8話
『隣国との問題解決。辺境伯家は今。』
『物流が安定し物価高騰も終止符が。』
そんな記事が新聞で取り上げられた。
少しずつ国民の混乱も収まってくるとオスカーさんはまた裏庭に来るようになった。
2人と1匹の時間がまた戻ってきた。
「この前のお礼がさせてほしい。」
「いや、お礼をされるほどでは…」
「俺の気がすまない。」
「…あの、本当に気にしないで…」
「だめだ。」
あまり思い出さないようにしていたのに…。
そんなに真剣な顔で改めて言われると照れ臭くなってしまう。
あの日の私はなんて大胆なことをしてしまったんだろうって。
ただあまりにも疲れているように見えたから。
…とはいえ、異性に膝を貸す、なんて。
「ロベリア?」
「じゃあ…チョビのご飯を…」
「…なんで?」
「え?」
「ロベリアはチョビじゃないだろ?」
「それは…」
逃がす気はない。
そう言われている気分だった。
やましいことなんて何もないのに、その目で見つめられると不思議と逃げたくなってしまう。
視線を逸らそうとしたらズイッと身を乗り出されて、あまりの距離の近さに思わず一歩引いた。
「ち、近い…です」
「下町で流行ってるカフェがあるんだけど、そこでランチをご馳走なんてどう?」
「カフェ、ですか?」
「そう。」
そうだった。
オスカーさんは最初からこう言う人だった。
人の遠慮とか壁を平気で飛び越えてしまう人。
カフェに行こう。だって、普通ならなんてことない誘いだ。
でも猫じゃらしを手にチョビと戯れる彼がこの国の王太子であることを忘れちゃいけない。
彼自身がそれを公言したわけじゃないから見て見ぬふりをすることはできる。
でもどうしてもまだ一歩を踏み出す勇気が出なかった。
「……他の人に見られたら」
「大丈夫。変装する。」
みゃー
「そういう問題じゃないと思います…。」
他人の目はもちろん気になる。
本来なら私のような身分の人間がこの人の隣に立てるわけないのだから。
もしバレたら無事では済まないだろう。
変装すれば誤魔化せる。なんて簡単な話でもないはず。
さらに言えば護衛の配置とかだって。
私1人で街に行くのとは規模が違う。
でも、結局それも言い訳なのかもしれない。
「やっぱり…」
「今、海沿いに他国からの市場が出店してるんだけど猫の店っていうお店があるらしいよ。」
「猫の店…?」
「世界中の猫のおもちゃとかおやつを集めたんだって。」
「そんなお店が…」
「珍しいよね。店主が大の猫好きなんだって。
チョビにいいお土産も買えると思うよ?」
魅力的な誘いだけど、わざわざオスカーさんと行かなくても1人で行けばいいのでは?
…やっぱりこの誘いは断るべきだ。
そう思って顔を上げたらしょんぼりした顔のオスカーさんが居た。
「だめ?」
みゃお…
「いや、あの…」
「デート、したいってことなんだけど」
ドキッと心臓が跳ねた。
ずるい。そんなの。
理性、感情、理性、理性…感情…
……断れるわけなかった。
「…わかりました…」
「やったぞチョビ!」
みゃー!
チョビとハイタッチするオスカーさんが可愛くて、なんかもう、どうとでもなれと思った。
こうして私とオスカーさんの週末お出かけ予定が決まった。
それから私は忙しくなった。
ただ、約束の日を待つだけじゃなかった。
「服…どうしよう…」
縁談の時はこんな風にならなかったのに。
1着、他所行きのワンピースがあればいいや。
なんて思っていたのに相手が違うだけでこんなにも着る服に悩む日が来るなんて。
でも隣に並ぶのはオスカーさんで、今のままじゃ少し恥ずかしい。
見た目も最低限人を不快にしなければいい。
そう思って普段は髪を一つに結んで、化粧もあまりしない。
それにやぼったい眼鏡も。
「………っ」
変わりたいとか、可愛いと思ってほしいとか。
普通の女の子みたいな…
意識すると顔に自然と熱が溜まっていく。
「こんなの絶対おかしい…」
そう言えばお姉様はお義兄様とのデートの時どうしていたっけ。
身分が釣り合ってて隣の領地で昔から一緒で、2人が並んだ姿はとてもお似合いだった。
私とオスカーさんとは違う。
釣り合うって、どう言うことなんだろう。
私が彼と釣り合うためには…なんて
「…無理なのに」
見た目も、身分も、年齢も、何もかもが違うのに。
暗くなる気持ちを追い出すように頭を振る。
じっとしてたらもっと余計なことを考えてしまいそうで、週末まであまり時間がない中、私は動くことを決意した。
「まずは…服から…!」
最近の流行りなんて何も知らない。
普段は制服しか着ないし、出かける時も誰の目があるわけじゃないからシンプルな服ばかり。
普段なら素通りをする可愛い服の展示されている店に足を踏み入れるのは勇気が必要だった。
でもいざ中に入ってみたら案外普通で。
仲良く服を選ぶ女の子もいれば、かっこいい女性が1人で服を吟味する姿もある。
皆自分のことに夢中で誰も私に注目することもなければ浮くこともなくて。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
「っ!?…あ…あの…はい…」
お店の入り口で立っていたから目に留まったのか、華やかでおしゃれな店員さんに明るく声をかけられてついドギマギしてしまった。
「…こう言うお店は初めてですか?」
「……恥ずかしながら」
私の挙動不審は店員さんにはバレバレだった。
やっぱりこんな私に似合わない、だろうか。
自信のない私に返ってきたのはなんてことない笑顔だった。
「ふふっ私もそう言う時がありましたよ。
緊張しながら入って、何から選べばいいのか。
そもそも初めては自分にどんな服が似合うのかもわからないですよね。」
優しい言葉に少しずつ緊張が解けていく。
私だけじゃないんだって思えたらなんだか少し自信がついた気がして。
「私服ですか?それともデート?」
「デッ…」
「デートですね。」
「うぅ…」
店員さんは楽しそうに私の服を吟味し始めた。
シンプルな服にヒラヒラした服。
露出の激しい服まで。
自分では選ばないような服ばかり。
「お客さんそのメガネとか髪は?」
「え、あ…」
「ちょっと外してみましょうか」
「は、はい」
言われるがままされるがまま。
メガネと結んだ髪を解くと店員さんは一瞬息を呑むように黙った。
…なにか、変だったのだろうか。
「…これなら…うん。」
「あの?」
「相手は年上?同い年?」
「年上…です」
「ならこの辺ですかね
最近流行ってる新作のワンピースなんですよ」
試着室に押し込まれるように入って着替える。
正直、似合うかどうかはわからないけど。
鏡に映った自分はどこか自信がなさそうで、少しだけワンピースが、浮いて見える。
…こんなに浮かれてていいのだろうか。でも…
そんな自問自答を何度繰り返しただろう。
「終わりましたか?」
「…はい」
「わぁ!お似合いです!」
「そう、ですか?」
…そう、見えるのだろうか。
店員さんはこの服を買ってほしいからそうやってお世辞を言ってるだけなんじゃないの?
「…あと、私が懇意にしている美容室がこの通りにあるんです。」
「え?」
「自信、持ってくださいね」
図星を突かれた。そんな気がした。
結局そのワンピースとそれに合う小物を何点か購入してお店を出た。
そのまま店員さんに勧められた美容室に向かう。
自信、持てるようになりたいと思ったから。
カランカラン
ドアベルの音が鳴る
「…いらっしゃいませ…あら?」
「こ、こんにちは」
ニコニコ笑う美容師さん。
こう言う時、なんて言ったらいいんだろう。
髪を切ってください、って言えばいいのかな
そんな、いきなり?何か前置きとか…
「その袋、向かいの通りの服屋のものでしょ?」
「あ…はい…」
「…あの子の紹介ね。
たまにあるのよ、気に入ったお客さんにここを紹介することが」
「そうなんですね…」
「じゃあ早速やりましょう。」
「え?」
「髪を切りに来たんでしょ?
席に案内するわね。」
「え?え?」
あっという間に椅子に座らされて、髪を切るのに邪魔だからと眼鏡を預けるように促される。
美容室ってこんなにグイグイくるものなの?
戸惑っている私を置いてどんどん話が進んでいってしまう。
イメージは?とか長さは?とか聞かれても答えられなくて完全にお任せになってしまった。
「デート?」
「デート、というか…その…」
「メイクとかは?」
「あまり詳しくはなくて…」
「勿体無いわよ、素材がいいのに。」
「でもどうしたらいいか…」
「髪を下ろして、簡単なセットを教えるからそれに合うメイクをするべきね。
それが自信にもつながるから。」
「自信…」
「おしゃれは鎧であり、武器なの。
可愛い服を着れば自然と背筋は伸びるし、髪型やメイクを整えれば自然と前を向ける。
…なんて…ここのオーナーの受け売りだけど…」
チョキチョキと耳元でハサミの音がする。
乱れていた髪がパサリと下に落ちていく。
「でもね、おしゃれをすると自信がつくと言うのは本当。
私もそうだったわ。」
鏡に映る私が少しずつ変わっていく。
「あとはメイクね」
髪のセット方法からメイクのやり方も教えてもらいながらやがて完成した私は私じゃないみたいだった。
「うん、かわいいわ。」
「…すごい」
「きっと彼も骨抜きよ」
「それは、わからないですけど…」
だって彼の周りには華やかな女の子たちで溢れているから。
「ほらまた猫背!」
「す、すみません!」
「大丈夫よ、ちゃんと似合ってるから。」
その言葉に背中を押されて店を後にした。
迎えた当日の朝はいつもよりずっと早起きして教えてもらったことを必死に形にした。
「よし、大丈夫。」
学園前では誰かに見られてしまうと街の中での待ち合わせとなっていた。
緊張して30分も前に着いてしまったけど。
ドキドキと心臓が高鳴る。
髪、乱れてないかな。
化粧は?リップが落ちたりはしてないかな。
…落ち着かない。
「ロベリア?」
聞き慣れた声に呼び止められて振り返った。




