4話
テスト明けに実家から釣り合い書が届いた。
気の良さそうな青年の絵が描かれたそれに苦い気持ちになっていた。
なんでも私の学園での成績を見た伯爵家のご子息から申し込みがあったのだとか。
正直気乗りしないどころか会うまでもなく拒否してしまいたいけど格上相手にそうもいかず、週末に一度街で会うことになった。
「あー…めんどくさい…」
みゃー?
せっかくテストが無事に終わってひと段落できたと思ったのに。
休まる暇もない。
いつもの裏庭、チョビを撫でながら思いっきりため息を吐き出した。
それを咎めるものはこの場にはいない。
「ん?どうした?」
「…今度、お見合いを…」
「は?」
みゃっ!?
私が言い終わるよりも先にオスカーさんから食い気味な返事が返ってきてそれに驚いたチョビが飛び上がった。
「あ…チョビ…」
「…それよりその話を詳しく聞かせて?」
そう言うオスカーさんは笑顔なのに、どこか空気が澱んでいて目が笑っていなかった。
私と同じように感じたのかチョビも怖がって植木の中に逃げ隠れてしまった。
今日はもう撫でられないかもしれない。
私の癒しがなくなった。
「…なんでチョビを驚かせるんですか」
「それは…悪かった。
でも、そうじゃないというか…
とにかくその話を聞かせてくれないか?」
「…私の婚約話そんなに気になります?」
「あ、あぁ…そう、だね」
視線を泳がせながらオスカーさんは必死に言い訳を探しているように見えた。
まぁ、知り合いが結婚するかもしれないってなったら気になるのは自然な反応なのかもしれない。
私は別にオスカーさんの婚約者に興味なんてないけど。
ただ、どちらかと言えば、居ないほうがいいかもしれないな。なんて。
だってもし居たらこの時間を浮気だとか言われかねないし、今後できたとしてこの時間がなくなってしまうのは少し寂しく、思わなくもないから。
「私のテストの点数がそこそこだったので、それを見込んで伯爵家から打診が来たみたいです。」
「…相手は?」
「さぁ、今度の週末街で流行りのカフェで会う約束はしてあるので、そこで話をしてみないと」
その後も相手の特徴だとか、店の場所とかをやたらと詳しく聞こうとしてきた。
オスカーさんもそう言うところを気にするんだと意外に思った。
そして迎えた週末。
数少ない他所行きのワンピースを着て街へと向かった。
「やぁロベリア、待っていたよ。」
約束の時間より少し早めにカフェに辿り着くとそれより先に着いていたらしい伯爵子息に声をかけられた。
いきなり名前の呼び捨てだなんて、馴れ馴れしいな…と思ったけどそれを表に出すことはしない。
「初めまして、あの…ダルカン様、私は…」
「苗字なんて堅苦しいから名前で気楽にノルドって呼んでよ。」
私の自己紹介を遮り勝手に話を進めていく。
どこかの誰かさんもその節はあるけど、こんな不愉快にはならないのに。
「ノルド様…よろしくお願いします。」
「うん、まぁとりあえず座りなよ。」
「…失礼します。」
「いやー、君みたいなのが婚約者になるなら良かった良かった。」
「…え?」
「少し地味なのは減点だけど、男爵家ならそんなもんだよね。
それに、よくみたら顔も悪くない。
頭が良いなら弁えているだろうし、キミみたいに静かなら結婚生活も楽だろう。」
ノルド様は聞いてもいないのにツラツラと私を評価し、自慢話ばかり語ってきた。
そんな姿を私はどうしてもオスカーさんと比べてしまっていた。
身近な男性がそれしかいないから、かもしれないけど。
オスカーさんはこんなふうじゃないのに。とか。
私の話にもちゃんと耳を傾けてくれるのに。とか。
そんなことばかり。
オスカーさんと比べてもオスカーさんと婚約ができるわけでもないのに。
私のような末端男爵家の次女には伯爵家との縁談が破格の話なのも頭では理解できていた。
「…ノルド様は私が文官などの仕事をしたいと言ったらどうしますか?」
「あはは!何言ってるんだい?
女は出しゃばらずに男の側で笑って立てるのが仕事だろ?」
…そうだ。それが普通。
貴族ってそう言うもの。
わかっていたはずなのに。
見栄とか虚勢とか、そんなものばかり。
卒業後に就職を目指していたが、それは叶わなくなりそうだな。と視線を斜め下に向ける。
そんな私に気づかずノルド様は楽しそうに話し続けていた。
これが、私の人生になるのだろうか…。
なんとか乗り切ってその日の対面を終えた。
美味しい流行りのカフェの料理の味なんて何一つ覚えていない。
ただ胃の中が重くなっただけ。
帰り道、ため息をこぼしながらチョビに会いたいなって思った。
__________
「今年は殿下のご卒業でしょ?
今後は婚約者探しが本格化するんですって!」
「アンジェリカ公爵令嬢か、エリアナ侯爵令嬢が最有力候補らしいわね!」
学園は今、そんな噂で溢れていた。
婚約、と聞いて自身のことを考えるだけで食欲がなくなる。
殿下も大変だな。と心の中で同情した。
まして国のトップに立つのだからその相手も慎重に選ばなければならないだろう。
でも、
私のように拒否権もなく決められるよりは…
マシなのかもしれない。
…裏庭だけは、いつもと変わらなかった。
静かで、少しじめっとしているけど、それがひんやりしていて今の私にはちょうどいい。
私に気がつけばチョビがトコトコやってきて足元に擦り寄ってきてくれる。
…息が、吸えた気がした。
「チョビ…」
みゃおん
背中に手を当てるとスルスルと尻尾まで抜けていってしまう。
そしてまたその手に頭を擦り付けてくる。
「っ…覚悟…してたはずなのにね…」
みゃー?
喉の奥が熱くなっていく。
もうすぐオスカーさんが来るかもしれないのに
みっともない姿を見せられないと思うのに
我慢できなかった涙が頬を伝った。
「ロベリア?」
みゃー
オスカーさんの声がした。
…大丈夫、いつものように、できる。
振り返ろうとしたら鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離に彼がいた。
「っ!?」
「目が赤い。泣いてたのか?」
「ちが…これは…その…」
「隠さなくていい。少なくとも俺の前では」
ぽんっと暖かい手が頭に乗せられる。
私はチョビじゃない、そう思うのにその手がやけに優しくて、辛かった。
「………。」
「……………。」
みゃー
私がチョビを撫でて、
そんな私をオスカーさんが撫でて
チョビがオスカーさんの膝をタシタシと叩く。
綺麗な三角形だ…なんて思ったら、なんだかシュールで思わず笑みがこぼれた。
「ふふっ…」
「…お前はそうやって笑ってる方がいい」
みゃ
いつのまにか、チョビだけじゃなく、オスカーさんにもここまで心を開いてしまっていた。
そう、自覚、させられてしまった。
「…オスカーさんって婚約者いますか?」
「居ない」
「モテそうなのに…?」
「それとこれとは違うというか…」
「女子たちが噂をしてました。
もうすぐ王太子殿下が卒業してそれに向けて婚約者選びが加速しているって。
私は王太子…会ったことないんですけどね」
「っ…ゲホッ…そ、そうか」
「大丈夫ですか?」
「…大丈夫、咽せただけ。」
みゃ…みゃ…
ストレス発散に持ってきた猫じゃらしを振り回すとそれに釣られてチョビが飛ぶ。
それが可愛くてもっとやる。
みゃー!
話しながらもその手は止めない。
「オスカーさんって男じゃないですか?」
「そうだね」
「美人なアンジェリカ様と
可愛いエリアナ様どちらがタイプですか?」
「ぐ…」
みゃぁ…
チョビの踏み台にされたオスカーさんが変な声をあげた。
変に咽せているし先程から様子が少し変だった。
私の愚痴につき合わせたあげく、婚約者が居ないのにそんな結婚の話ばかりで嫌になってしまったのかもしれない。
「…俺のタイプは…」
「タイプは?」
「…話してて面白い子かな。」
何故か適当に流されたような気がした。
私に教えても意味なんてないのかもしれないけど、ちょっとだけ、面白くなかった。




