7話 オスカーside
「殿下の言う通りに調べてみたら辺境伯領のトラブルを逆手にとって隣接する隣国から物流を止めるように指示が出されていたみたいですね。
その上で国に報告をすることが許されない状況にされていたようです。」
「…解決できそうか?」
「辺境伯から直接助けを求められたわけではなく、我々が勝手に支援するだけなので気づかれずに行動できると思いますよ。」
「そうか、なら任せた。」
ここのところ、物価が上がって国民の不満が増えたり、辺境伯が隣国に寝返ったんじゃないかとずっと警戒体制でピリピリしていた。
やっと事件の全貌と解決の見通しが見えて臣下たちの表情も明るくなりつつある。
それもこれもロベリアが気づかせてくれたおかげだった。
ロベリア・トスカーナ。
トスカーナ男爵家の次女。
家庭教師や教材が揃えられる上位貴族と違い、決して身分が高くないにも関わらず、自力で学園成績20位以内に入り続ける秀才。
派閥などにも属さず印象がないことが逆に強い印象に残る女子生徒だ。
最初はただの興味本位だった。
面白い人材の発掘、将来俺が国王になった時の側支え候補。
彼女の家柄や立場的にも就職か、縁談かの二択を迫られるのは間違いない。
ならば王宮侍女、それも王太子付きなんて女子なら喉から手が出るほどの優良就職先になるはずだ。と
それがまさか、俺があんな…
先日の膝枕を思い出して頭を抱えた。
「殿下?」
「…なんでもない、少し自室で休む。」
臣下たちに見送られながら会議室を後にして、よろよろと自室に戻りベッドに倒れ込んだ。
毎日侍女が洗濯し整える寝具は柔らかくて、羽の入った枕は頭を包んで沈み込むのに。
オンボロのガゼボでふわふわだけど弾力のある膝の方がよく眠れた。なんて
「はぁ…参った…」
まさか王太子である俺がこんな気持ちになるとは。
そしてそれを悪くないと思っている自分自身にも驚きを隠せない。
昔から王子として正しさを求められてきた。
結婚相手も上位貴族の公爵令嬢か侯爵令嬢になるのだと。
俺自身それに不満もなかった。
2人とも良くも悪くも貴族らしい存在だった。
アンジェリカ公爵令嬢は自分を着飾り流行を作り出す。
エリアナ侯爵令嬢はお茶会で様々な情報を持ってくる。
王妃に求められる素質はどちらにもあった。
でも俺が初めて会ったロベリアはその2人とも、それ以外の貴族とも違った。
貴族としての場を淡々と乗り越えた裏で言葉を喋らない猫と話して楽しそうに過ごしていた。
虎柄のよくいる別に珍しくもなんともない猫。
それなのにあまりにも楽しそうだから俺もその猫と戯れたくなって割り込んだ。
最初に向けられた視線は警戒だった。
この国の王子で、自分で言うのはなんだけど顔立ちは端正なのに、受け取った感情は嫌悪。
普通の女子なら歓喜に震えるはずなんだけど。
チョビはそんな思いなんて知りもせず呑気で、それを恨みがましく見る彼女の姿がまた面白くて。
つい揶揄ってしまうようなことをしたけど、追い出したりすることはなかった。
ただ静かな空間があった。
貴族の目のない猫と彼女だけの世界は予想外に居心地が良かった。
仮面を被らず等身大の俺が許された気がした。
それはまるで麻薬のようだった。
今まで当たり前にできていた貴族としての顔を疲れると思うことがあるなんて。
彼女と話して彼女を知る。
知れば知るほど沼のように抜け出せなくなる。
今日は彼女のどんな一面が見られるのか。
チョビはまた得意げに虫を捕まえてくるだろうか。
きっと彼女は令嬢とは思えない手捌きでその虫を遠くに放り投げるのだろう。
悲鳴ひとつあげずに。
考えるだけで毎日が自然と楽しいと思った。
令嬢の目を潜り抜けるために天井に張り付くことも、壁に擬態することも、掃除ロッカーに隠れることだって苦ではなかった。
王太子がこんなことをしているとバレたら大目玉なのはわかっていたし、このままじゃいけないと思ってもやめられなかった。
テストが近いからと勉強する姿を見た時にやっと本来の目的、彼女を王宮侍女に推薦することを思い出した。
テストの過去問だと嘘をついて王宮勤めの試験でも難問と言われるそれを出してみた。
答えは予想外に鋭い切り口で返ってきた。
男爵家由来の地に足をつけた考えには驚かされた。
「裕福な人達からの不満の声は上がると思いますが、有事の際は何より人命を優先させるべきだと思います。
民は何にも変え難い宝ですから。」
彼女が当たり前のように言った言葉。
まるでそれは王族のノブレス・オブリージュのようだった。
男爵領では当然のことだと語る横顔があまりにも凛としていて綺麗だった。
今でもその表情が頭から離れることはない。
それくらいの衝撃だった。
その時から少しずつ彼女を見る目がただの面白い令嬢から変わっていったように思う。
少なくとも縁談が来たと聞いて焦るくらいには。
相手は社交の場にはよくいる、見栄っ張りで、女は男を立てるものだと信じて疑わない伯爵家の嫡男だった。
男爵家の次女とあれば破格の条件だろう。
それも彼女の努力の成績あってこそ。
伯爵家の見る目だけは褒めてあげたい。
ただ、ロベリアは泣いていた。
貴族の格差を知ってるからこその涙だった。
たとえ相手がどんなに気に入らなくても格下の男爵家の次女では断るなんてできない。
たとえ夢があっても、他にも心を寄せる人がいても。
そんなこと当たり前のはずなのに。
俺自身も最初はそうやって彼女のことを見ていたくせに。
俺は彼女の涙を看過できなかった。
婚約が決まったら彼女はここからいなくなる。
この時間も、未来に側にと望むことも叶わなくなる。
そんなの許せるわけがない。
「殿下自ら俺に縁談を!?」
「あぁ、ちょうど君のところがやってる事業と関わりが深い領地のご令嬢でね。」
「我が領地のことまで!?」
「君たちの働きに期待してるよ」
「ありがとうございます!」
お礼を言われるようなことはしてない。
俺は俺に使える権力を使って君がロベリアにしたように選択肢を奪っただけなのだから。
こうして縁談を潰した。
完全な私情だった。
戻ってきたロベリアとの穏やかな時間は心地よくて、王子としての責務とか婚約者選びとかそういうものをつい忘れてしまいそうになる。
そんな矢先に隣国の動きが怪しくてどうしても裏庭に行く時間を作ることが難しくなった。
俺よりチョビのご飯を心配するのは相変わらずというか、少し面白くはなかった。
俺はあの時なんて言って欲しかったのか。
会えなかったら寂しいとか?
…確かにそれをロベリアに言われたら毎日は無理でも1週間に1度、いや3日に1度は時間を作ったかもしれない。
会議、会議、会議
山積みの書類と陳情。
アンジェリカとの面会
エリアナとのお茶会。
また会議
もちろんその合間に学生の本分である勉学や護身術などの稽古もある。
目がまわるように忙しく、辺境伯領が隣国と密会しているという話まで上がって、戦争の文字が頭の中をちらつくこともあった。
彼女の元に居た時がどれだけ穏やかな時間だったのかを身に沁みて実感していた。
眠れない日々が続いている時でもお構いなくアンジェリカやエリアナは時間を作れとキーキーと騒ぎ立てて喧嘩ばかり。
ロベリアはそんなくだらない喧嘩はしない。
夕食がサーモンのムニエルの時はロベリアの好物だとうれしくなった。
いや好きなのはチョビか。
雰囲気が似ている侍女を見かけたらロベリアの幻覚まで見える始末。
ある時ふと限界だ。と思った。
気づいたら自然と足が王宮を抜け出して学園の裏庭に向かっていた。
まだ授業中で、いるわけないのに会えることを期待してしまった。
当たり前にガゼボには日向ぼっこをするチョビしかいなくてガッカリした。
眠い。寝たい。眠れない。
うとうとしていると授業終了を告げるチャイムが遠くで鳴った。
みゃお
チョビの声に視線を向けたら驚いた様子の彼女がいて、そこから少し記憶が曖昧になる。
ただ、柔らかいものが頭の下にあって、いい匂いがして、頭を撫でる手が優しくて。
気づいたら完全に寝ていた。
あれほど眠れなかったのにそれはもうあっさりと寝ていた。
疲れたら休んでと声をかけて、無精髭を見ても不潔だと騒がず、制服が乱れていてもだらしないと言わない。
愚痴も真剣に聞いて自分なりの考えも伝えてくれる。
こんな子は俺の周りには1人もいなかった。
貴族はみんな見栄を張って虚勢で生きてる。
それが間違っているとは思わない。
ただ、それ以外に気を使わずに等身大で生きることを許される場所を知ってしまった。
知ってしまったが最後。
たとえロベリアが貴族社会を嫌厭しても他人を望んでも、関係ない。
俺が彼女を手放すことができなくなった。
これを人は愛情、執着などと呼ぶのだろうか。
「まさかこんな思いになるとは…」
王子としては正解じゃない。
わかっていても俺の頭はどうやってたぬき爺どもを納得させるか淡々と考え始めていた。




