3話
「ん?今日は珍しいね」
「………。」
「いつもならチョビと遊んでるのに…」
「テスト、近いですから…。」
当たり前にオスカーさんは隣に座ってきた。
この図々しい距離感に慣れてしまった自分が少しだけ嫌になる。
以前は3日に1日程度だったのが、最近は毎日のように来るようになって、慣れるな、という方が無理だと思うけど。
身分が高い人なら、もっと人脈を形成したり、情報収集したりと色々とやることがあると思うのだけど。
昼休みの貴重な時間をこの人はいつもここに来て私とチョビに使っていた。
「チョビ、重い、教科書の上に載らないで。」
みゃー!
小さかったチョビは少しずつ大きくなってきていて、最近ではオスカーさんから持ち込まれる高級猫餌が口に合うのか、どんどん丸くなっている気がする。
チョビの健康のためにも餌のあげすぎはダメと思うのに嬉しそうに食べる姿を見ていると、つい口を噤んでしまっていた。
可愛いけど、重い。
今度ダイエットに猫じゃらしとか毛糸玉を持ってきてみようか…。
「今はなんの勉強してるんだ?」
「この国の成り立ちの中期ってところですかね
過去にこの国の王子がやらかして大問題になりかけた話とか」
「あーあれは王宮の中でも黒歴史って言われてるよ」
「王宮?」
「…っ王宮勤めの親父から聞いたんだよ」
「へぇ、そうなんですね」
「はぁ…」
「なんです?」
「…なんでもない」
急に挙動不審になったオスカーさんを訝しげに見ても誤魔化すように笑うばかり。
なぜそんなに焦っているのかはわからないけど、それ以上わざわざ踏み込んで聞くほどの興味もなくて視線を逸らした。
「…俺が試しに問題を出してあげようか」
「結構です」
「まぁ、そう言わずにさ、去年多くの生徒たちが頭を悩ませた問題だよ
なんと、正解率はたったの1割。」
みゃぁ!
一本指を立てたのをおやつの合図だと思ったのかチョビが急に声を上げた。
「チョビおやつたべる?」
「ダメですよ。太りすぎです最近」
「いやでも可愛いじゃないか。」
「ダメったらダメ。」
「ケチだにゃー?」
みゃぁ…
「っ…そんな目でみてもダメだからね」
みゃぁ…
落ち込むチョビから無理やり目線を逸らす。
罪悪感がすごかった。
でも心を鬼にする。
鬼に…しないと…。
「……一個だけね」
みゃぁ
「よかったねチョビ。」
ニコニコするオスカーさんとハグハグご機嫌に魚を食べるチョビに私が勝てる日は来るのだろうか…。
「さて、後輩のテスト勉強に協力しないとね」
「後輩?」
「あれ違うの?ロベリアは俺の一つ下だと思ってたけど…二年生でしょ?」
「そうですけど…なんで知ってるんですか?」
「…なんとなく?」
「なんですかそれ…」
「まぁまぁ、それじゃ問題行くよ。」
「…本当に話聞きませんね貴方。」
おやつを食べて満足そうに丸くなったチョビはすっかりこちらに興味を失っていた。
現金なやつめ。
オスカーさんもオスカーさんで勝手に話を進めてしまう。
こちらもこちらで自由だからため息をつかずにはいられなかった。
「問1、北部地域で冷害が起こった際の対策の具体例を述べよ。自身はその土地の領主とする。」
「それが問題文ですか?」
「うん、そうだよ答えてみて。
…まず君なら何をする?」
私のことを見定めるかのような目。
別にその問題に応える義理も必要もないけど。
『えー?わからないのー?
テスト赤点かもにゃー?どうするチョビ?』
なんて言ってる姿が容易に目に浮かんだ。
それは、なんか、負けた気がするし、むかつくなぁと思って、私なりに真剣に考える。
むしろ逆にギャフンと言わせてやる。
そんなつもりで。
「難しかったかにゃー?」
黙ったままの私をみて彼は言った。
やっぱり、むかつく。そのニヤケ顔。
「ちょっと待ってもらえます?」
「時間切れになっちゃうよー?」
「うるさいですよ。
黙って待っておいてください。」
…彼はこの問題の正解率が1割と言った。
確かに難問だと思う。
おそらく実際の領地経営に携わるものの中でも少数が応えられるかどうか、くらいの問題かもしれない。
そもそもこの国は温暖な気候にあり、冷害が起きること事態が異例とも言える。
冷害を気にしてその対策を考えている領地そのものが少ないだろう。
きっとこれは想像力の問題。
想像できる状況として、1番最悪なもの。
混乱が生じ、物流がストップすることだ。
さらに流行病も重なり多くの者が亡くなる。と言ったところだろうか…。
配給だとか炊き出しは誰しもが思いつくがそんなものは一時凌ぎに過ぎない。
きっとこの問題はもっとその先の事を尋ねているのだと思う。
「んー…商人への通達…とか」
「…食料配布じゃなくて?」
「それも重要ですけど、まず先に買い占め防止しないと…」
「…なるほど?」
資源は無限にあるわけではない。
まずはそれを誰かが管理しなければならない。
割を食うのは貧しい人々だ。
そのまま貧しい人々が飢えで死ねば?
そこから疫病蔓延などさまざまなリスクを抱えることになっていく。
「裕福な人達からの不満の声は上がると思いますが、有事の際は何より人命を優先させるべきだと思います。
民は何にも変え難い宝ですから。」
瞬間彼は目を見開いた。
そんなに驚くようなことでもないと思うけど。
田舎男爵家にとって支えてくれる領民達は何にも変えられない存在だ。
畑のこと、特産品のこと、少しの異変だって共有するのが当たり前。
助け合わなければお互いに生きていけない。
そこに貧しいとか裕福だとかは関係ない。
それぞれができることをする。
それが我が家の家訓だった。
「なんですか?」
「…いや、続けて?」
どこか含みのある言い方。
その目は猫じゃらしを追いかけるチョビの目とそっくりでなんだか落ち着かない。
「はやく、続き続き」
促されるまま話を続ける。
高齢者や子供、妊婦などの医療的サポート。
寒さ対策に薪を燃やすだろう火事や一酸化炭素中毒への注意喚起。
流行病防止のための衛生対策など。
思いつく限りの対策を並べていった。
「ここまでどうですか?正解ですか?」
「…さぁ、どうだろうね?」
オスカーさんは私の話に楽しそうに耳を傾けているがまだ答えを教えてくれそうにはない。
食物のことで言えば葉物ではなく根菜の栽培にシフトさせるのがいいと思う。
雪の中山に入るにはリスクが伴うだろう。
だから肉よりも、可能性が高いのは魚。
おそらく気候の変化によってここよりもっと北部の国で取れる魚などが寒流にのって流れてくる可能性は高い。
他国ではそれらを加工して長期保存に適した形にする技術があると聞く。
できないことはないはずだ。
「大変興味深い話だ。
ロベリア、君って意外と頭いいんだね」
「失礼ですね。」
「褒めてるんだけど。」
「とにかく亡くなる人を減らすのが1番です。
亡くなる人が増えれば住民に不安が募り、暴動が起きて数ある物資の取り合いが起きてしまうので。
それで答えは?」
「んー?忘れちゃった」
みゃ?
オスカーさんに何を聞いてものらりくらり。
あげく目を覚ましたチョビと遊び始める始末。
私なりに考えて一生懸命答えを出したのに回答を得られぬままでスッキリしない。
睨みつけても何が楽しいのか笑顔を浮かべるばかりでどこか薄気味悪かった。
「ちゃんと答えたんですから
ギャフンって言ってください」
「え?」
「ほら早く。もうお話ししてあげませんよ?」
「それは困るな…ぎゃふん…これでいい?」
「フッ」
意外と悪くない。と思った。
「………君って…」
「なんですか?」
「いや…参ったな…と思って」
「はぁ?」
みゃー?
困ったような表情だった。
私はその意味がわからなかったし、分かろうともしなかった。
ちなみに、テストでその問題や似たような問題は出ることはなかった。
その上過去問ですらなかったと知って私がオスカーさんに盛大に文句を言ったのはまた別の話。




