるドリンクをもらってみる。
味とかは何もわからなかった。
皆食事なんてそっちのけ。
こんなに美味しそうな匂いがするのに。
ちゃんと食べられるものなのに。
ローストビーフやカルパッチョ
ケーキやフルーツたちが一種の飾りのような存在になっていた。
なんて、勿体無い…。
壁に寄りかかって周りを見渡す。
いきなり男性に話しかけるとか、女性にどの男性がいいですか?なんて尋ねる社交性もない。
どうしたらいいのかわからないからこういう場はやっぱり苦手だった。
こうして壁に寄りかかって会場を見渡していると人だかりができているところに将来有望な子息子女がいることは一目でわかった。
仮面を付けていてもわかる人はわかってしまうものなのだろう。
「レディ」
「…………え?私?」
「そうですよ。壁に美しい花が見えたのでつい話しかけにきてしまいました。」
キザな言い回し。
仮面も相待ってすごく胡散臭く見えてしまう。
このミステリアスな雰囲気に素敵だと思う女性もいるのだろうけど。
「このような隅にいてもつまらないでしょう?
一曲いかがですか?」
正直、断りたい。
でも別に誰かと待ち合わせをしているわけでも、誰かを狙っているわけでもない私には断る理由が思い浮かばなかった。
そもそもここに来たのだって婚活のためなのだから。
差し出された手にそっと重ねるとホールの中に引き込まれた。
まずは一礼。
それから差し出される手を取ってゆったりとしたオーケストラの音楽に合わせて体を揺らす。
学校の授業にダンスの授業があってよかった。
それを除けば私がこうして踊るのなんて幼少期にお父様と踊った以来だったから。
それにしてもダンスというのはここまで距離が縮むものなのか。
上から下まで舐めるように品定めする視線。
…あまりいい気分はしない。
「君、いくつ?」
「17です」
「ダンスは授業で?」
「はい、拙くてすみません。」
「俺ダンスだけは上手いからリードは任せて!」
ぐいっと力強く引かれた手。
わざと胸元を当てるようにしてくるしリードというそれは一方的で、乱暴で、バランスもとりにくかった。
失礼のないように、足を踏まないように、立ち回るのが精一杯。
楽しいとは到底思えなかった。
「レディ、次は私と踊っていただいても?」
「あ…俺が先に目をつけたのに!」
「貴方のダンスは見るに耐えませんよ」
「はぁ?ふざけんじゃねぇぞ!」
なんとかダンスを終えるとすぐさま別の男の人に手をとられた。
反対の手はダンスを踊った人。
私を挟んで喧嘩を始めるものだから周囲の目が集まってくる。
恥ずかしいから本当にやめてほしいのにその場で大声を出すわけにもいかない。
「…すみません、失礼しますね。」
貴族特有の嫌味の応酬の合間に小声で退出を告げその場からさっさと逃げ出した。
私がいなくなっても関係なく2人は喧嘩をしていたけれど。
最初からこれでは先が思いやられる。なんてものじゃない。
「レディ、先程は大変でしたね。」
「…見られていたんですか?」
「ははっどうです?
僕と一緒にドリンクを飲みながらゆっくりお話ししませんか?」
会場の隅の方にエスコートされて、彼自身の自慢話に付き合わされた。
「僕はあんなみっともないことはしない。」
「僕ならもっと楽しませられる。」
そんな誰かを下げて自分を上げる発言ばかり。
自分のことばかりを話すそれはダンスをしたあの男性と同じく自分本位なもの。
「貴方も同じよ。」なんて言えるわけもないので黙って笑顔で聞き流した。
あらかた話終えるとやっと私に視線を向けた。
と思えば真っ先に聞かれたのは身分のこと。
「ちなみに貴方のご実家は?」
「…男爵家です」
「ッチじゃあ時間の無駄じゃないか。」
そんなセリフを吐き捨てあっという間にどこかへ行ってしまった。
…次からは最初に男爵家であることを告げようと思った。
またあんな自慢話に付き合わされるなんてたまったものじゃないもの。
それからも何人か男性に話しかけられたりダンスを申し込まれたりしながらパーティは佳境に差し掛かりつつあった。
中にはもう相手を見つけて2人の時間を楽しんでいるカップルもいる。
普通の女の子なら相手が見つからないことを焦ったりするのかもしれないけれど、私はただ疲れていた。
「レディ、まだお相手が決まってないなら私と…」
「すみません。少し疲れてしまったので。」
「麗しいレディ。」
「レディ、どちらへ?」
「レディ、レディ、レディ…」
目が回りそうだった。
仮面も相待って全員同じ顔に見えて不気味な世界に迷い込んでしまったみたい。
鬱陶しいほどの誘いを全部断ってバルコニーへ逃げた。
とにかく外の空気が吸いたかった。
会場の中心から外れるにつれてカップルが寄り添い、愛を囁き合うなか私は単身で外に向かって行った。
遠くで会場がざわめいた。
理由はわからない。
誰かの仮面が脱げた、とか口論になったとか多分そんなところだろう。
もう勝手にすればいい。どうでもいい。
そんなことより目の前にあるバルコニーのドアを開ける。
ひんやりとした空気が頬を撫でた。
会場は皆が踊って熱気が溜まっていたし、最初は美味しそうだった食べ物の匂いも香水の匂いと混ざりあって会場は独特の匂いがしていた。
少し雨の匂いのする外の空気。
深く深呼吸するとやっと落ち着けた気がする。
…疲れた。
パーティに参加して、色々な男性とお話をした。
流石にこれで両親も文句は言えないと思う。
やれるだけのことはやったんだから。
その上で、やっぱり私に社交は向いてないんだと思った。
上っ面な笑顔、見栄っ張りな嘘。
騙し合い、奪い合い、料理一つ食べることすら許されない集団意識。
皆同じような考えで同じような誘い文句に同じような答えしか返ってこない。
少なくとも今日出会った誰かに嫁ぐということは、これからも社交に参加するということ。
それが貴族の妻の役割だから。
「…はぁ」
ため息もつきたくなる。
オスカーさんに後ろめたさを感じながら、こうしてパーティに参加をして。
彼を、夢を諦めるきっかけが欲しくて。
でも結局オスカーさんが誰よりも素敵なことを再認識して終わった。
貴族との結婚は嫌。
勉強頑張っていい就職先に行く方がマシ。
結婚を諦めると言ったら実家の両親達は納得してくれるだろうか。
…無理かもしれない。
また同じようなパーティの招待状を送りつけてくるに決まってる。
私の相手が見つかるまでは。
「はぁ…チョビに会いたい…」
「…そんなにため息をついては幸せが逃げてしまいますよ。」
どこか既視感のある言葉だった。
驚いて振り返ると会場中の誰よりも高級そうなタキシードに身を包んだ1人の男性
仮面で声は少しこもっていたけど聞きなれた声だった。
まさか、こんなところにいるわけない。
だって彼にはアンジェリカ様やエリアナ様がいて、あとは選ぶだけ、のはず。
…こんな都合のいいことあるわけない。
「幻聴?幻覚まで…」
「レディ。」
「え?」
「私と一曲宜しいですか?」
「……え?」




